ある日、空から女の子が降ってきて

川木

老いては子に従え

 今日は1日とてもいい天気だった。夜になっても雲一つなくて、すべての星が見えるかのように視界の端までキラキラと輝く美しい夜だ。

 私は夜空を見ながら屋上で月や星のきらめきを見ながらお酒を飲んでいた。自然を愛する私は屋上に庭園をつくっていて、こうしてゆっくりとお酒を飲むのが日常だった。

 だけど今夜、非日常が起こった。煌めく一番星が、なにやらその輝きを強めた。最初はただの瞬きかと思った。だけどその光はどんどん大きくなり、私のほうへとやってきた。

 私はそれを、何故か全く警戒せずに迎え入れた。優しいその光は、とてもいいものに感じられたからだ。

その光は目の前にやってきて、まるで昼間のように庭園を照らしているが、ちっとも眩しいと感じない。むしろずっと見ていたいような癒しの光だった。

 その光を受け止めるように両手をだすと、思ったより大きな何かが私の腕のなかにおりてきた。抱き締めるように抱っこすると、光は徐々に収まった。


「……赤ん坊?」


 私の腕の中にはぷくぷくした可愛らしい赤ん坊がいた。金色の髪はふわふわで短くて、まだ乳離れもしていなさそうな涎掛けをした小さな赤ん坊で、夜中なのにぱっちり目を開けて青い瞳で私を見ていた。


「きゃーぁ」


 楽しそうにほほ笑む赤ん坊に、私は性別を確認して女の子だったのでアスティと名付け、その子を世話することにした。古い言葉で星を意味する言葉からとった安直な名前だけど、名前を呼ぶと気に入ってくれたように微笑んだので決まりだ。

 アスティは小さな歯が一本生えかけていて、首も座っているようで生まれたてとは言えない年頃だ。赤ん坊の世話をしたことがないわけではない。あいにくと未婚だが、長い人生いろいろな仕事をしてきた。その中で子守の経験もある。結構前のことだが、見た感じまあ何とかなるだろう。夜泣きだって一年くらいな眠らなくても大丈夫なので平気だ。


 粉ミルクもぐんぐん飲んで、寝返りをごろごろうつ元気なアスティはすくすく成長する、と思ってはいたが、思っていたのとは違う成長だった。


「のーてぃ、ごはん、たべる」

「……アスティ?」

「あい、あすてぃ!」


 昨日は珍しく夜泣きがなかったので久しぶりに眠ったのだけどまさか寝て起きたら隣にいるはずのアスティが一回り大きくなっているなんて、誰にわかるだろうか。髪の毛も長くなっているし、極めつけには口を開かせると歯が並んで生えている。

 見間違いとか勘違いというものではなかった。


「……固形で食べるよね。いや、とりあえず柔らかいパン粥にしよう」


 それなりに長生きな私の知識外の事象に一瞬めちゃくちゃびっくりしてしまったけれど、よく考えたら空から降ってきた子供だ。長生きだったり短命の種族もいるが、さすがにただの人間種ではなかったのだろう。

 粥をあたえるともくもくと食べているアスティは自然にスプーンをつかっている。教えた覚えはないけど、見て覚えたのだろうか。


「のーてぃ、おかわり」

「あ、もっと? うん、じゃあつくるね。もっと固くても大丈夫そう?」

「うん! かたいのたべる!」


 うん、可愛い。とっても可愛いから、いいか。


 というわけで私はそのままアスティを育てることにした。どうやら一か月ごとに一年ほど成長していくようで、アスティと出会って一年たつ頃には成人しそうなほど大きくなっていた。と言っても成人が12歳だったのは私が生まれたころの話だ。現代では16歳が成人だというのは私でも知っている。

 そうなると、もうしばらくの付き合いということになってしまう。長い付き合いになるぞーと思っていた子育て、まさか二年もかからないとは。とはいえ、駆け足で過ごしたこの一年、けして短くてつまらなかったわけではない。


