回顧の図書

藤内 楓

第1話 創り話

「いってきます。」


 誰に言うわけでもなく、そう呟いて今日も扉を開ける。


割れたアスファルトや蔦の巻きついた空き家を横目に図書館までの道を進む。


あまりの暑さに汗が吹き出す。


これは知ってる。


夏。


季節は春、夏、秋、冬と回り、それで一年。


いつかのこんな季節に本で読んだ。


夏は嫌いじゃないけど、汗で本が濡れるのは考えものだな。


僕の記憶の中では7回目かな?夏が来るのは。


季節を知ってからは年を数えているけどそれまでのことははっきり覚えてない。


やっぱり知識は大切だ。


意識しなきゃいろんなものを見失う。


だから本を読む。もっと知りたいから。





 ついた。片道15分。


大した道のりじゃないけどこんだけ暑いと話は別だ。


昨日まではそんなに暑くなかったのにな。


相変わらず止まらない汗を拭いながら図書館に入る。


エアコン。部屋を涼しくする道具。


昨日読んだ小説に書いてあった。


小説を読んでいると知らないものがたくさん出てくる。


スマホとかタイムマシーンとかテレビとか魔法とかは初めてみた時はとてもワクワクした。


エアコンを使えばとても涼しくなるらしいからもし使えたらとても快適なんだろう。


冬みたいになっちゃうのかな?


そんな現実にあるはずもない空想上の道具に想いを馳せながら、今日読む本を選ぶ。


「あら?」


その声で、頭が真っ白になった。


僕と似たような形の生き物が声を発した。


人?


猫や犬にはあったことがある。


でも僕以外の人間に会うのは初めてだった。


真っ白な肌に艶やかな長髪。


あの人はきっと人の中でも『女性』という種類に分類されるであろうことを本能的に理解した。


図書館に優しく光が差し込む。


汗は引いていた。

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