悪役令嬢レディ メリセンの悩み

放課後デイズ

第1話

春の暖かな空気に包まれ、新緑が芽吹き始める季節。

大陸最大の国であるアースハイン王国では新年度を迎えた人々の旅立ちで賑わっていた。

人口約7000万を有するこの国では鉄鋼業や造船、農業から畜産まで幅広い産業が行われており、しかもそのどれをとっても一線級の価値があるのだ。

それ故に諸外国から働きに来る人々も多いのだ。

しかしこの国の本質はそこでは無い。

首都の一角。そこには宮殿と見間違わんばかりに荘厳なレンガ造りの建物があった。

王立セレンスティア学園。

この国最大にして大陸有数の高等学園だ。

生徒達の大半は貴族や豪商、果てには王族といったやんごとなき身分の人々だが、入学のための門戸は広く解放されており、学力さえあれば誰でも入ることができるため平民の子供たちもいる。

そんな学園のとある教室にて。

時刻は午後4時。

授業も終わり、放課後の和やかな雰囲気が流れている。

ある少年はこれからの日程について友と語り合い、ある少女は新しくできた下町のパン屋を紹介している。

そんな普段通りの日常。


ふと、喧騒が止んだ


椅子が引かれる音と共に、一人の女子生徒が立ち上がる。

それだけで感じる圧倒的な存在感。

自然と頭を垂れてしまう覇気。

黒くたなびく髪は夜闇の如き澄んだ漆黒で、凛とした出で立ちからはその者の育ちの良さを表している。

ふと覗いた瞳はサファイアを彷彿とさせる深い蒼色で、彼女の整った顔立ちと合わさればそれは1つの神性へと昇華される。

彼女の名前はメリセン・ヴァルライツァ。

この国の最高位である公爵貴族の家系の長女にして、文武両道、国色天香の体現者である。

彼女が通る道は自然と開かれ、その両端に立つものは身分に関わらず尊敬と崇拝の眼差しを送る。

その中を臆することなく歩む様は正に圧巻の一言。

教室の段を降り、ドアに手をかけたところでふと、彼女は振り返った。

その目線の先には、ある一人の男性がいた。

男の名前はミルハイド・ラ=アースハイン。

名前からわかる通り、この国の王族に連なる者の一人で、メリセンの唯一にして絶対の婚約者である。

彼女が微笑みを浮かべた。

それだけで教室にいた人達は男女問わず誰しもが心酔したかのごとく見惚れてしまった。

その想いを一身に受けた王子については言わずもがな。

そして一言、

「御機嫌よう、皆様」

その声音は天上の楽器が奏でる荘厳なる音楽の如き、誰をも魅了する魔性の声であった。

そう残して彼女は教室から去っていった。

それでも尚、時が止まったように誰一人として動く者はいなかった。


「ただいま帰りましたわ、お母様」

スカートの両端をつまみあげ、頭を軽く下ろすというこの国の女性の礼をしてから自宅へと入った。

玄関ホールは頭上に飾られたシャンデリアによって明るく照らされており、優雅な雰囲気を醸し出していた。

壁に掛けられた絵に目をやると、その一枚一枚が高名な画家によって作られたものであり、中には国宝級と言っても過言で無いものまである。

何億、何十億という大金を以て作られたであろうこの白亜の宮殿が、たった一つの家庭のために作られたのであるから、尚更驚きだ。

「あら、おかえりなさいメリー。今日は早かったのね。」

階段を降りながらメリセンを迎え入れたのは彼女の母である現ヴァルライツァ公爵夫人であるライエットだ。

彼女は元々隣国の王族だったのだが、学生時代の父、ハルトの熱烈な求婚と、それぞれの国の思惑も絡んで結婚に至ったそうな。

半ば政略結婚じみたところもあるが、実際問題今でも二人は相思相愛の関係を保っているため、問題ない。

学問に関しても知識が深く、父と共に領地経営を行っており、民に対しても驕ることなく丁寧に接することから人気が高く、巷ではよく着ている赤色の服から「赤薔薇の貴婦人」と呼ばれているらしいが、本人には秘密だ。