 少しずつ、といっても一気にだけど、成長していくアスティはいつも生命力にあふれていた。可愛くて、頭がよくて、とてもいい子に育ってくれた。


「ノーティ! できたよ!」

「ああ、できたねぇ! ほんとにお前は賢い子だねぇ! アスティは天才だ! さすがわが子!」

「んふふふ」


 笑顔で麻痺薬の調合を完成させたと報告してくれたアスティの頭を撫でる。魔法薬の調合は魔力調整の訓練にいい。特に若いうちから魔法を使用しようとすると負担も大きく、失敗したときの被害も大きい。そのため幼少期は魔法薬の調合で少量の魔力を使う感覚になれるのが最も効率がいい学び方だというのがノーティの理論だ。

 その机上の空論だった理論が目の前で実証されていくような、まるで乾いた大地が水を吸うように学んでいくアスティをノーティはとても可愛がっていた。

 もっともふつうの人間であればさすがにもう少し早くから魔法そのものの訓練を始めていてもおかしくはないのだけど、アスティはいまだ2歳にもなっていないのだ。見た目とノーティの魔法検査上は問題なく成長しているが、慎重になるに越したことはないだろう。


 しかしこの様子なら、来月にははじめてもいいかもしれない。さすがに成人してすぐ追い出すわけではないし、アスティが望むだけいてくれて構わない。というか死ぬまでこのままのペースで成長するなら心配すぎるのでなんならずっといてほしい。家を出せるのは成長が止まったことを確認してからだろうなぁ。


 なんて風に考えながらもさらに時間がたった。成人を超えて大きくなった。16の成人をこえても終わらない成長期にやはり死ぬまで? とドキドキしていたが、なんとか18で成長は止まったようだ。アスティを拾ってから2年。24歳には見えず、18歳くらいまで成長したころと変わっていない。成長ごとに髪の毛は一年分一気にのびているので、おそらく18歳でとまったはずだ。


「誕生日おめでとう、アスティ」

「ありがとう、ノーティ」


 というわけで、アスティが家に来てから二回目の誕生日パーティをすることになった。今年も最初に会った時のように実にいい天気で、屋上でガーデンパーティをすることにした。これまでアスティは数人の私の知り合いにも顔をみせてはいるが、さすがにこの驚異の成長率では普通の人間とは思っていないようなので、今日のところは二人きりだ。これからアスティが普通に生きていけばその時自分で友人をつくっていくだろう。


「わー! お酒って初めて飲んだけど、美味しいね!」

「でしょう。これで大人の仲間入りね」


 私もアスティが来てから久しぶりの飲酒だ。楽しそうにはしゃぐアスティを見ながら私も口に含むと甘露にほぅと息をつく。美しい月夜の中、すっかり大人になったアスティの姿はそれだけで最高のおつまみだった。

 急に大きくなっていったので、正直なところいまだその見た目にはなれない時もある。時々ハッとする時もある。最初の赤ん坊の印象が強すぎて、いまだ幼い子供のように接してしまうこともある。


「でも、体は大丈夫だろうけど飲みすぎないようにね」

「わかってるー。ノーティみたいにお酒で失敗したくないもんね」

「……誰?」

「えー、内緒」


 誰だ。余計なことをアスティに教えたのは。しかし、心当たりがありすぎるというか、私の知り合いはそういうの教えそうなのしかいない。そのくらい癖が強くない人は私と仲良くしようとしないというべきか。いや、私はまともな常識人なのだけど、とっても優秀な私はそれなりの立場なので仕方ない。うん。


「んふふ。ノーティはそういうとこ、子供みたいだよね」

「あんたねぇ、血はつながってなくてもあんたは私の子供みたいなもんなんだからね。親を子ども扱いするんじゃない」

「えー、私はノーティのこと、お母さんとは思ったことないけど」

「えぇ? あんた、育ててもらっておいて。私じゃなかったら泣くよ?」


 私は親に捨てられたり、わが子のように可愛がった弟子に殺されそうになったり、それなりに肩入れして幼児から面倒を見ていた教え子に監禁されそうになったりと、そういう色々あったので家族という存在に絶対的な信頼を持っていない。

