欲求を満たしたいJKのぶらり気まぐれ旅日記

駄ウサギの焼肉。

第1話

 頭上に広がる星空が、山稜から顔を出した明け色に塗りつぶされていく。もう半分ほどを朝に占拠された暗闇を背に、車通りも僅かな国道をひとり、駆け抜けていく。

 朝露に濡れた路面をタイヤで噛みしめる感覚。未だ冷たさを残した空気が肌を撫で、ウェアの表面を通り過ぎる。決して寒いわけではない。むしろ火照った身体を冷ましてくれるこの感覚が私は特に好きだった。春先の今どころかそれこそ真冬の凍えるような気温の中でさえ毎日のように自転車を出す程度には。


「4時40分……ギリ間に合うかな」


 確か今日の夜明けは5時過ぎ。目的地である岬まではもう少しだけかかる微妙な距離だが、ここからは下り坂なことを考えればぎりぎりといったところか。少し視線を上げると、遠目に霞む水平線がもう大分赤らんでいる。本当に、この時間の空の色は移り変わるのが早い。こういった風景を独り占めできる瞬間は、私にとって一年の中でも最高に贅沢な時間と言って過言ではない。

 踏み込む足を強めて、重心をさらに前に倒す。耳に感じる風切り音が大きくなるのを楽しみながらしばらく漕いでいると、いつの間にか右手に広がる防風林が切れて、感じる潮の香りがぶわっと強くなった。切り立った崖沿いの道を一気に下り、海岸線を辿りながらぐっと速度を上げる。吹きあがる海風が車体を煽って抜けていき、ぐらついたハンドルを修正すること数回。僅かに車通りが増え始めた道はどこまでも真っすぐで、これ以上ない快感を与えてくれる。


「……よし、着いた」

 

 徐々に足を緩めてギアを落とす。なだらかになった傾斜に余韻を引きずりながら目的の岬の駐車場へ入ると、既に数台の車やバイクが停まっていた。見えるナンバーには遠く離れた地域のナンバーもあり、そんなところからでさえ人が訪れる景観スポットに地元民ながら少しばかりの誇らしさ。軽く会釈をして前を通り過ぎれば、ヘルメットを外して談笑する数人が手を挙げて挨拶をしてくれる。カメラを構えていたり、テーブルにミニコンロを置いてコーヒーを淹れていたり、思い思いに朝を楽しみながら日の出の瞬間を待っている。そして私もこれからその中に加わるのだ。……おーい、そこのいかにも寝起きの顔した人ー、もうすぐですよー。なんて。口には出さないけど。

 この垣根の低いコミュニティが本当に心地いいと思う、なんという清々しさだろうか。これだから出かけるのをやめられなくなるのだ。


「んーー……いい朝だぁ」


 空いているベンチに座り、顔を出し始めた朝日を眺める。空と、そして眼下に広がる海一面が橙と金色に染められていく、それだけでここまで来てよかったと思わされる景色。私のよく行く場所の中では一番手軽でちょうどいいからよく来ているが、その度にこの圧倒的な美麗さには言葉を失わせられる。

 本格的に日が昇り始め、一番いい瞬間を見終わったのを確認すると喉元までしっかり上げていたファスナーを下ろす。首筋の熱がふっと逃げて、代わりに雪崩れ込んだ冷たい空気に軽く身を震わせる。ブレーカーを着るべきだろうか。でも、これからまた学校があることを考えればあと30分もしないうちに出発しなければならないし、そうすればまた汗をかくのだから……うぅむ。


「こーら、なに寒そうな格好してんの」

「ひゃあ! ……うわっ、美岬先輩」


 いきなり項に熱いなにかが当てられる感触。思わず背筋が伸びる。誰かと思って振り向いてみれば、無体を働いたのは美岬円、私が通う高校に去年まで通っていた二つ上の先輩だった。肩口で切り揃えた綺麗な黒髪を揺らしながら見下ろしてくる女だてらに下手なイケメンよりかっこいい姿。立ち居振る舞いすべてが凛としていてファンも多いのだが、それ以上に身内に対して悪戯をよくしてくる大変に困った人だ。


