★第123話 余計な一言

 なっちゃんと入れ替わりでバトルロイヤルに参加する。当然半端な入れ替わりではあーちゃんはおろか、観衆にすらバレるだろう。バレればどうなるか。そう、身の破滅である。外出したらあのお兄さん女装してた人だよねと子供に指さされ、なまじ半端に名前が知れ渡っているせいで、女装野郎として切り抜きやらAAやらが散乱し、一生消えないデジタルタトゥーがネットに刻まれるだろう。事ある毎にこんな人がいましたねとお茶の間を賑わせ、ネットで商品を取り寄せようものなら、こいつ女装した奴の家じゃんと特定されて野次馬が押し寄せる。


 安息の日々は露と消え、俺に待つのは全てから逃げ山奥で孤独に生きる隠遁生活。そんな強迫観念強制スローライフなんて俺は望んでいない。文明に囲まれているから引き籠り生活が楽しいのであって、山奥で開墾して自給自足生活なんて頼まれたってする気はない。働いたら負け、至言である。他人の目を気にしてひっそり生活するくらいなら、禁忌領域を逆解放して一人残らず始末して、日本を人の住めない土地にする方がマシまである。


 流石にそんな結末は俺も望んでいない。人は一人では生きていけない。俺には食べ物や娯楽の提供、可能なら家事全般を担当してくれる人が必要なのだ。そんな人たちを守る為にも、この戦い、絶対に負けられない。死ぬまで続く引き籠り生活の為に。今こそ全力を見せる時!!


 絶対にバレない入れ替わりとはなにか。女装するだけならすぐばれるだろう、そもそも身長が違うし。良くある中身が入れ替わるのはありだろうが、他人の体を上手く動かせるとは思えない。ア〇ロがゼオ〇イマー動かすようなものだろう。なにより何かの拍子で元に戻るというお約束がある以上、肝心な場面で失敗する可能性がある。だからこそ俺が選ぶ手段は一つ。なっちゃんと入れ替わる。文字通りの意味で。そう、俺がなっちゃんになれば万事解決なのだ!万象悉く俺の前にひれ伏すが良い!狸や狐も真っ青な、化け学ってやつを見せてやんよ!


 右手をなっちゃんに差し出す。その手をなっちゃんが握り、握手して向き合う格好になる。お互い視線を逸らさない。本人がいるからイメージは容易だが、何を考えてるのかさっぱり分からんな。まあ重要なのは中身じゃない、見た目だ。今から俺は肉食はむすたあ、日向奈月だ!!


「時を刻み、自らに克ち、地の獄へ誘わん。皇魔・双身双合ドッペルゲンガー


 後にも先にも、この件が終わったら使う事はおそらくないだろう、一発ネタの皇級魔法が発動する。人の姿形、なんなら記憶さえ写し取る事が可能だろうが、必要なのはガワだけだ。なっちゃんと俺を光が包み込み――――はじけた後には、寸分たがわぬ恰好をした日向奈月が二人いた。



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 ふざけた魔法じゃのう…感覚を騙すでもなく、幻覚を見せるでもなく、自身そのものを変質させるとは、これで見た目だけ奈月で中身は隷人なんじゃろ?ありえんじゃろこんな魔法。身長体重、なんなら声もおそらく本人と同じじゃろう。こんな事は…もんすたあなら似たような事をするやつはおるから儂らでもやろうと思えば出来るんじゃろうが、少なくとも儂は出来んぞ。前から思っておったが、隷人が使う魔法は根本的に儂らとは違う気がするんじゃよな。そもそも7歳かそこらで儂に勝てる時点でおかしすぎるんじゃが。やはり転生や前世とやらが関係しておるんかの。思ったら出来たとか簡単に言っておるが、それがどれだけ特異で異質な事か本人が理解しておらん。そもそもなんじゃ皇魔って…いつの間にそんなものが使えるようになっとるんじゃ。はぁ…隷人が引き籠っっておるのは正解じゃの。北条の件といい今回といい、儂の手が届く範囲で事が起こったから良かったものの、変にやる気を出して好き勝手動かれたらどうにもならん。ありすも目立つし隷人も目立つ。これから奈月も目立つじゃろう。問題ばかり増やしおって、これでまだ引き籠れると本気で考えておる辺り、救いようがないのう。全く…馬鹿な子ほど可愛いというのは本当じゃな。