 血がつながろうと、長く時を過ごそうと、いくら自分が仲が良いと感じていても、相手が同じだけ自分を思っていないというのはよくある。特にアスティは同じ人間ではないので期待してはいなかったけれど、何を笑顔で平然と言っているのか。


「んー? 勘違いさせたらごめん。ノーティのことは大好きだし、家族だよ。でも、お母さんって感じじゃないでしょ」

「まあ、実際に子供を産んだことがあるわけじゃあないね」


 お母さんって感じ、というのがそもそも私にはピンとこない。なのでそういう風に言われると、まあそうだけど、としか言いようがない。長く時を生きると、そんな風にいろんなことに傷つかないよう、心が動かないようになっている。これはきっと自己防衛で無意識なのだろう。だからこそ、アスティのことも可愛いわが子と思っていると言いながら、実際にはそこまで入れ込まないようにしているのだろう。それを思えば、家族と思ってもらっているだけで上等な評価なのかもしれない。


「んふふ。私はね、お母さんよりもーっといい役に」

「アスティ。静かに」

「え?」


 ふと見上げた夜空のきらめきに、私は何かを言いかけているアスティに手を向けてとめた。違和感は正しかったようで、あの時と同じように光が少しずつ降りてきた。あの時と同じで、嫌な感じは全然しない。

 だけど、今は何かが起こると知っている。嫌なものじゃなくても、それが正しくても、もしそれがアスティを連れて行ってしまうものだったら? あの時は何が起ころうとも大丈夫だった。私一人なら私の意に沿わないことでも何とでもできた。

 でももしアスティを迎えに来て、アスティが応えてしまったら? 考えたこともなかった。アスティがいつか、私を追い越して死んでしまうことは覚悟していた。でもそれは何十年も先のことで、それまでは独り立ちしたっていつでも会える手の届く範囲にいるのだと信じていた。でももし空の向こうへ行ってしまったら? そこはまだ、アスティにも未知の範囲だ。


「え、あれ……」


 それでも、警戒する以上にできることはない。もしかしたらまた、第二のアスティかもしれない。相手が敵意をだしていないのに、こちらから攻撃したり追っ払ったりできるわけがないのだ。だからただ待つしかできない。

 光はアスティの目の前にきた。まぶしいが、目を閉じたくなるようなするどいものではなく、ぼんやりと見つめていたい優しいものだった。


「ああ……そういうことだったんだ。うん」


 アスティはそう独り言のようにつぶやくと、その光に頭をぶつけた。そうして黙ってしばし光を浴びてから、頭を離した。


「ばいばーい」


 アスティはそうにこっといつもの人懐っこい笑顔で言って手を振り、光は何事もなかったかのように消えた。


「……アスティ、大丈夫だったの?」

「うん、あのね。今、いろいろ説明を受けていたんだ」


 アスティが言うには、あの光はこの世界の外からやってきて、この世界を調べるためにアスティを寄こしたらしい。この世界を支配する生物、我々人間がもしあの光にとって存在がゆるされないようなものであれば、滅ぼして自分たちでこの世界を管理する。いずれこの世界が発展して外の世界へ出た時に問題にならないようにする。それが目的だったらしい。

 そのために人間をもとに作った生き物を送り込み、それがどのように扱われるか、そういった試験だったということだ。私だったのはたまたま目が合ったかららしい。そしてその試験は合格だった。だから光は帰ったし、いずれ外の世界へ進出するのを待っている、と言っていたそうだ。


