閑話 全国探索者養成高等学校定例校長会議
毎月末に行われる全国探索者養成高等学校の校長達による定例会議。普段であれば探索者ランクが上がった者や賞罰に関しての話題が中心になるが、6月末に行われる会議での主な話題は天獄杯の代表メンバーに関してである。年に一度の全校対抗による真剣勝負の場。負けたとしてもペナルティがあるわけではないが、負けてよしとするような者が探索者養成学校に籍を置くわけがない。世間が注目する一大イベントでもある。例年であれば孫を自慢する祖父母のような生徒自慢合戦が行われるのだが、今年に限っては様子が違っていた。原因は言わずもがなである。
『皆さんお久しぶりです。と言っても一カ月前に会いましたが。お元気そうで何よりです』
『ふん。世は並べて事も無し。そうそうおかしな事が起こっては困る。まあ例外があるようだがな』
『東海校長、なぜそんなに喧嘩腰なんです?関東校長に思う所でもあるので?』
『別にそんなものはない。ただ世間が騒がしいのは関東に原因があるのではと思っているだけだ』
『あるんじゃないですか…そもそも関東校長が望んだわけでもないでしょうに。それに関しては4月末の定例会議で説明されたでしょう?』
『全く…良い歳して嫉妬してるんじゃないよ。奴が東海に入学しなかったのが余程不満なのかい?それに関しては報告があったろう。幼馴染、いや、姉が関東に入学したからそこに通う事にしたんだろうと。お前も納得したろうに』
『…ふん。別に我が校に来てほしくなどない。あのようなトラブルメーカーなど御免だ』
『なら一々当たるんじゃないよ。関東としても余所が引き取ってくれるなら熨斗付けて送り出したいだろうよ』
『そんな事はありませんよ。確かに彼は少し特殊ですが、れっきとした関東探学の学生です』
『東海校長の気持ちも分かります。私も正直気が気でないのですよ。関東校長、率直にお伺いしますが、彼は天獄杯に出場するのですか?』
『その件に関してですが、今回の会議にどうしても参加したいとの事で、この場にお招きしている方がいらっしゃいます』
『この会議にか?この会議を何だと思っている?探索者養成学校の最高会議だぞ』
『東海校長の心配も分かりますが問題ありませんよ。むしろ我々よりよほど相応しい方と言えるでしょう。ではどうぞ』
『皆さん失礼します。探索者協会の会長をさせてもらっている柳生と申します。本来であれば口を挟む事はしないのですが、今回は無理を言って参加させてもらいました。場違いであることは承知していますが、なにとぞご寛恕の程をお願いします』
『や、柳生会長…なぜこのような場に』
『やれやれ…誰彼構わず噛みつくからそんなみっともない事になるんだよ。少しは考えて物を言いな』
『う、五月蠅い!それで柳生会長、本日はなぜこのような会議に顔を出されたので?』
『この会議に顔を出した理由は、当然ですが彼、万魔央君の扱いに関してです。失礼ですが、彼に関して貴方がたの一存で決められては、少々困った事になりかねませんので』
『確かに。我々に彼に対する拘束力はありませんからね。むしろ逆に配慮しなくてはいけない側だ』
『…超特特待生。我々では手出しが出来ん』
『まず前提として、探索者協会は万君には基本中立の立場をとる事を決めています。決闘の件では北条に肩入れすべきとの強硬意見もありましたがね。結果が出た後は強硬派の皆さんは全員黙りましたので、万君に関してはその言動には関与しないというのを基本方針としてください』
『それは、彼が何をしようと黙って見ているという事ですか?』
『私は彼と話したことがありますが、こちらから干渉しない限り向こうから手出しをしてくる事はないでしょう。その点は万魔様からも言われています。手を出さない限りは無害を保障してやるが、手を出した場合はどうなろうが知らんと』
『万魔様がそう言われるなら問題ありませんね。つまり万王さ…万君が天獄杯に出場する事も彼任せということですか?』
『万君に関してですが、彼は天獄杯に出場する予定は今の所ありません』
『どういうことだ?予選はもう終わっているだろう。天獄杯出場者は決まっているはずだが?』
『万君は予選自体に出ていませんし、天獄杯にも参加はしないと思います。ですが気が変わって出場したいと言ってきた時、私には拒否出来ませんので。彼の姉の天月ありすさんがPT戦、個人戦両方での出場が決定していますので、断言はできません』
『…決闘騒ぎの原因となった生徒か。確かに彼女が参加するなら気が変わってもおかしくないかもしれん』
『関東の。それは大丈夫なのか?天獄杯は予選と違って武器防具に制限などないぞ。万が一があった場合誰が責任を取るのだ』
『それに関しては予選の際に万君自身が宣言していましたので。不正がない限りは試合結果に関して関与はしないと。実際に予選でも問題は起こっていません』
『むぅ…だが、それは予選での話だろう?天獄杯ともなれば死にはせずとも重傷を負う事もある』
『心配されるのは分かりますが、天月さんは1年ながら個人戦で準決勝まで残った才媛です。天月さんの心配よりも対戦相手の心配をした方が良いと思いますよ』
