第60話 選考会

 全国探索者養成高等学校総合技能演習大会・関東代表選考会。この選考会で代表に選ばれた者は、夏休み中に天獄郷にて行われる天獄杯に出場する事になる。代表は個人戦は学年を問わず計8名。PT戦は各学年毎に2チーム。希望者は個人、PT戦両方に参加することが出来る。


 わざわざ探学に入るような学生である事から、皆向上心があり、優秀な探索者である。例年であれば誰もがチームを組んで参加する一種のお祭り的な選考会であるが、関東探学に限って言えば今年は少し違った。当然、万魔央のせいである。


 4月末日のダンジョン実習での揉め事を発端とした、北条との決闘騒ぎはまだ記憶に新しい。それどころか現在進行形で世間を賑わせている。万魔央とはどんな存在なのか、今後の北条の行く末は。世間は飽きずに騒ぎ立てるも、当事者たちは口を噤み何かを話す事はなかった。それでも当事者、特に万魔央やその周辺に突撃取材をするようなマスゴミは現れていないのは、互いにとって幸せな事だっただろう。


 当然それは万魔央が在籍している関東探学も例外ではない。むしろ当時者以外で最も身近で騒動を傍観し、また身近に存在するが故に、教師も学生も、万魔央との距離を慎重に見極める必要がある。基本的にこちらからちょっかいを掛けなければ問題を起こしはしないとは思える。だが、天月ありすが絡んだ場合、どうなるのかが全く読めない。何が逆鱗に触れるのかが分からない。


 そんな天月ありすが天獄杯の代表選考会に出ると知った教師陣は緊急職員会議を開いた。天月ありすが悪いわけではない。探学の生徒であり、選考会に出るのはむしろ推奨される事でもある。しかしその後ろにいる存在が不味い。仮に選考会にて天月ありすが怪我をした場合、とばっちりが来るのではないか。代表に選ばれなかった場合圧力を掛けて来る可能性は。


 天月ありすを不参加にすべきではという意見も出たが、北条の一件を見る限り、そういった対処は間違いなく不興を買うと判断され却下される。かといって選考会で天月ありすを贔屓などすれば、他の生徒との軋轢の元となるだろう。常識的なルール内での決着ならば問題ないと思いたいが、不安要素は排除したい。ここは本人に確認を取るべきではないか。でも誰が?進んで火中の栗を拾いたくはない教師たちが互いに牽制する中、一人の教師が発言した。


「ありす様もそうですが、魔央様も探学生ですので、選考会に参加できると思うのですが。魔央様が参加されれば、万魔様もさぞお喜びになるでしょう」


 その発言を聞き、皆一様に押し黙った。確かに…万魔央は形だけとはいえ関東探学の学生だ。選考会に出る権利は有している。だが、アレが学生の大会に出て良い存在なのだろうか。学生の、いや探索者の範疇から逸脱している存在。だからといって存在を無視して選考会を開催して問題はないのだろうか?


 後日、それを知った本人が参加したかった等とゴネた場合、一体どうなるのか。ならばそれも含めて本人に聞くべきだろうが…参加の打診をして、それが催促している様に捉えられたら?そもそも家から出てこない本人にどうやって会い、伝えるのか。


 教師と言えども人間である。北条との決闘の記憶がまだ生々しく、真田教師が突然退職した事も相まって、誰もが万魔央に接触する事を忌避していた。新たに担任となる教師に放り投げてしまうのが無責任とはいえ確実なのだが。


 無常鏡花。真田真子の代わりに担任教師として文句も言わず急遽赴任して来てくれた女性と言えば聞こえはいいが、先ほどの発言から分かる通り、彼女は万生教徒であり、万生教万魔神衛隊十傑衆筆頭である。彼女に頼んだ場合、嬉々として万魔央に確認を取ってくれるだろうが、同時にそれは万魔央が選考会に参加する危険性も孕んでいる。彼女の熱意で、乗り気でない万魔央を説得して参加させかねない。