「勝手に人を試して、めちゃくちゃなこと言うわね」

「まあ、今現在、色々差があるからね。その気になれば、一瞬で一方的にこの世界を滅ぼせるわけだし」

「……」


 確かに。いくら私でもそれは無理だ。私にできてせいぜいが街一つ。この世界全部なんて無理だ。それを考えると、使っていない植木鉢に生えていた雑草程度のものなのだろう。害があるかないか調べ、あったら植木鉢ごと処分する。それだけの感覚なのだろう。


「でも、アスティに対して、失礼なのは間違いないわ」


 それでも、アスティはそっちがつくった命だ。それを試金石のようにして、アスティは何も思わないのか。


「んー、まあ、ノーティが私に過保護だったから気づかなかったかもしれないけど、私って普通に怪我も病気も無縁で元気に育つようになってるみたいだね。ノーティが私を幸せにしてくれたから、世界も救われたし、私も救われてるんだから。そんな気にしなくてもいいんじゃない?」

「……私はいいわよ。アスティに会えたことは幸運だし、それに関しては感謝したっていいわ。でも、あんたは怒ってもいいでしょうが」


 怒って当たり前のことだ。しかも目が合ったからなんて理由もめちゃくちゃだ。もし、悪人だったらアスティはどんなひどい目にあわされたかわかったものではない。奴隷が法律で禁止されているとはいっても、捨て子がすべて孤児院で平和にくらせるわけではない。目についたというだけで弱者をいたぶる悪人だって世の中にはたくさんいる。一歩間違わなくても、アスティは不幸になることを織り込み済みでつくられたのだ。

 人類を滅ぼされてはたまらないけど、それは向こうからしたらただの侵略でしかない。残酷だが理解できなくない。まったく違う種族、まったく違う生き物なのだから。だけど自分たちでつくったアスティに対しては話が別だ。


 だけどそんな私の怒りに対して、何故かアスティは楽しそうに笑った。


「んふふふ。もう、ほんと、そういう風に怒ってくれるノーティだから、私はノーティと会わせてくれたことをあの人たちに感謝してるくらいなんだよ。ノーティは、一番最初に会った時から、私に微笑んでくれたでしょ? ずっと、ノーティに出会った時から幸せだったよ」

「……ん? え? 赤ん坊の時のこと覚えてるの?」

「たった二年ぽっちのこと、全部覚えているに決まってるでしょ。私は普通の人間じゃないから、自意識だって最初からあったよ」


 そう言われてみれば、そもそも一か月ごとの急成長にあわせて知能だけではなく語彙や知識もきちんとあがっている。一度見たこと聞いたことをすべて覚えているからだ。教育を施しているのはある程度成長してからだったし、あまり違和感を覚えていなかったけれど気づいてもおかしくはないことだった。

 と、予想外のことに驚いたけれど、話がずれている。しかし無理に怒らせたいわけでもない。本人がまったく気にしていないのであれば、そもそも相手はこれ以上どうしようもない。どうやっても会うことのない相手だ。

 腹はたつけれど、それを押し付けるのも違う。私はもやもやした気持ちをごまかすために、グラスに残っていたお酒の残りをのんだ。すっかりぬるくなってしまっている。もう一杯次いで、魔法で軽く冷やして口をつける。脳みそまで冷えたようで、少し落ち着いた。


「そんなに一気に飲んで大丈夫?」

「大丈夫。まあ、いきなりで驚いたけど、別に今までと何も変わらないってことよね」

「うん。あ、私の生態がわかったから、それはプラスかな。今現在は普通に普通の人間と同じだよ」

「そう。まあ、それは確かに安心ね」

「すぐに不老もとっちゃうから、待っててね」

「不老って……アスティ、よく聞きなさい」


 不老の魔法。一度身に着ければ解除することなく、無意識に死ぬまで発動し続ける魔法だ。老いをとめることで魔法をより深く探求していくため、魔女になるための必須スキルだ。誰でもできるわけではないけれど、私が生まれた頃は小さな村でも一人くらいは目指せる程度の難易度で、老衰のない魔女は相応の人数がいた。

