閑話 禁忌領域関東守護、北条家 弐

 北条当主の居城である鎌倉城、謁見の間。今この場にいる者は、先ほどまで行われていた会議の余韻に浸っていた。


北条家当主、北条泰隆ほうじょうやすたか

北条家当主の正室、北条康子ほうじょうやすこ

北条家当主の弟、北条成孝ほうじょうなりたか

大道寺家当主、大道寺満臣だいどうじみつおみ

真田家当主、真田鵬厳さなだほうげん

名越家元当主、名越光政なごしみつまさ

常盤家元当主、常盤兼成ときわかねなり

清水家元当主、清水寺文しみずじもん

遠山家元当主、遠山銀次郎とおやまぎんじろう

北条家当主の長男、北条泰正ほうじょうやすまさ

大道寺家当主の長男、大道寺満だいどうじみつる

関東探学教員、真田真子さなだまこ


 以上12名、万魔央との決闘に挑む北条勢力である。


 つい先ほどまで、この場では喧々囂々の討論が交わされていた。何についてかは言うまでもない。昨日行われた万魔央の会見についてだ。万魔央は北条も好きにすればいいと言っていたが、何の脈絡もなく、いきなり北条の禁忌領域に対する姿勢を表明したら、世間は訝しむだろう。それこそ何かやましい事があると認めたようなものだ。


 我らは何も間違ったことはしていない。難癖をつけ、些事をここまで大きくしたのは万魔央であり、我々は泰然自若とした態度でいればいいのだ。これまで恙なく領域守護の任を全うし、それはこれからも変わらない。万魔央が何を言おうが、非難されるのはあちらだろう。我らには実績がある。あちらには何もない。これが北条の主だった者たちの意見である。


 だが実際はどうだ。万魔央の会見、あれで全てが変わってしまった。先手を打てない以上は相手の出方を待つしかない。しかしあれほどまで我らを悪し様に、他禁忌領域すら巻き込んだ発言をするとは思わなかった。あの場での発言は、自分の権力を見せつけ、立場を盤石する為のはったり。実際は我らに対する苦言を呈し、公式に謝罪するよう求める程度で収まるだろうと高を括っていた。北条が万魔の後継者、万魔央に対して一歩下がり、頭を垂れる事を世間に見せつける事で、自らの立場がどれほど偉いかをアピールする為に。


 ところがどうだ。出てきたのは北条に対する非難と罵倒、加えて禁忌領域を解放出来ない領域守護全てに対する背信行為の糾弾。反論する者はその場にただ一人としておらず、横に居た万魔も口出しすらしない。あの場での発言は、万魔が認めた事実として、日本全土に周知されたのだ。当然北条の姿勢は表明する。だが、それを真に受け止める人々が一体どれだけいるのか…


 性質が悪いのは、万魔央が言ったことを否定する材料がない事だ。禁忌領域の守護に関して手を抜いた事など一度としてない。他の領域守護もそうであろう。だがそれを証明する手段がない。どうやって手を抜いてない事を証明すればいいのか。それも探索者でない多数の人々を相手にである。帳簿を見せればいいのか?誤魔化していると言われればそれで終いだ。贅沢などしていないというのか。この謁見の間を、鎌倉城を見て誰がそう思う?女色になど耽っていないと否定するか。一夫多妻が認められている領域守護職が?何を言い繕おうと、一度疑われてしまった以上、身の潔白を証明するのは至難の業だ。


 我らの武をもってしても、禁忌領域の解放は至難なのだと伝えねばならない。納得してもらわねばならない。だからこその決闘。受ける以外の選択肢はない。受けねば卑怯者の誹りは免れず、負ければ我らを支え続ける為に危険と知りながらも北条領にて暮らす事を選んだ無辜の民達まで巻き込む事になる。決してあってはならない事だ。


