第56話 黒幕

「はぁ…れーくんはもうちょっと考えてものを言わないと!私は試してるんだなってすぐ分かったけど、奈っちゃんとレナちゃんはドン引きしてたよ?」


「わたしも試していたのはすぐわかった。ドン引きしてたのは真実味を持たせるための演技」


「れーくんがあのような事を本気で言うわけがないでしょう?私は当然分かっていましたから」


 なんだこの私は分かってましたムーブは…俺は分かって欲しくなかったよ。


「それで紗夜ちゃんはどうするの?」


「約束は守る。何言ってもやっても帰ってくれそうにないのが良く分かったからね。紗夜ちゃんはこの家に住んでもらう。部屋空いてるし好きな所選んでいいよ」


「ありがとうございます。魔央様」


「それで学校だけど…どうすればいいんだ?俺の立場から通えとは言い辛いんだけど」


「れーくんは小学校中退だからねー」


「通うならどこ中になるの?転校扱い?」


「私は通わなくとも一向に構わないのですが」


「俺が構うんだよなぁ。中学校には通ってもらう。義務教育だからな。転校手続きとかどうするんだ?毎回万魔や万生教に頼ってばかりなのは問題だしな…というか紗夜ちゃんってその辺の手続きどうしてるの?」


「北条領にある中学校に通ってはおりましたが…転校手続きなどはしておりません。決闘の後、帰って来たお父様と話してそのままこちらに来ましたので」


 即断即決すぎだろ…なんでそんなにフットワーク軽いの?


「ダメだろそれは…ダルいけどやるしかないな。北条の当主と会ってその辺全部丸投げしよう。紗夜ちゃんの事を預かる事も伝えなきゃいけないし…でも北条領に行ったら闇討ちされそうだし、こっちに来てもらうしかないな」


「魔央様、お父様とは今生の別れを済ませておりますので、そのような配慮は無用でございます」


「今生の別れとか大げさすぎでしょ…好きなだけ会って良いから。むしろ帰ってこなくていいんだよ」


「私はこちらに骨を埋める覚悟をしておりますので」


「…とりあえず、こっちの中学校に通ってもらう。北条の当主にも会って全部丸投げする。これは決定事項だから」


「畏まりました」


「あと魔央様って呼ぶの止めてくれる?一緒に暮らす事にる人に家の中までそんな呼び方されるのもな。後なるべく砕けた感じで話すように頑張ってね」


「分かりました。では何とお呼びすればいいでしょうか。御主人様?旦那様?」


「旦那様はダメだよ!まだ紗夜ちゃんには5年くらい早いかな!!」


 なんだその妙に現実的な年数は。


「ご主人様も駄目。退廃的な匂いがする」


  …この子の思考はピンク一色だな。


「無難に万さんか魔央さんでいいんじゃないですか?」


 さすがはレナちゃん!このポンコツ二人と違って実に素晴らしい常識的な案だ。


「レナ様、さすがにそのような気安い呼び方でお呼びする事は出来ません。それでは主様ではどうでしょうか?」


 うーむ。人によって呼び名というのは大事だからな。俺の場合、前世と今世で名前が二つある上に、今世の名前は大嫌いだから呼ばれたくないし、今世で生きてるわけだから前世の名前を名乗るつもりもないし、万魔央なんて適当な名前を公にしてるから呼び名に拘りなんてそこまでないんだよな。