 だけどある日、魔法を兵器として目を付けた人がいた。大きな戦争が繰り返され、ついには戦争の原因を魔女のせいにして魔女狩りが行われた。おかげで私が生まれてから500年くらいたった頃には魔法の知識や研究結果はずいぶん失われて一気に魔法の文明そのものが衰退してしまい、魔女は各地に隠れ住むだけになった。魔女候補まで殺されつくしたようで、現代では不老を手に入れる可能性のある人間はほぼいない。


 アスティはそこそこ魔力はある。私には遠く及ばないけれど、魔女見習いとしては十分なくらいには。その気になれば不老はそう難しいものではない。ちょっとした気づきがあればそれほど大量の魔力が必要なわけでも難しい術式が必要なものでもない。なろうと思えばなれるだろう。


 だけどそもそも、現代において魔女になるメリットがどれだけあるだろうか。以前はよかった。魔女はありふれたもので、数もいたし友人にも切磋琢磨する同期にも困ることはなかった。だけど今、新たに魔女になる人は数えるほどしかいない。年も技量も知識も何もかも違う相手ばかりで、以前の記憶からあまり魔女同士で大規模なコミュニティをつくることも忌避されている。個人的に付き合いがある程度だ。当然、魔法の探求だってそれぞれが自分の道をすすむようになり、世界の真理へと続く本来の目標はどこかへ行っている。魔女になることのメリットは、ただ時間による余裕ができるくらいだ。

 むしろ、魔女の少ない現代においては一種の呪いのようなものだ。人と親しくなろうと、ほとんど先に死んでしまう。老いていき、感覚が合わなくなり、疎遠になり、いつのまにか死んでいた。なんていうことがある。

 私はそういう最初の頃の悲しみを魔女に囲まれてとっくに乗り越えているから今更それを苦にすることはないけれど、アスティがそれに傷つくのは悲しいことだ。


 だから、私が魔女だからって真似してなるようなものではない。魔法を学ぶことは不老にならなくてもいくらでもできる。そうアスティに丁寧に説明した。


「ノーティはさぁ。ほんっとに何にも気づかないよね」

「は? なに急に」

「私がそんな、ママと一緒にいたいがいいからー、みたいな理由で不老になろうとしてるって、ほんと、子ども扱いが過ぎると思う」

「いや、あんた二歳でしょ」

「二歳でも、ちゃんと成人くらいには成長してるんだよ。頭も、心も。保護者だからノーティが好きなわけじゃないんだよ。私はとっくに、独り立ちしてもおかしくないくらいには成長してるし、恋だってするんだから」

「……別に、そこまで子ども扱いしてるわけじゃないけど」


 とはいえ、その発想はなかった。アスティが私に恋をしているなんて。

 さすがにこの流れで、どことなく熱っぽく見つめて言われて気づかないほど私は馬鹿じゃない。でも、それこそ子供だからだ、と思う。今までにもこういうことはあった。私はずっと若く美しいので、世話をした子供が私に憧れるのは自然なことだし、恋だと勘違いしてしまうのもよくある。初恋相手として私はぴったりすぎる。わかる。

 さすがに二歳児扱いはしていないけど、まあ、やはり子供には違いない。体は確かに一人前だ。急に背後に立たれるとびっくりするし、寝起きで布団に入り込まれていた時はぎょっとした。ん? というか先日のことなのだけどこいつ普通に私に恋愛感情あると思いながらもぐりこんできてたな。まあとにかく、驚いたけどありえない話じゃない。そして初恋というのはだいたいかなわないものだ。


「いーや、子ども扱いしてるよ」

「はいはい。とにかくあんたが私を好きになるのは好きにしたらいいけど、だからって即不老は行き過ぎでしょ。とりあえずは習得を目指す方向でもいいけど、決めないこと。後で後悔してもやめられないんだから」