「今うわっつったかお前」

「言ってないです、きっとおそらく」

「誤魔化し下手か。もー、せっかく可愛い後輩見かけたと思ったらこれだよ」


 全く何とも思ってもいなさそうな顔で傷ついちゃったわー、なんて言われても当然説得力は皆無である。そう思うならまずその半笑いをやめてくれ、せっかくの清々しく穏やかな朝が台無しになってしまうではないか。

 ごく自然に隣を陣取った先輩は私の恨みがましい視線を缶コーヒーひとつで封じ込めようとする。絆されてしまう私も私だが、これも先輩の魅力によるものだろうか。美人は得だなあ。


「いやー、いいわねぇこういうの。学校なんか行かないでここに住みたいわ」

「……ここから大学、めっちゃ遠くないです?」

「そりゃああれ、私にゃバイク様があるし。一時間もかからんでしょ」

「お願いですから速度違反だけは踏まないでくださいね」


 やんないわよー、とのんきに笑っているが一般的な人種はバイクで一時間もかけて通学するのは面倒のうちに入るのだということを知らないのだろうか。だってなんだかんだで50㎞以上は離れているんだぞ。自転車に乗っている自分も大概だが、このひともやはりどこかずれているのを実感する。

 ……というより、私が所属する旅行同好会自体が変人の集まりだ。当然そこのOG様も完全なるご同類、なんならここ数年のメンバーの中ではとびきりぶっとんだレベルであることを追記しておく。終業のチャイムと同時に突発的に300㎞走らせて宿泊して次の日に朝帰りして授業を受けるなんてどう考えても常人の所業ではない。


「そんなこと言ってるあんたも日中なんもない日ならどうせ好き勝手走らせてるでしょうに」

「そりゃそうですよ。暇なときに私が走らなかったらもうそれは私じゃないですし」

「ほら見たことか。似た者同士なのよ、きっとね」


 つい先週の話だ。たまたま校内の科学部が爆発騒動をやらかしたとかで翌日の昼過ぎまで臨時休校になった日があったのだが、5限の最中にそんな知らせを受けた私は当然帰宅するなりナイトライドに繰り出した。隣の県にある朝限定のフレンチトーストセットが食べたかったのだ。そうして現場についてみればあら不思議、見覚えのあるバイクと見覚えのある後ろ姿があって顔を合わせるなり大爆笑。宿の領収書と土産を見せられてドン引きしながら同好会のグループチャットに写真をぶん投げればそれぞれ対抗するように朝食の写真を投げ合う始末。どうして全員別の県にいるんですかね……(震え声)。そんな感じで朝から盛り上がっていると先輩は先輩でお店にいた人たちと意気投合したらしく連絡先を交換していた。フットワークが軽いというかなんというか……。


「先輩ほど自由じゃないですけどね。結局あの時の店主さんと週末ツーリングしたんでしたっけ」

「そ、なんか仲良しさん10人くらい集まってね。みんなで北海道行ってきちゃった」

「どこの誰が定例会で駄弁ってたら突然北海道土産出されると思うんですかねぇ……」

「いいじゃない楽しいんだから。あんたももっとフランクにいきなさいよ……土日あったら遊ばないとね、まじで人生で一度はやってみるべきだと思うわあれ」

「ほらまたマウント取る」


 試される大地はそんな簡単に行ける場所じゃない。一度はとか言っておきながら何度でもやる気満々な瞳を見せつけられるとこちらまでやりたくなってしまうのだが、なんだかんだハードルは結構高いのだ。それでもこうやってモチベを上げてくるあたりずるい人だ。得意げな笑顔のままぐっと伸びをする先輩の猫のような気ままさは卒業していった今となっても私たちを飽きさせない。いつだって、誰よりも人生を謳歌している。いいなぁ……私も今度皆誘って土日遊びに行こうかな、それぞれ移動手段は別々だけれど目的地を決めて集まってみるのもいいかもしれない。早速今日の部活で提案してみよう。最悪月曜の朝に学校に着いてれば誰も咎めない。よし、完璧。