 先ほどまでは万の悪鬼、魔王などと声高に罵り、目にもの見せると皆息巻いていた。誰も彼も我こそが万魔央を完膚なきまでに叩き潰し、万魔ともども先祖の墓の前で謝罪させてやると決闘に名乗りを上げた。


 誰もが参加を表明する中で、紆余曲折を経ての人選となった。勝利を疑わぬ者ばかりであったが、敗北した際のリスクを全く考慮しないのはただの愚か者だ。結果、当主ではなく後進に後を譲った者達を中心に選ばれた。とはいえいずれも長年に渡り禁忌領域でその力を振るい、生き残った猛者達であり、その力を疑う者は誰もいない。


 未だかつて、これほどまでに団結した事などなかった程に我らの想いは一つとなっている。元凶である万魔央を倒し、世間が我らのいう事こそが正しいと思い直し、我らの誇りが取り戻されると信じている。それも全ては決闘に勝てば、だが。負けるはずがない。それは分かっている。


 だが、どうしても考えてしまう。負けたらどうなる?万の出した条件。300年、禁忌領域の守護を奴隷のように子々孫々続けろなどと、出来るわけがない。ただでさえ命がけなのだ。信念がなければ領域守護など務まらない。信念無き子に、孫にそれを強いろと?北条領に住まう皆に、死ぬために産めと、産まれろと、子に、孫に告げろと言うのか…?万魔央。名前にたがわぬ鬼畜生よ。この世全ての悪徳を集めた存在、万の魔王め。


 この決闘には日本の未来全てが掛かっている。我らが負ければ、全ての領域守護職が疑われ、同じ道を辿るだろう。誇りは消え去り、守護領に産まれた事の怨嗟と嘆きで埋め尽くされる。300年、いやそれ以上の時を掛けて築き上げたものが、5年ともたずに潰えるだろう。勝たねばならぬ。そも1対12、こちらが勝って当然なのだ。


「なんとも偉い事になってしまいましたのう」


 沈黙を破り、口を開いたのは名越光政。大道寺と共に北条を支える双璧である。


「ふん、万魔の小倅がどれだけ調子の良い事を言った所で、我らに敵うわけもあるまい。今頃は自分の吐いた言葉に怯えて震えて縮こまっているだろうよ」


「然り、我らが詫びを入れるのを、手薬煉てくずね引いて待っておるでしょうな」


 大道寺満臣と真田鵬厳が万魔央を扱き下ろす。


「しかしあれだけの大言壮語、はったりだけで言えるとは思えませんな」


「光政殿、よもや怖気ついてはおるまいな?万魔の後継者と言われた所でまだ15かそこらの小童よ。大方、我らがこぞって平身低頭詫びを入れにくると思って大口をたたいているだけの事」


「そう、まさにそれよ。我らが勝ったら好きに望みを言えばいいなどとふざけた事を。ふかしもあそこまで行けば大したものよ」


「まあ、あれこれと望みすぎれば万魔の鎖から外れた万生教どもが牙を向くだろう。天獄郷の一部の利権と、ふん、小童が大切にしているとかいう幼馴染を貰うくらいで手打ちにしてやるか」


「それはいい。満殿が何やらご執心の様ですしな。ほほ、万の餓鬼の悔しがる姿が目に浮かびますな」


 取らぬ狸の皮算用。すでに決闘は北条が勝ち、何を得るかの話に夢中になっている者達を冷ややかに見つめる視線が一つ。


「皆様方、何やらもう勝った気でいるようですが、相手は万魔の後継者ですぞ?あまり侮らない方がよろしいかと」


「ははは、何を言われますか成孝様。息子に家督を譲ったとはいえ、我らはまだ現役、衰えてなどおりませぬ。此度の決闘、万魔央一人に対し、我ら北条最精鋭8人が加勢するのです。何を心配することがありましょうか」