「ほらー、絶対子ども扱いしてるじゃん」


 頬を膨らませて抗議するアスティ。だからそういうところが子供でしょうが。成人の見た目でされても、普通ならうざいくらいのあざといしぐさだけど、正直アスティなので何をしていても可愛いし、普通に顔の作りも美少女に成長して可愛いので似合っている。

 なので私は微笑ましくてついついアスティの頭を撫でてしまう。だけど子ども扱いと不満を言っていた割に、アスティは表情をかえてニコニコと嬉しそうに私の手を受け入れている。


「まぁさ、急に言っても本気だって信じられないって思ってたけど。今日もちょーっと匂わせて、意識してもらおうと思ってたとこだし。長期戦でいくから、覚悟しておいてよね」

「匂わせ?」

「あー、聞いてなかったでしょ。ノーティには、お母さんよりもっといい役があるよって」

「はーん? なるほど? 恋人という役が?」

「そそ、恋人であり、ゆくゆくは奥さんとして、ノーティを幸せにしてあげるね」


 ちょっと照れくさそうにしながらもにこやかにそう告白してくるアスティは可愛いけど、いやもうほんと、だからそういうところが子供なんだよね。お母さんより自分の恋人がいい役とか、簡単に幸せにするって言いきってしまうところとか、そういうのが世間知らずで全能感にまみれた子供の思考なのだ。


「……はいはい、いつかね。楽しみにしてます」


 でも、だからこそ、そういうところが愛らしくて、愛おしいのだ。まだまだ一緒に過ごした時間は短い。でも図らずもまだまだ一緒にいられるとわかった。私もそれは本当に嬉しいし、ほっとした。

 だからまあ、急いで大人になんかならなくてもいい。不老になると言ってくれて、私と結婚したいと思ってくれて、本当はそれもすごく嬉しいのだ。


「え? ほ、本当? ちょとは脈あったの?」

「さぁ、どうでしょうね」


 今だけかもしれない。いつか私を嫌うかもしれない。でもそれはそれとして、今、私を思ってくれているのは間違いないのだ。私はそれだけでいい。それまで、気が変わるまででいい。アスティと一緒に暮らす今が、私は幸せなのだ。

 私は変わらない。だからいつか、アスティは私に飽きて初恋をあきらめる。それまで家族として愛し、育み、見守ればいい。アスティが望むだけ、私の全部を教えよう。不老だけは考えなきゃだけど、私が関係なく、本当に魔女になりたいなら応援しないではないのだ。私は初めてこの子を抱いたその時から、この子の味方でいると決めているのだから。


「も、もー! ほんとにノーティは、小悪魔だなぁ」

「誰が小悪魔よ。せめて悪魔でしょうが」


 この私に小をつけるな。なんなら大悪魔でしょうが。いや、悪魔ではないけど。魔女だけど。

 慌てたようにどこかごまかす様にアスティは軽口をたたき、にやにやしながら私のカップにお代わりをそそいできた。どうやらさっそく私の機嫌をとりにきたらしい。可愛いものだ。


「えー、こだわるのそこ? はいはい。ノーティが私のこと好きになってくれたら、小をとるね」

「……まあいいわ。アスティが大人になって自分から私を離れるまでは付き合ってあげるわ」

「え、ほんと? やった! じゃあ勝ち確定じゃん! えへへ、ノーティ大好き! 私のことも、大好きにさせてあげるね!」


 我ながらちょっと甘いかな、という言葉にわかりやすくアスティは喜んで、席をたって私の横に来て抱き着いてきた。


「はいはい」


 まあ、もうとっくに大好き、いや、大大大好きではあるのだけど。アスティの人生一回分、いつまで続くかわからないけど、それまでくらい付き合ってもいいくらいには、とっくに私はアスティに夢中なのは本当だ。

 だから、私は適当に相槌を打ちながらぽんぽんとアスティの背中をたたいた。


 私とアスティのながーい人生は、まだまだこれからだ。





 おしまい。

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ある日、空から女の子が降ってきて 川木 @kspan

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