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「どうかな?なっちゃん。自分を自分で見た感想は」


「…凄い。超可愛い美少女が目の前にいる。こんな子が存在してるなんて信じられない」


 ペタペタと俺のほっぺやら体を遠慮なく触るなっちゃん(本物)。存分に触ってくれていいぞ。全てが完コピされているからな。胸だけ盛るなんて残酷な真似はしてないから安心するといい。


「どこからどう見ても日向奈月でしょ?声も一緒、見た目も一緒。これなら誰にもバレないと思うんだけど。当然本番は喋り方も変えるし」


「確かに。これなら問題ない。見ただけじゃありすやレナにもバレないと思う」


「確かに瓜二つじゃのう。こうして比べて見てもどっちが本物か分からんぞ」


 俺の手を掴んでくるくる回り、本物当てクイズを始めたなっちゃん(本物)を見て小雪ちゃんが感想を漏らす。


「入れ替わりのタイミングだけど、天獄殿から出る前にしたい。理想はパンデモランドで入れ替わる事だけど、なっちゃん本人がバレても問題だから仕方ない。なっちゃんには悪いけど、当日は天国の間にいてもらう事になる。ここなら誰も来ないからね」


「良いじゃろ。儂はおらんが当日は好きに寛いでおれ」


「分かった。その辺りは上手くやるから安心して欲しい」


「頼りにしてるよ」


「それじゃ、わたしかられーくんにお願いがある」


 ついに来たか。一体何を要求してくるのか…ここは俺もある程度妥協せざるをえまい。ここは先手必勝でなっちゃんの思考を誘導するしかない!


「可能な限り要望には沿うつもりだよ。そうだね…なっちゃんの望み通り、混浴しようじゃないか!ただし、水着着用でね。これは譲れないよ」


 なっちゃん相手に話し合いは厳禁。言い負かされるからな!丸め込まれて限度以上の行為を飲まされるわけにはいかない。ならば最初から最上限を提示してしまえば問題ない!温泉で混浴といっても水着を着てればプールみたいなもんだろ!!


「れーくんがわたしを頼ってくれたのに、わざわざ何かを要求したりなんてしない。喜んでなんでもする。わたしがお願いしたいのは、バトルロイヤルでありすとレナが最後まで残っていた場合、優勝するのは諦めて欲しい。わたしは二人と戦いたくない」


 なるほど、確かになっちゃんがあーちゃんやレナちゃんと戦う所は想像できないな。ポンコツバトルならしてるけど。あーちゃん達もなっちゃんとは戦い辛いだろう。俺の目的は優勝する事じゃないから問題ないな。織田遥と念のために野郎連中の優勝さえ阻止すれば、後は誰が優勝しようがどうでも良いか。


「俺もあーちゃんやレナちゃんと戦いたくないし、なるべく二人とは遭わないように動くようにするよ。二人と戦うのはリスク高いしね」


 流石に二人の前でドンパチするのはなぁ。最悪するけどさ。まあ適当に言い訳用意してれば大丈夫だろ。


「ありすとレナには、バトルロイヤルに出て勝つつもりのわたしを心配したれーくんから、魔道具を貰ったと誤魔化しておく。入れ替わりがなくともわたしは勝つつもりだったから問題ない」


「その辺りはなっちゃんに任せるよ」


 さすがなっちゃん、頼りになるぜ!お願いをする気がないのも嬉しい誤算だぜ!


「任せて欲しい。れーくんもわたしの事は気にせずにバトルロイヤルを楽しんで欲しい。わたしもれーくんから望んでくれた混浴を楽しみにしている」


「ああ、なっちゃんに泥を塗るような真似はしないと誓うよ…ん?」


 あれ?もしかして俺余計な事言っちゃいました?


「それにしても…」


 なっちゃん(本物)がなっちゃん(偽物)を見て、頬を染めて恥じらうそぶりを見せる。珍しいなこんな反応…そんなに自分が好きなのか?実はなっちゃんはナルシストだったとか?まあこれだけ可愛いならそうなってもおかしくないかもしれないが。


「わたしがあれだけれーくんにアタックしても反応がなかった理由が分かった。いつでもわたし達になれるなら、欲情するわけがない」


 ……いや違うから!こんな事するの今が初めてだから!!そんなエロ同人みたいな展開思いつきすらしなかったから!!!クソがぁぁあああ!!こんな魔法はバトロワが終わったら永久封印だ!!ふざけやがって!!誰だ!バトロワなんて言い出した奴は!!とんでもない誤解だ…これはもうあーちゃんにバレるわけにはいかなくなったぞ……

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