「さん付けで良いんだけど…」


 しょんぼりする紗夜ちゃん。名前を呼ばれる度にそんな顔されたらこっちが悪い事してる気になるんだけど。



「紗夜ちゃんがどうしてもっていうなら主様でいいよもう。ご主人様より何ぼかマシだし」


「はい。それではこれより主様と…そう呼ばせて頂きます」


 紗夜ちゃんは、両手で大切なものを包み込むようにして胸にそっと押し当て、そう囁いた。


「私は今日からご主人様と呼ぶ」


「なら私はマスターでしょうか?」


 君たちはれーくんでいいから。

「とりあえずこんな所かな?問題があったらその都度修正していく感じで。じゃ、俺は面談のセッティングしてくるから」


「はーい!今日は紗夜ちゃんの歓迎会だね!早速みんなで買い物に行こっか!!」


「あ、そういや紗夜ちゃん、ちょっと気になったんだけど」


「なんでしょうか、主様」


「あの段ボールに入った猫耳メイドコスって、あれ紗夜ちゃんが考えたの?あと犬耳カチューシャとか」


「私が主様と穏便に話し合いをする方法を、北条で私のお世話をしてくれていた者に相談したのです。その者がやり方と服装もろもろ用意してくれました。成功するかどうか私も不安でしたが…感謝しなければいけませんね」


 諸悪の根源はそいつか!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 紗夜ちゃんの歓迎会をするんだと、食材もろもろを買いに街へと繰り出した4人を見送った後、俺は自室に戻った。北条の当主との面談をセッティングする為である。

小雪ちゃんに頼めば二つ返事でやってくれるだろうけど、この件は完全な私用だからな。となると…やっぱ探恊くらいしか当てがないな。どこに電話すればいいんだ?関東支部か?いや本部だな。

『はい、こちらは日本探索者協会本部です』


『すいません、ちょっとお聞きしたいんですけど、今会長さんはお手隙でしょうか』


『会長ですか?それは日本探索者協会会長の柳生のことでしょうか?』


『ああ、そうですそうです。確かそんな名前だったはずです。ちょっと相談したい事がありまして。出来るなら代わって欲しいんですけど』


『…申し訳ありませんが、柳生は現在会議中でして、この後の予定も立て込んでおります。ご用件があるならこちらで伺い、後日伝えておきますが?』


『そうなんですか…じゃあお願いしても良いですか?ちょっと急ぎの要件なので、お手数ですけど手が空き次第、万魔央まで連絡して下さいって伝えて下さい』


『はい、万魔央様ですね…万魔央様!?失礼ですが…あの万魔央様でございましょうか?』


『どの万魔央かは知りませんけど、万魔の後継者をやってる万魔央です』


『たた大変失礼いたしました!今すぐお繋ぎしますので、少々お待ち下さいませ!』

『もしもし、万君ですか?お待たせしました、柳生です』


『わざわざ会議中なのにすいません。この後も予定が立て込んでるそうですし、大丈夫な時間を教えてくれたらまた掛け直しますけど』


『問題ありませんよ。君の要件より重要な案件などそうそうありませんから』


『そうですか…なんかすいませんね。それで僕の要件なんですけど。大した要件じゃないんですけどね、なるべく早く北条の当主と会って話がしたいんですけど、話つけて貰う事って出来ますか?』


『……それはやはり、決闘の誓約書の件でしょうか?確かにあの内容では北条を禁忌領域に縛り付けるには効果が薄いとは思いますが…』


『ああいえ、もう北条に対して遺恨とかないので。向こうが何かしでかさない限り、こちらからどうこうする事はないです。ただちょっと家出娘の件で早急に会って話したい事があるので、なるべく都合をつけて早くこっちに来るよう伝えて欲しいんですよね』


『家出娘…ですか?それは…いや、詮索するつもりはありませんので』


『別に構いませんよ。極々私的な事ですし、これで北条や探恊がどうこうなるって話ではないので。ただこちらから北条領に出向くと色々面倒そうなので、出来ればですけど探恊で話し合いたいんですよね』


『なるほど。確かに我々探索者協会は今回の件で中立の立場を取っていましたし、話し合いの場を提供して、両者を取り持つのは最適ではありますね』


『そういうわけで、お願いできませんかね?時間は何時でも構いません。でもなるべく早くお願いしたいです』


『そういう事でしたら、承りましょう』


『有難うございます。それでは北条の当主との面談のセッティング、よろしくお願いします。あ、場所は関東の探恊第三支部でお願いしていいですか?』

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