 どうにかして無難に平穏に解決したい。そして出された結論は、最も不興を買わないだろう人物、天月ありすに確認を取ってもらうというものであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「申し訳ありませんね、天月さん。本来ならば我々教師がすべき事なのですが」


「いえいえ、全然構いません。家に引き籠ってるれーくんが悪いんですから」


 万魔央の選考会参加についての答えを伝えるべく、天月ありすは校長室を訪れていた。


「それで、万さんは何とおっしゃっていましたか?」


「れーくんは参加しないと言っていました」


「そうですか…おそらくそうだろうとは思っていましたが、万が一という事もありますので。ありがとうございました」


 万さんが参加しないのであれば、選考会は無事に終わりそうですね。天月さんに関しての懸念は…こちらで何とかする必要がありますが。


「それでですね。伝えておいた方が良いと言われたので言うんですが、れーくんが選考会の応援に来るそうです」


「…万さんが?」


「はい。私もPT戦に出るよって言ったら、暇だし応援に行こうかなって言ってたので、来ると思います」


「そうですか…」


「何か問題がありますか?駄目なられーくんにはそう伝えておきますけど」


「問題、問題はないのですが…いえ、そうですね。天月さんにとっては非常に気分を害す質問になると思うのですが、確認させてもらってもいいでしょうか」


「はい。私に答えられることなら」


「選考会で、天月さんが怪我をしたり代表に選ばれなかったりした場合、万さんがその…相手に対して何かしらの危害を加えたりする事はありえるでしょうか?」


「あー、そういう事ですか。それは大丈夫だと思います。余程変な事でもしない限りは、怪我しても治して終わり、私が代表になれなくても、残念だったねで済ますと思います」


「そうですか。…それならば問題ありません。失礼な質問をしました」


「校長先生が心配するのも分かりますけど、れーくんは意外と常識ありますから心配ないと思いますよ」


 常識はあっても、その常識を平気で無視できるから性質が悪いのですが。当然そんな事は言えませんが。


「話せばわかる人だと頭では分かっているのですが、どうしても北条の件が頭を過ってしまうのですよ。これは私に限った事ではありませんが」


「う~ん、なられーくんに選考会で私に勝っても大丈夫って言ってもらいましょうか?」


「そうして下さるなら有難いですが…大丈夫でしょうか?」


「大丈夫です。校長先生の懸念も分からなくはないですから、れーくんも頷くと思いますし、何よりみんながそれでやる気が出るなら私としても望む所ですから」


「では、申し訳ありませんがお願いします」


「はい、任せて下さい」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ていう事があったんだけど」


「俺は人語を理解できない猛獣か何かかな?」


 うーん。俺に対してヘイトが溜まる分には良いんだが、あーちゃん達にまで飛び火するのは少し問題だな。


「私としても、れーくんが変な目で見られるのは嫌だからね。ダメかな?」


 仮に俺に忖度して代表に選ばれた場合、あーちゃんは納得いかないだろうし、他の学生も同じだろう。それにガチの対人戦なんてなかなか経験できないだろうから良い経験になるしな。仕方ない、ここは俺が一肌脱ぐしかないな!


「そうだね。なら皆がやる気が出るような演説でも考えておくよ」


「魔央様、登校されるのですか?であればこの無常鏡花が当日お迎えに上がります」


「いやいいから。無常さんは教師なんだから、一生徒を贔屓しちゃ駄目でしょ」


「私は教師である前に万生教徒ですので問題ありません」


 問題しかないから。


「とにかく駄目だから。迎えに来たりしたら晩御飯に呼ぶの止めるし隣の家から引っ越してもらうからね」


「そんな!私には万生教徒として万魔様の代わりに魔央様を見守る崇高な使命が!」


 そんな使命はドブに捨ててしまえ。

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