「ええ、お母様。今日は私の好きな作家のジョン・マルコリーニの新刊発売の日だったから少し早めに帰ってきてしまいましたわ」

「あら、そうだったのね。でも学生の本分は勉強よ。それを忘れては行けませんよ」

「ええ、十分に分かっていますよ」

「ならよろしいわ。六時からルーテル伯爵の舞踏会に参加しないといけないからそれまでには準備を済ませておくこと。それと……」

少し近寄って耳もとで

「読み終わったら私に貸してちょうだい。楽しみにしていたのよ」

それに思わず苦笑いになって、「わかったわ」とだけ答えておいた。

最後は茶目っ気たっぷりに告げると母は部屋に帰ってしまった。

それを見届けてから自分の部屋へと入った。

扉を閉めて……

「あぁ〜つかれた〜」

貴族の礼儀だのなんだの放り捨ててベッドにだ〜いぶ。

はぁ、この瞬間がいちばん気が楽だ。

一通りゴロゴロしてからふと天井を見上げる。

手を伸ばせば傷ひとつない真っ白な繊手。

「前世」とは似ても似つかない。

何故こんなに自分と外の「自分」に差があるのか。

理由は簡単。私は俗に言う転生者というやつなのだから。

にしても……

「思わないよね、普通。推しゲーの世界に転生するなんて」

前世?での私の名前は宮島かなえ。

ちょっとした中小企業に勤めてた一般社畜☆

社畜という言葉が一般化される現代日本って最早ディストピアやん……

まぁ、そんなことは関係ない。

それなりにブラックだったと思うけどある程度好きに過ごせてたわけよ。

満年彼氏募集中の25歳だったけど別段寂しいとは思わなかった。

何故か?

「私には推しがいたからだぁ!!」

拳を天へと掲げたこのポーズ。

ふっ、勝者たる私にはふさわしい。

冗談はさておき、誇ることでは無いが推しゲー「宮廷の麗華たち」に関してはガチってて、グッズやイベントはもちろんのこと、二次創作や特装版まで買い込んでいた程だ。

世の中には私を超える強者共がいたが、ブラックに勤めてた故これが限界だった。

正直趣味の面では充実していたと思う。

え?死因?

えーっと、最期の記憶は会社から帰ってきて疲れたから睡眠薬飲んでベッドに入ったとこかな。

ざっと20錠くらい……

はい、自殺です。

親も早々に他界して高校生まで一生懸命努力したけど奨学金込でお金が足りず大学を断念。

それでも奮起して仕事探したけど高卒の特に才能もない女性を採用してくれる所などあるはずもなく、やっとの思いで見つけた会社は重労働、パワハラ、セクハラ、低賃金の即死コンボだったし。

辞めたいけど辞めたところでアテがない。

仕方なしで働いてたけど我慢の限界で来世に希望を託したということです。

そしたらなんとビックリ中世ヨーロッパ風の異世界に転生してるではないですか。

しかも公爵令嬢。結婚相手は第三王子、しかも推し!

前世では考えもつかない程幸せな人生ですよ今回は。

阿頼耶の可能性の果てに掴み取った幸福。

これは楽しむ他ねぇという訳です。

ちなみに私の本名はメリセン・ヴァルライツァ。

ロールとしては主人公のシリカを学校で、いじめたりグループ組んだりして、最終的に王子からの婚約破棄、からの流刑という流れ。

そう、私、悪役令嬢なんです。

せっかくの幸福の中に不幸確定演出が盛り込まれてた件。

そこはちょっとしょんぼり。

でも、一人のファンとしてゲームの流れを変えないためにも完璧な悪役令嬢になってみせる!!

そう決意した私は前世の知識とこっちの世界で知った知識の両方を総動員して理想像とも言える悪役令嬢となるため奮闘中なのですよ。

正直な所、現実逃避の意味が無いとは言いきれない。

何かの病気で、自分の身体は病院にあって、これはただの長い夢なんじゃと思うこともある。

というかそっちの可能性の方が高いはず。

まぁ、ぶっちゃけ今が幸せだから別にいいんだけどね。

自分が生きているから現実な訳でそれを議論するとか無駄でしかない。

そんなん言うんだったら元の世界すら夢とか仮想現実っていう説もあったし。

そこは割り切ってるから正味どうでもいいまである。

さて、自分の再確認終了。

私は私。それで十分。

それじゃ今日も頑張っていこう。

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