『関東も落ちぶれたものだな。1年生が準決勝まで残るなど。そういえば決闘騒ぎで北条の嫡男と大道寺の倅が居なくなったのだったな。今年は総合優勝もあり得たかもしれんのに残念な事だ』
『我が校の今年の個人戦代表は4名中3名が1年生ですから。皆さん大いに油断して下さって結構ですよ』
『なに言ってるんだい。北条の嫡男が居なくなろうと1年が代表になるなんてそうそうあるわけないだろ。話を聞く限り、そのありすって子に忖度もなかったんだろ?油断をして足を掬われるのは御免だね』
『万君に関しては、おそらく我々が何もしなければ天獄杯には出場しないでしょう。くれぐれも余計なちょっかいをかけないようにして下さい。天獄杯の代表選手及び教員全てに周知徹底させるように。これは探索者協会会長として厳命します。決闘に至った経緯は皆さん知っていますよね?通達に不備があった場合、いかなる理由があろうと厳罰に処しますので』
『問題なさそうですね。私からは以上です…と言いたいのですが、関西と中国の校長は、何か皆さんに言う事があるのではないですか?』
『別に隠してたわけじゃないよ。単に言うタイミングがなかっただけだよ。全員万魔央に御執心だったみたいだからね。私の所だが、三年の代表PT戦に織田が出る事になった』
『織田が!?しかも三年生の代表PT戦にですか?元から通っていたのでは…ないですよね』
『その通り。いきなり私の所にやって来てね。天獄杯に出場させろと要求してきやがった。勿論最初は突っぱねたがね。地に堕ちた禁忌領域の名誉を回復する為、天獄杯に出場して実力を証明し潔白をアピールすると言われたら、断る訳にもいかないだろ』
『それは…しかしそれでは三年間頑張ってきた他の生徒達も黙っていないのでは?』
『遥の嬢ちゃんは実力と人望はあるからね。全員叩きのめした上で全員納得させてたよ』
『よりによってあの織田遥さんですか…』
『出場者の条件に在学期間の制限なんかないからね。私としても生徒たちが納得した以上、嫌とは言えないよ』
『関西校長。分かっていると思いますが…』
『当然遥の嬢ちゃんにもしっかり言い聞かせるよ。ただあの娘は素直に言う事を聞くタマじゃないからね。心配なら織田の当主にそっちから伝えておくんだね』
『…そうですね、私から織田家の当主に再度伝えておきましょう』
『では私からも報告です。私も隠していたわけではないですが、1年生の個人戦代表に、毛利が選ばれました』
『今度は毛利か。1年という事は新入生で入って来たのか?珍しいこともあるものだ』
『いえ…彼も理由は関西校長の言われた事と似たようなものでした。最も建前でしょうが』
『それは禁忌領域の名誉を回復するという理由がか?』
『はい。個人戦代表に選ばれたのは毛利恒之君です』
『毛利恒之…もしや当主の次男のか!?』
『はい。ですので彼の性格を考えますと、本当の目的はおそらく万魔央かと』
『…ふぅ、どうにかならなかったのか?あんな狂犬を凶犬に近づけてみろ。何が起きるか分からんぞ。それこそ北条以上の凶事が起きかねん』
『無茶言うんじゃないよ。建前に禁忌領域を持ち出されたらどうしようもないよ。言ってる事自体はやらなきゃいけない事なんだ。断るってんならそれに見合った代案が必要になる。そんなものがあるってのかい?』
『…ぬぅ。他の学校は大丈夫だろうな?これ以上増えるなら儂も徳川家に打診せねばならんぞ』
『織田家と毛利家からは連絡があったので判明しましたが、他の学校はどうでしょうか?この件は探学内で収まらないでしょう。探恊として取り組むべき案件です』
『…わざわざ隠し立てするような事でもあるまい。そもそも大義名分があるのだから隠す必要もない。他の禁忌領域守護は天獄杯に関しては動いていないとみていいだろう』
『それにしても織田遥と毛利恒之か…揃いも揃って問題児ではないか。万魔央が天獄杯に出ないのであれば接触する可能性はないだろうが』
『その万君ですが、天獄杯に合わせて天獄郷に旅行に行くと思いますので、皆さんくれぐれも注意してくださいね』
『本当かい!?…姉が出るから応援がてらって事かね?はぁ…全く、大変な時に校長になったもんだよ。嫌になっちまうね』
『お前が校長になって一体何十年経つ?好きでやっているくせによく言うわ』
『女に年齢に関わる事を言うんじゃないよ!これだからデリカシーのない男は嫌いなんだ』
『今年の天獄杯は大変でしょうが、あくまで主役は学生の皆さんです。未来ある有望な探索者の卵たちの為にも我々が出来る事は最大限やらねばなりません。ましてや不幸な行き違いでその未来が絶たれるような事があってはなりません』
『万魔央には織田と毛利が参加する事は伝えておくべきだろうな』
『後で私が伝えておきます。万君としても禁忌領域守護職と関わりたいとは思っていないでしょうから』
『織田、毛利、そして万魔の後継者とその連れ合いですか。今年の天獄杯がどうなるか想像できませんね。今から楽しみです』
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