第8話 貴重な鉱物


「おいおい、なんだよ窓からやってきて。夜這いか?」


 二つ先の空き部屋から窓を伝い、ガラス窓を叩けば、バーベナが慌てて中に入れてくれた。


「そんなわけないでしょ!」


「まったく、じゃあこの夜更けに何の用だよ? 今日は枢密院議会があるから特訓はお休みじゃなかったわけ?」


 眠そうに目を擦るバーベナは、女物のネグリジェを着て自室のベッドでくつろいでいた。寝る時まで女装をしているとは驚きだ。まあ、今のように突然誰かが訪れてくる可能性もあるにはあるのだろうが。


 アリシアがかいつまんで今見てきたとことを話せば、バーベナは思案顔になり、ベッドから降りてソファーに座り直した。


「つまりあれか。今回の策略には、ロベリアの戦争支持派だけじゃなく、グラジオの人間も関わってるってのか。厄介だなぁ。ちなみにそのベルモント伯爵ってのはどういう人物?」


「表面上、戦争に関しては中立派みたい。あと、ええと、たしか」


 アリシアはポケットからメモを取り出す。パラパラとめくって中身を確認し、顔を上げた。


「ベルモント伯爵の土地は、鉄鉱石の一大産地だね。あと、ここには書き忘れちゃったんだけど、伯爵の土地で、ミーラー何とかっていう新しい鉱物が大量に見つかったっていう噂が出てて。本人は否定しているらしいんだけど」


 頭に重みを感じて、アリシアは顔を上げた。バーベナの手がアリシアの頭を撫でていたのに気づき、眉間に皺を寄せる。


「えっ、なに?」


「えらいえらい。ちゃんとお勉強しているわけだ」


「いや、だって、結婚式までは、交流行事も多いし、ちゃんとこういうのも覚えておかないと、会話についていけないから……」


 剣の腕と王子に似た顔だけでこの役を任せられてしまったのだ。それ以外の部分については、王侯貴族たちの中に混じるには不適当と言っていい。せめてボロが出ないレベルにするべく、日夜勉強には励んでいた。


「アリシアの言う新しい鉱物ってのは、おそらく『ミーラークルム』だな。鉄鉱石と混ぜると、非常に硬度の高い金属製品が作れるんだ。ただ、希少性が高くて、少量しか市場には流通していない。だから価格も高くて一般には出回らないんだ。買い手も限られる」


「硬度の高い金属製品……まさか」


 バーベナは少し俯き、顎に手を当てる。


「軍隊にとっては、喉から手が出るほど欲しいものだろうな。今の技術だと、耐久性のある剣や防具は少ないし、戦時は折れる前提で予備をたくさん用意してるけど。ミーラークルムを配合した金属で作られた鎧や剣を大量に手に入れられれば、軍事力の大幅増強につながる。きっと、ロベリアの戦争支持派の誰かが噂を聞いて、ベルモント伯爵に商談を持ちかけたんだ。そして……」


「大きな戦争を起こすことで、ベルモント伯爵はミーラークルムを売って大金を手にし、ロベリアの誰かはミーラークルムを使った武器・防具で儲けようとしてる、ってこと?」


「お、察しがいいじゃん。そゆこと。今は仮定でしかないけど、闇雲に犯人探しをするよりずっとやりやすくなった。感謝するぜ、『アラン王子』」


「バーベナにアラン王子って呼ばれると、変な気分だよ」


「あんたは俺の名前呼んでくれないくせに」


「だって普段からバーベナって呼んでないと、大事な時にボロ出しそうなんだもん」


 彼は「あんたならやりそう」と笑いつつ、目を細めてこちらを見る。


「ねえ、じゃあ今だけキリヤって呼んでみてよ、アリシア」


 バーベナはアリシアの隣に腰掛け、グッと顔を寄せてきた。手が頬に添えられ、黄金の瞳に覗き込まれる。

 近くで見ると、やはり男の人だ。カサブランカの香りに、彼の色香に酔ってしまいそうになる。


「今日はここで寝てく?」


「ふ、ふざけないで!」


 どん、とバーベナを押して、アリシアは座っていたソファーから立ち上がった。きっと今、自分はすごい顔をしているだろう。頬は熱いし、心臓はこれ以上ないくらいに早く脈打っている。


「純だねえ。とりあえずこのことは、明日また相談しよう。夜更かしはお肌の大敵だからなぁ」


 ひらひらと手を振るバーベナを残し、アリシアは窓から帰ろうとする。


「あ、どうせだからさ、扉から出てけよ。夜の逢瀬があったことにしとこーぜ。仲良し度が増したな!」


 彼の言葉には答えず、アリシアは無言で扉から出ていった。


 *


「いよいよトーナメントか……うわあ、緊張する」


 イブが身支度をしてくれている間、アリシアは目を瞑り、精神統一をする。


 騎士団に混じってひたすら剣の練習に明け暮れるというのは、それはそれで楽しかったが、体への負担も大きい。生傷は増えたし、疲労感も倉庫作業の比にならない。

 ただ、港町にいたときよりはずっと強くなったという実感はある。


 卑怯な攻撃にも、バーベナのおかげでだいぶ対処できるようになってきた。

 彼の体術は劇団に拾われる前に、自分の身を守るために会得したものらしい。


「毎日食べるものも困るような生活をしてたから、馬車の積荷を奪ったり、人質とって脅して金を奪ったりしてたな。返り討ちにあって、ボコボコに殴られて死にかけたこともあった」


 そう話したバーベナは、どこか悲しげだった。なぜそんな生活をすることになったのかと聞けば、彼もロベリアとグラジオの戦で親を無くしたらしい。


 泥臭い戦い方をするのは、生き残るために身につけたものだからなのだろう。

 

 ベルモント伯爵をガゼボで目撃して以降、バーベナが伯爵と繋がりのありそうな人物について洗っている。鉱物の精製や加工に関わる産業、武器を取り扱う商会。だがどちらもロベリア国内にはいくつもあり、この短い期間では特定までは至っていない。


 結果、トーナメント中に仕掛けられた企みを暴き、アラン王子暗殺計画に関わっている人間を特定するということになった。


 ––––気を引き締めなきゃ。うっかり殺されたりしないように。


 バーベナとガーネットは見晴らしの良い観覧席で今回のトーナメントを観戦することになっている。彼らが怪しい動きをしているものを見つけ、アリシアは戦いながら、誰か不審な動きをしているものがいないか探す。


「アラン王子、準備が整いました」


「ありがとうイブ、行ってくるよ」


「……どうかご無事で」


 心配そうなイブを部屋に残し、アリシアは闘技場の控え室に向かう。


「最終試合、せめてグラジオの王国騎士団の人間だといいんだけどなあ」


 そう呟きつつも。アリシアは戦いに向けて覚悟を固めていった。

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