「お、なんか企んでるわね。また今度土産話聞かせてちょうだいよ」

「もちろんです、先輩こそなにかあったら報告楽しみにしてます」

「はいはいー。……さ、てと。私はそろそろお風呂でも行こうかしら」

「この辺お風呂ありましたっけ」


 ん、と親指で示されたのは海沿いに遥かに続く半島の先。私の想像が合っていれば国道に乗って海沿いをぐるっと回ったところにある朝早くからやっている銭湯のことを指しているのだろう。一瞬私も行こうかと思ったのだが、ここからだとざっと……いや、どれだけ少なく見積もっても往復で3時間はかかる。そこだけを目的地にしているならまだしも今から行ったら完全に遅刻だ。楽し気に「来るでしょ?」と問いかけてくる先輩には悪いが、シンプルに遠いわ。


「はぁー、いいなぁ。私の脚じゃ今からは無理ですね」

「諦めんなよ! ……なんてね。じゃあまた次の機会ねぇ」


 なぜそこで修造。


「ほんじゃ、また来週ね。多分週末近くに顔出しに行くわ」

「はいはい、一同揃って楽しみに待っておりまーす」


 頭を下げると先輩はひらひらと手を振って去っていった。同性ながらかっこいい姿だ。大学でもああやっていろいろな人を惹き付けてるんだろうな……。我が高校にあったような”美岬円ファンクラブ”なるものが結成されていないことを切に祈る。在学時の彼らの様子といえば、なんと言えばいいのだろう……狂信者? アイドルの厄介ファン? 少なくともお近づきになりたくないのだけは確かな連中だったのを覚えている。一緒に出掛けただけでガン付けられるの、一年の時の私はよく耐えてたな。


「ふぅー、嫌だ嫌だ、変なこと思い出しちゃった。……帰るか」


 なんだかんだ到着してから30分ほど経過していたが、もらったコーヒーのおかげでそれなりに体はあったまったままを維持していた。これならさほどこの後の体調を心配せずともいいだろう、ありがたい限りだ。あとは学校に着いてから適当にシャワーでも借りればいいだろう。うちの高校は頭のねじが成層圏までかっとんだバカが多いせいで泊まり込みを強いられる教師が多く(この場合のバカとは学業的な意味ではなく倫理道徳常識的なそれである)、いつしか校長が理事会に押し通して使用自由の宿泊棟なんてものを建築してしまったほどなのだ。それに慣れ親しんだ私達もどうかとは思うのだが、生徒も教師も恩恵に与りまくっている以上何も文句は言えない。とりあえず顔を合わせるたびに頭は下げておく。まあそれはさておきこれから学校に直行すれば始業まで1時間弱はあるはず、シャワーを浴びて学食でなにか摘まめばちょうどいい時間帯のはずだ。ちょっと飛ばしめで帰ることにしよう。


「……ん?」


 軽くスケジュールを組み立てつつふわついた気分のまま愛車の下に戻ると、ロードバイクの前に座り込んでなにか熱心に眺めている謎の人影を発見。すわ物盗りかとも思ったが良く考えればサドルバッグには特に貴重品なんかは入れていないし、他についているものといえばちょっとした工具やら消耗品の替え程度だ。それに、自分で言うのもなんだが私の愛車はそんなに大したグレードのものではない。いやもちろん悪くはないのだ、ちゃんと手入れは欠かしていないし定期的にパーツの更新だってしている。それでも上を見ればキリがない業界の中では(実際に自転車業界はいいパーツを求めれば予算が青天井である)あくまでそこそこ程度でそこまで大した額にはなるまい。これでパクられたら私は微妙な気分で泣きながら犯人を蹴り続けることだろう。

