第5話
「ふざけるな」
銀縁眼鏡の奥から鋭い視線を向けるその男……ソリバは、拮抗した刃をさらに力強く押し付ける。
左大臣の証である青い刺繍の服を身にまとったディジャールは、その様子に目を向けてにんまりと口角を上げた。ソリバは今にも歯ぎしりしそうな剣幕で唸るような声をあげる。
「何が目的だ……」
渾身の力を込めて、衛兵用の剣を押し込める。しかし、それを受け止めている短刀は、ピクリとも動かなかった。
「お前たちの居場所はここじゃない。地下牢獄のはずだ。どうして今更ここに来た」
「私の話、聞いていた?」
ディジャールは剣を軽く弾き、クルリと回ってソリバから距離をとった。
「私はね、この国の危機を救いにきたんだよ。この国をむしばむ、正体不明の流行り病からね」
長机の傍らで呆然としていた大臣たちがざわめいた。どうしてそれを、という言葉が聞こえてくる。
ソリバはディジャールを睨みつけ、数段上の玉座の方へ眼を向けた。国王は依然として黙って傍観しているだけであった。
「どうして、だって? あの城下を歩けば嫌でも分かるでしょうに。今日のこの集まりだって、それについて話していたのでしょう?」
「陛下、御命令を!」
ディジャールの言葉を無視するように、ソリバはわざとハッキリした声で言った。
「この両名は罪人です。このような者共の言葉に耳を貸してはなりません!」
皆が一斉に玉座の方へ眼を向けた。顎に黒い髭を蓄えたその男、バナ王は、頬杖をついて、眼下を見下ろしていた。
ふと、バナ王の視線が留まる。黒く、老いた、重たい視線である。それがぶつかったのは、玉座の間の傍らに立ったアフラムの視線であった。
表情は依然として不機嫌なままであるが、その鉄板を貫くかのような強い視線は、しっかりとバナ王の方へ向けられていた。
アフラムの両手が拳を作っている。強く握られたそれは小刻みに震え、その力を振るうのを抑えているように見えた。今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそうな、凶暴なそれである。
バナ王は黙っていた。
「まぁ、落ち着きなよ。一衛兵ごときが口をはさむんじゃない。ああ、今は隊長になったんだっけ? どうでもいいや。今は一刻も早くこの呪いから解放しなくては」
ディジャールはあくまで救済という形を保っていた。ソリバが怪訝そうに呟く。
「……呪い、だと」
その呟きに、ディジャールは満足そうな笑みを浮かべた。
「そう、呪い。この国は呪われている。病の正体は呪いだ。だから特効薬なんて存在しないし、君たちではどうしようもできない。君たちは魔法が使えないから」
「ど、どういうことなんだ」
大臣のうちの一人が震えて言った。
「結論から言うと、呪いをかけたのはイファニオンだ」
ディジャールは笑みを消して、真面目そうに口を開く。
大臣たちは皆、静かに耳を傾けていた。先ほどまで構えていた衛兵たちすらも、武器を収めて彼の話を聞こうという態度をとっている。
その様子に、ソリバは驚いた。このディジャールという男は、一瞬にしてこの場の空気を自分のものにしてしまったのだ。彼は内心、冷や汗を感じていた。
「同盟国、イファニオン。知っているでしょう? あそこはこの世界で唯一、魔法が使える国だ。あの国が、とうとう本性を現した。……」
ディジャールは一呼吸おいて言った。
「全部話してやるから、お座りなさいな」
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