「ですが、相手がどの程度か知る事も確かに必要な事。誰か万魔央に関して知っておられる人はおありか?」


「この場にいる者で万魔央と会ったことがあるのは、息子の泰正と満、そしてそこの教員のみだ」


 この場にいる全員の視線が3人に集中する。


「…私が知る限りにおいては、学校の教室を一つ、一瞬で粉々にするだけの力量があるとしか」


「ほう、それは中々。で、どんな方法で粉々にしたのですかな?」


「それは…私が気付いた時にはすでに粉々になっておりまして…」


「ふぅ…満。それでは何も分かっておらぬと同義ではないか!いたずらに不安を掻き立てるだけの情報など語る価値もない!!…大道寺の面汚しが!!」


「!!申し訳ありません、父上」


「満臣殿、そう責めるでない。教室一つを粉々にする、上級魔法相当は使えると分かったのだ。良くて王級の1つか2つ。そう見ておけば問題なかろう。歳を考えれば見事と言うほかないの。それで調子に乗ったとなれば、それこそ万魔の教育こそお里が知れるのぉ」


「大方、万生教の連中にちやほやされて鼻が富士の山程伸びてしまったのだろうよ。折ってやるのも我ら先達の務めよ」


「泰正、お前はどう見た?」


「は……」


「どうした、お前も直接万魔央と対面したのだろう?お前はどう感じた?率直な意見を述べよ」


「…は、万魔央の実力は……少なくとも当主様と同等かと思われます」


「はっはっは!それは愉快。15の小童が我ら北条の崇める当主様と同等?泰正様は冗談がお好きであられるな」


「まったく、万魔央の口撃で動揺されましたか?泰正様もまだお若い故仕方ないことかもしれませんが」


「泰正、お前がそういう根拠はあるのか?」


「は…いえ、はい…」


「何を言っても咎めはせぬ」


「は…当主様と万魔央の電話会談のおり、私が口を挟んだ時の事を覚えておられるでしょうか」


「…覚えている」


「あの時、万魔央が大言壮語を吐いた時、証拠として見せられました…一級の…光魔石を」


「なんと!?一級の光魔石は一つたりとも外に出しておらぬはず!」


「誰かが密かに横流しでもしたか?」


「いや、見間違いではないのか。我ら北条にそのような事をする者がいるはずがない」


「私が見る限り、本物でございました」


「ふむ…そうなるとどこで手に入れたかが問題になりますな」


「それが…私も万に言ったのです。万魔の伝手を使ってどうやって手に入れたと。すると奴は…次々と光の魔石を取り出し…その数、優に10個以上を…全て一級相当の光魔石でした」


「馬鹿な…ありえん…」


「一級の光魔石を10個以上だと?我ら北条でさえ滅多に手に入らぬ物を…」


「万はそれを一人で集めたと言っておりました。真偽のほどはわかりませんが」


「なるほど…あれだけの大口を叩くだけの根拠はあるという事か。この中に居るか?齢15で、一人で一級の光魔石を手に入れた者が」


 誰もが口を閉じた。それもそのはず。一級の光魔石など、真皇の近衛を務めるような、精強な真皇兵を倒さねば手に入らないのだ。滅多に遭遇せず、遭遇したとしてもそれを討伐出来る戦力でない事も多い。それほどまでに希少な物を、10個。おそらく万魔が何かしら手を貸したのだろうが…それでも看過できるものではない。


「泰正がこの場にて嘘をつくとも思えん。万魔央は私より格上である。皆もそう思え。そう考え決死で事に当たれ。我ら北条に敗北はない!我らが祖先が築き上げてきた誇りを!これから生まれてくる北条の愛し子達の未来を!汚された禁忌領域守護の名誉を!この決闘により全てを取り戻す!!決して侮るな。見縊るな!万魔央を、真皇と同等の脅威と思え!!そして示すのだ。我ら北条こそが、北条のみが、真皇兵原羅将門から日本を守護する存在であると!!」


「「「応っっ!!!」」」


 相手にとって不足なし。万魔の後継者よ、万の魔王よ。我ら北条の真価、望み通りその身で味わうが良い。

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