 と言っても、近付くに連れてその心配は無いことに気がついた。件の人物......小柄な、まるで童女とすら見紛う体躯の少女は車体に一切手を触れず、ただただひたすらに熱心に見つめるだけだったのだから。


「……どしたの、なにか用かな」

「ふぇびゃあ!?」


 声をかけると少女は思いっきり飛び上がって奇声を発した。特に咎めるつもりはなかったのだが思っていたより硬い声音になってしまったようだ。少女はものすごい勢いでこちらに向き直るとわたわたと手を振りながら違うんです、とか別に何かしようと思ったわけでは、と必死になって弁明しようとしている。可哀想に顔が真っ赤になってしまっている。あまりに切羽詰まった様子にちょっとだけ毒気が抜けた。


「……ぷっ」

「!?」


 思わず噴き出すとショックを受けた様子で固まる少女。大げさなくらい全身で感情を表している様子が大変面白い。悪い子ではないのだろう、というのは今のやり取りだけで十分以上に伝わってきた。とてもじゃないけどこういう子にいたずらなんてできようはずもない。だって、挙動から一切の邪気を感じ取ることができないのだ。アホみたいな高校で磨かれた私の勘に引っかからないのだから間違いない。


「あー、ごめんね。大丈夫、君がなにかしようとしてたわけじゃないのは伝わったよ」

「え、えと、それならよいのですが……こちらこそ誤解させてしまってごめんなさいです」


 はふぅ、と胸をなでおろすと改めて頭を下げてくれる。過分に疑ってしまったこちらが悪いのだからそこまで気にすることはない、と伝えるとようやく彼女は落ち着いてくれたようだった。それにしてもいちいち動きが小動物じみて可愛らしい少女だと思う。じっと見つめているとこてん、と首をかしげるところなんて特に。庇護欲をそそる、というのだろうか。多分150㎝くらいで、見た感じ中学生くらいの本当に小柄な体躯。ふわふわの栗色の髪を風になびかせてこちらを見上げてくる姿はとても愛らしい。てか容姿整いすぎじゃないか、ちょっとしたアイドルでもやっていけそうな顔立ちだと思うのだけれど。今どきの子はすごい……。


「なんだか新たな誤解を受けているような気がします……?」


 困ったような眼差し。普段から見知らぬ人の輪に踏み込んでいるくせに、肝心なところで対人スキルに羽が生えて飛んで行ってしまって言葉がうまく出てこない。せっかく私の自転車に興味を持ってくれたのに、このままでは心苦しいものがある。なんだかこの子には惹かれるものがあるのでどうにかこうにか楽しめるような対応をしてあげたいのだが……残念ながら今の私の頭の中は真っ白である。どうにも先ほどの美しい朝焼けに脳内まで焼き払われてしまったらしい。

 ……となれば、仕方ない。ついさっきまで話していた美岬先輩直伝のお話し術を試してみるべきか。子供でも使える簡単なテクニックだと言っていたのでたぶん間違いはないだろう。


「(まずは目線を合わせて、優しい声音で……)」

「えっと……」

「自転車、気になる?」

「……は、はい!」


 合っていたようだ。コミュニケーション成功である。やっぱあの先輩は偉大だ。今度会ったらお礼を言っておこう。心の片隅から飛んでくる雑魚煽りは聞かなかったことにする。

 それにしても、この年代から興味を持ってくれるとは将来有望にも程がある。今のご時世、ロードバイクに乗る人間というのはかなり貴重である。ハードルが高いというのもあるが、そもそも関心を惹かないという例も非常に多いのだ。だというのにこうも近寄ってきてくれるとは、いずれこの子も自分だけの車体を携えて私たちのように走りに出てくれることを夢見てもいいのだろうか。今の出会いを覚えていて、いずれどこかで巡り合って一緒にグループライドするとか、そんな希望を持ってもいいのだろうか。柄にもなくテンションが上がってしまう。それもこんなにかわいい女の子だなんて。


