第25話
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
ディジャールは小さな工房の古びた扉をノックして言った。工房の天井には穴が開いており、そこから煙が立ち昇っている。周囲にも砂埃が舞い、工業物の鼻を突く臭いが充満していた。
返事はない。爆発の名残と思われるパラパラとした音が鳴るだけで、辺りは沈黙に沈んでいた。大通りから少し外れた場所であるからか、人通りも少ない。
「……あの爆発で死んでいるかも」
「縁起でもないことを言うな」
ひそかに呟いたディジャールの声は、ソリバに聞き逃されることはなかった。この雑音の中で聞こえるのか、と、ディジャールは感嘆しながら記憶する。ソリバの前では、迂闊な発言はできないらしい。
それを誤魔化すかのように、ディジャールはわざと楽しそうに笑って見せた。
「冗談だよ。人が爆死したらこんな匂いにはならないでしょ」
「……」
ブラックジョークが過ぎる、という言葉をソリバは飲み込んだ。今のディジャールに何を言っても、のらりくらりと躱されるだけである。溜息を一つ吐いて、踵を返す。
「どうやら留守のようだな。行くぞ」
「……だから、私は君の部下じゃないのだけど」
そう文句を言いながら、ディジャールもソリバの跡を追おうと足を踏み出した、その時である。
「あの、助けてください! 誰か!」
工房の中からくぐもった声がかかる。少年のような、トーンの高い響く声だった。それを耳にしたソリバの表情が変わる。
「子供……!」
彼はすぐさま工房の扉に手をかけ、手荒にこじ開ける。建付けが悪く、すんなりとは開かなかった。扉を開けた瞬間に、室内の茶色い煙が外に流れ出て、一気に視界が広がっていく。
工房の中は荒れ果てていた。重々しい機械が壁を圧迫し、鉄の鈍い色が室内に広がっている。中には壊れているようなものもあり、埃っぽい空気に混ざって、錆びた臭いを放っていた。
重機に圧迫された室内の中心に、天井から漏れた太陽の光が差し込む。その光から少しズレたところに、薄汚れたオーバーオールを身に着けた少年が横たわっていた。
「大丈夫か!」
ソリバの大きな声が室内に響き渡った。ゆっくりと扉を開いて入ってきたディジャールが耳を抑えてしかめ面をする。
少年の倒れている場所には小さな血だまりがあった。ソリバはすぐさま少年の元に駆け寄り、容体を確認しようとする。
少年は新緑色の髪をしていた。毛量の多い髪がもっさりと床に溜まり、その下からどんぐりのように少年の顔が出ている。目鼻立ちのまだ幼い、ほんのいくつかの子供のようだった。少年はソリバに気づくと、茶色の丸い目をぱちくりとさせて、不思議そうな顔をする。
「え、だ、誰?」
「俺は異国の者だ。それより、怪我は大丈夫なのか」
「あ、うん……大したことない、です……」
そう言って庇う小さな右足は、何かの黒い破片が刺さっていた。10㎝ほどの尖った破片である。それが少年の浅黒い肌を切り裂き、鮮血を垂れ流しているようだった。
「手当をしなければ。救急箱はどこだ?」
ソリバは口調を和らげるよう意識して話した。しかし、少年は曖昧な、緊張の残った表情をしている。
「んーと……た、確か、あっちの方にあったような気がします」
「なるほど。取ってくるからそこでジッとしていろ」
「は、はい」
ディジャールは遠目から二人の会話を聞いて苦笑した。子供相手でも、ソリバの衛兵らしさは変わらないらしい。命令語が癖になっており、圧迫感を無意識に出していた。
ふと、ディジャールは工房の棚に置いてある物体に気が付く。他の場所は粗雑で今にも壊れそうな物ばかりであるのに、そこだけは真新しく、丁重に使われているようだ。
その棚に陳列した物体を、ディジャールは手に取った。片手で収まるにも関わらず、それは妙に重々しい。手になじむようにできており、一度手に取っただけで、どのように握るべきなのかがよく分かった。
「それに触らないでください!」
少年がそう叫ぶ。ディジャールはゆっくりと振り返り、少年に向かってわざと笑って見せた。
「……これが、兵器ってヤツ?」
ディジャールの手に握られたそれは、小さな引き金が備わっていた。
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