◆復讐

 事の一部始終、そして顛末てんまつは、ちゃんと見届けた。


 あのバカ男が、クソ女を助けて、2人でどこかに行った。


 そして、置き去りにされたあたしは、とてもみじめ?


「おまたせしました、アイスミルクティーとオレンジジュースです」


 丁寧な所作で、目の前に置かれる。


 あたしはしばし、その2つのグラスを眺めていた。


 まずは、自分が注文した、アイルミルクティーを一口。


「……あっま」


 吐き出したくなるくらいに。


 そして、もう一方のオレンジジュースのグラスを掴む。


 本当にお子ちゃまみたい。


 それでいて、まるでお日様みたいにまぶしくて。


「ひっぐ……」


 嘘、マジかよ、ヤバい。


 何で、こんな涙が……


「……お嬢ちゃん、大丈夫? ハンカチ、いる?」


 ちっ、何だよ、声かけてくんじゃねーよ。


 もしかして、さっきあのホルスタインに絡んでいやがった連中か?


 いや、あいつらは、店員に睨まれて、追い返されたし……


「――よっ」


 そこには、快活に笑う男が、1人。


 正直、イケメンだ。


 それも、そのはず。


 だって、この男性ひとは……


「……パパ?」


 悔しいけど、涙で滲んでいるから、半信半疑。


 でも、雰囲気と声で分かる。


「ほら、これで拭きな。女の涙は、いざという時に取っておくもんだ」


「ふん、うっさ」


 本当に、我が父親ながら、キザな男。


 でも、悔しいけど、この男には、女をトキめかせる色気がある。


 だからこそ、あの女を……ママを口説き落とせたのだ。


「ああ、そこのお嬢さん、コーヒーを1つ、ホットね」


「は、はい」


 上品なウェイトレスさんが、すっかり舞い上がってしまっている。


 こいつ、おっさんだけど、やっぱりレベチだわ。


「で、娘よ。何で泣いていたんだい?」


 正直、父親とはいえ、この軽薄な男にあたしの芯の部分を話したくない。


 でも、なぜだろう?


 こいつの笑顔を見ていると、先ほどまでの吐き気が収まり、涙もスッと引いている。


 父親だから? それとも……


「……好きな男を取られたの」


「誰に?」


「……ママに」


「へぇ?」


 その時、


「おまたせしましたぁ~」


 と、上ずった声のウェイトレスさんが、注文の品を置く。


「ありがとう、ベイビー。これはほんのお礼だよ」


 と、キザに札を渡す。


「いえ、それは……」


「じゃあ、キスでもしとく?」


「ひゃッ」


「なんて、冗談だよ。ほら、内緒にしとけばバレないって」


「あ、ありがとうございますぅ~……」


 と、すごすご去って行く。


 あたしは呆れて物も言えない。


「……ホントに久しぶりに会ったけど……さすがというか、相変わらずだね」


「まあな」


「そりゃ、ママに離婚されるわ」


「はは、そうだな」


 さすがに怒ると思ったけど、笑っている。


 やっぱり、モテる男は違うな、余裕が。


「で、さっきの話の続き。悠奈が、美帆の好きな男を取ったって?」


「うん、まあ……ママがパパと離婚した後、引っ越したお家で、となり同士になった幼なじみのやつなんだけど……」


「イケメンか? オレ様みたいに」


「ううん、ぜんぜん」


「じゃあ、どこに惚れた?」


「分かんないけど……あいつといると、楽しいの」


「なるほどね」


 我がイケパパさまは、優雅にティーカップをかたむける。


「よし、可愛い娘のためだ、ひと肌ぬごう」


「えっ?」


「そろそろ、ヨリを戻したいと思っていた頃なんだ」


「ちょっ、パパ?」


「ちなみに、悠奈はその彼に、どれくらい惚れている?」


「……たぶん、ゾッコン」


「そうか、そうか。美帆は俺に似ていると思っていたけど……何だかんだ、あいつの娘でもあるな」


「……反吐が出る、あんなホルスタイン」


「こら、怖い顔はダメ。笑って、せっかく可愛い顔してんだから」


「うっさ……」


 とか言いつつ、頬が熱くなる。


 悔しい。


 けど、認めざるをえない。


 頼らざるをえない。


「……ねぇ、パパ」


「何だい?」


「あたし、やっぱりどうしても、あいつを……一平をあきらめたくないの」


「一平、って言うんだ」


「だから、あのホルスタイン……ママのこと……落として?」


「りょーかい、お安い御用だよ」


 パパはニコッと微笑む。


 正直、うさんくさいけど、頼もしい。


 我が父親ながら、不思議な人だ、つかみどころがない。


 あの分かりやすいホルスタインとは大違い。


「じゃあ、娘よ、乾杯しようか」


「何に?」


「う~ん、そうだなぁ……」


「……じゃあ、復讐の始まりに、カンパイ」


 カチン、とあたしがグラスをぶつけると、パパは一瞬キョトンとして、すぐに笑う。


「美帆、お前しばらく見ない間に……良い女になったな。娘じゃなかったら、とっくに抱いているよ」


「ごめんね、パパはイケメンだけど、好みじゃないの」


「知っている、悠奈もきっと、そうだろう」


「はぁ? やる前から、敗北宣言? かっこつけておきながら……」


「でも、お前も実感しているだろ?」


「えっ?」


「そんな好みとか超越してさ。女ってのは結局、自分をメスにしてくれる男を求めちまうものだからさ」


「…………」


 悔しいけど、ついさっき、それは実感した。


 誤解されがちだけど、あたしは本当にイケメンよりも、性格重視だから。


 一平みたいな、ちょっとダサいけど、可愛い男が好き。


 でも、悔しいけど、やっぱり女は……


 イケてる男に屈服してしまう


 だから、あのホルスタインだって、きっと。


「パパ、お礼は何が良い?」


「おっ、じゃあ、母娘丼」


「死ね」


 と言いつつ、あたしは微笑む。


 そして、鬼となる。







第2部 完






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る