「お、お姉さん……?」

「……うん、ごめんね。そうだね……よければ乗ってみる?」

「よいのですか!?」


 せっかくの新人さん候補のためだ。すこしでも体験の機会はあった方がいい。サイクルラックから愛車を下ろすと、手を貸して跨るのを手助けする。おっかなびっくり、といった様子が初々しい。まるで借りてきた猫のような様子。口元が緩むのを抑えながら体を支えてやる。やはり私仕様の車体では少女には大きすぎたようだが……乗れる範囲内ではある。


「わ、わわ……っ」

「大丈夫。支えてるから、ゆっくりペダルを回してみて」

「はいっ……!」


 一回転、二回転。恐る恐る足に力を入れていく緊張した顔が、車輪が回るたびに晴れ渡っていくのがわかる。きらきらと瞳を輝かせ、次第にハンドルさえも操り始めれば、傍目にもわかるほどその心は魅力に取りつかれたようだった。ぐっ、ぐっと加速して、風に髪を靡かせる。朝日を浴びて、本当に楽しそうに駐車場内を駆けまわる少女。我ながららしくないと思いながら行ったお節介の割にはいいものを見れたと思う。くるくると円を描いて走る様子から目が離せない、見ているこちらの胸まで高鳴ってしまう。


「止まるときは一気にじゃなく、少しづつブレーキを引いてね」


 満足したのか速度を落とし始めたところに声をかければいい返事と共に早速実践してくれる。多分初めてのわりに危なげなく停止する姿はその能力の高さを伺わせた。姿勢も綺麗だったし、余計な力も抜けていてバランス感覚もいい。自分が始めたての頃は何度も落車し、擦り傷や青あざだらけになっていたことを思い出せばなおさらのことだ。きっと、一緒に並べたら安心感もあるだろうし、どこまでも遊べるとても楽しいライドができることだろう。生まれて初めてだった、きっとこの子とならどこまでも一緒に走れるんじゃないか、という感覚は。なんなら、チームを組んで一緒に大会にも出られるかもしれない。そう考えるとその時が待ち遠しくてしょうがない。

……それも、この子が自転車に乗ることを選んでくれれば、という前提はあるのだけれど。


「お姉さん、とっても楽しかったです! ありがとうございました!」

「いえいえ、このくらいでよければ別に。……ね、もしまた乗りたくなったらここに来て」

「へ?」

「適当な車体、用意しておくから」


 耐えきれず、財布の中に適当に突っ込んでいた旅行同好会の名刺を渡す。鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった少女の頭をぽんと撫でる。まさか初対面の少女にここまで入れ込むとは思っていなかったが、これだけ心を動かしてくれたのだ。もうなにか、そういう運命とかだったのだと思うことにしよう。このせっかく興味を持ってくれた将来有望な新人さんを盛大に歓迎せねば私の気が済まない。やがてウチに進学してくれればもう私は満面の笑みで迎え入れることだろう。……多分、他のメンバーには天変地異だとか槍が降るとか騒がれるのだろうけれど。いいのだ、この少女の放つ光に、私は惹かれてしまった。


「えと、あの……お姉さん、涼ヶ丘高校の生徒さんです?」

「あ、うん。二年の星野。星野澪。名前出してくれたら誰かしら案内してくれると思う」

「……えっと」


 もにょもにょと口ごもる様子。何だろうと首を傾げたのも一瞬、少女は意を決したように懐から一枚の手帳を差し出した。革製のカバーに押し印された見覚えしかない校章に聞き覚えしかない学校名。冷や汗がだらだらと背筋を伝うのを感じる。


「ッスゥゥゥ……えと、はい」

「自己紹介が遅れてごめんなさい、私今日から2年3組に編入する里崎結愛といいますっ」

「……クラスメイトだったかぁ……」


 勢いよく頭を下げた少女。つまり、先ほどから己は同い年の女子相手に小さな子扱いを繰り返しなんなら粉をかけていたということになる。不審者は自分だった。神よ、どうか我を裁きたまえ。途轍もない勢いで自己嫌悪しつつ非礼を詫びると、彼女は苦笑いしつつ水に流してくれた。見た目のせいで間違われることには慣れている、とのことだが……それにしても失礼千万とはこのことだ。改めて私も頭を下げる。知らなかったこととはいえ、仲良くなりたいと思った相手に対してこんなにもマイナスから始まる出会いがあってたまるか。


「あはは……いいのですよ、本当に気にしなくて。私も年上だと思っておりましたし……」

「や、でもそういうわけには……」

「うぅん……あ、そうだ。それなら一個だけお願いきいてもらってもいいですか?」


 手のひらを合わせて首をかしげる。いかにもあざとい仕草だが、彼女のちんまりしたかわいらしさにはよく合致していると、そう思った。まるで処刑宣告でも待つような気分で言葉を待つ。やけに心臓の音が大きく響く。否定的な想像ばかりが浮かんでは消えていき、脳髄が冷えるような心地を感じていた。たっぷり5秒ほどもかけてなんとか頷くと、よかった、と花が開くような笑みを浮かべる。


「あのね。澪ちゃんって、呼んでもいいですか? それから、私のこと、結愛って呼んでほしいのです」

「……へ? いい、の……?」


 こくんと頷く。まるで想像もしていなかったお願いに若干の拍子抜け。少女は……結愛は、自分との縁が続くことを望んでくれているのだと、遅れて脳が追い付いた。続けてその小さな唇が紡いだのはこの場所でのお友達が欲しいということ。その第一号に自分が望まれた、ということ。

 ……一も二もなく肯定した。それは自分にとって大変喜ばしいことだったし、あのバカ共に常識を破壊される前に防壁になれるという小さな責任感のようなものも多少混ざっていた。少なくとも今まで転校生が来たときは基本的に毎回花火が上がっていたり体育館を貸し切って突然歓迎ライブを始めたり突如グラウンドに現れた建造物に拉致して歓迎式典が開かれたりなどする学校なので。当然校則も法律もぶっちぎっている。


「……よろしく、結愛ちゃん。私が、守るからね……!」

「れ、澪ちゃん……!?」


 奴らの魔の手から守護らねばならぬ。強く決意して、結愛の手をぎゅっと握りしめる。突然のことにあたふたする少女を前に、金色の朝日の中で私はそっと決意を固めた。

 後に一部始終を聞いて「お前それ単に一目惚れしたんじゃねーの」と突っ込まれることを私はまだ知らない。思い返して実はそれが図星だったことに遅れて気づいて結愛に慰められることも当然まだ知らない。

 両親と合流して手を振る彼女と別れ、高校への道を走りながらこれからの生活に思いを馳せる。どこに行こうか、何を食べようか。今までだって割と楽しみにしていることはたくさん抱えながら過ごしてきたが、今日からはそこに“結愛と一緒に何をするか”も加わる。それが楽しくて楽しくてしょうがない。なにせ、去り際には


「澪ちゃんと自転車でおでかけするの、楽しみにしておりますので!」


とまで言ってくれたのだ。そりゃあ、張り切らないのは嘘だろう。とりあえず結愛用の車体を用意しなければならないが……幸いなことにウチの工学部は食器から車両まで自作するイカれた集団で、頼めば初心者用の車体は調達できそうである。当然ちゃんとしたのはいずれ買わねばならないだろうが……それは当分先でよさそうだ。メットやアイウェアも然り。

 そして被服部にウェアの作成依頼も飛ばしておく。きっと結愛自身の好きなデザインを取り入れながら素敵なウェアができあがるだろう。私自身今使っているのは被服部に頼んだものだったりするわけだし。


「楽しくなるなあ……!」


 学校に到着し、忙しなくスマホでやりとりしながら。もう間もなく訪れる新しい友達に待ち焦がれて。私の口元には確かに笑みが浮かんでいた。


「皆さん初めまして。今日からこのクラスでお世話になります、里崎結愛なのです―――――。」

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欲求を満たしたいJKのぶらり気まぐれ旅日記 駄ウサギの焼肉。 @Yakiniku0907

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