第30話
「ついてこなくていいから!」
さっきから、お母さんを家に帰そうとしても中々帰ってくれない。
まあ、頑固で自分のやりたいことに正直な人なのは知ってるけど......。
「いやいや、私だってダンジョン取り戻したい!」
正直に言うと、危険なので帰って欲しい。
家族が巻き込まれるのは見たくない。
それに、配信できない。
「いやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや!!」
こうなると、母親は何が何でも私についてくるだろう。
仕方なく、私はお母さんと一緒に高輪ダンジョンに向かった。
ダンジョンはいつも通りに私達を見下ろしていた。
「ほんとに行くのね?」
「もちろん♪」
「じゃあ、ちょっと準備するから待ってて」
ため息と共に、私はドローンを起動させた。配信の準備をして枠を取ると瞬間、コメントと接続数が増えていく。こんな時でも、配信に付き合ってくれるなんてほんとバカよね。
「もしかして、栞って配信者だったの?」
「まあそうね。でも、お母さんは映さないからね」
「ええ~!? これから世界を救う親子なのに?」
これだから、置いて行きたかったのに......。
起動して、私達が映るとやはりびっくりしている人ばかりだった。
【ドエロ将軍】『私服のビキニ姐さんもいいね。それで、そちらの方は?」
【酒バンバスピス】『顔似てるし、お姉さんとか?』
「あら、お姉さんだって。私もまだまだイケるのかな?」
お母さんがすぐに私のチャンネルを特定して、私にスマホごしにコメントを見せてきた。そういうのだけは、早いのよね。私はお母さんの腕を下ろして窘める。
『お母さん......。ネットの言葉は信用しないの』
【袋】『お、お、お母さん?』
【シーランド】『え? ええ~?』
『はいはい。話は後。これから、ネクロマンサーのとこにカチコミに行くから。みんな、応援しててよね』
受付へ向かうと、そこは無人になっていた。しかもエレベーターも稼働していなさそうだ。というか、通電していないからかこのロビーすら薄暗い。仕方ない......。階段でゆっくり行くしかないか。
1階受付から、ダンジョンエリア外に設置してある階段を降りて行けばモンスターと遭遇せずに降りられるはずだ。
「あら、モンスターちゃんたちがこんなところまで」
『ほんとだ』
階段を降りていると、階段の踊り場にもモンスターがうごめいていた。普段は絶対にないんだけどな......。しかも、下に行けば行くほど階段にモンスターがいる。戦いは避けられないみたいだ。
「じゃあ、ここからはモンスターを倒しながら下へ降りてく感じ?」
『そうね。しっかりついてきてよ? お母さん』
「誰に言ってんの?」
互いに向かい合い、私達は魔法を打ち出しながら階段を疾走していく。
コメント欄も、私達の猛攻に酔いしれて常に応援してくれている。
\5,000【袋】『早送りかな?』
【シーランド】『お母さんも強ッ......』
電撃の光やら火の粉やらを飛び散らせながらも案外すぐに地下99階まで到達した。
そこから地下100階に降りようと下を覗くと、こちらを睨みつける人の身体に犬の頭がついたモンスター、アヌビスがいた。アヌビスはこちらを見つけると、階段を上って来て剣を振り下ろす。
「人間どもが何の用だ」
『ネクロマンサーに会いに来たのよ。この状況をどうにかするために』
「そう言って意気込んだ人間は、ここで私が冥府へ送ってやった。貴様らもネクロマンサー様の手を煩わせるほどでもないだろう。配下である私、アヌビスがおまえたちの相手をしてやろうぞ」
低姿勢から切り上げられる剣を避け、私は炎を繰り出す。
魔力は温存で、低級でも火力のある魔法を......。
『ファイア!』
「アクア・カッター!!」
「がああああああああ!!! くくくく......。かかったなっ! この冥府の剣はダメージを蓄積すればするほど、強くなる呪いのアイテム。つまり、この一太刀は貴様らに防げまい!!」
アヌビスが啖呵を切って刀を振り下ろす。
斬撃が宙を駆けるも、お母さんの水のベールがそれを打ち消す。
さらにはその水のベールを斬撃とともにアヌビスへ戻した。
「お返し♪」
「ぐわぁっ!?」
アヌビスは吹っ飛び、傷だらけになっていく。だが、気味の悪いことに彼はまだ笑っていた。彼の持つ剣は、妖艶に光りアヌビスの命を食らっているようだった。
「言ったであろう! この剣は私が倒れない限り強くなり続ける!!」
『なら、その剣と一緒に寝てれば? すぐ楽にしてあげるから......。エクスプロージョン・クラック=クエイク!!』
地面に魔法をかけると、ヒビが地響きと共にアヌビスに向かって割れていった。そのヒビがアヌビスの下に到達すると、巨大な爆発を起こした。爆発は、アヌビスを3mほど吹っ飛ばし、そのヒビで大きく空いた穴に落ちていった。
「落ちちゃった」
『この高さじゃ、多分ロクな事になってないでしょ......。先を急ぐよ、お母さん』
「う、うん」
地下100階のダンジョンへ通じる扉を開き、ようやくダンジョンの中へ入った。
ダンジョンの中は、意外としんとしていてモンスターの影も見当たらない。
外に出払ってるのかな?
『誰もいない......』
「そうね。その、根室さんはどこにいるの?」
『ネクロマンサーね? 誰よ、根室さんって......。地下444階にさえ行けば場所が分かるかなって、なんとなく来たけど......』
【ころころ】『地下にいるのかな?』
【袋】『魔王って大概最上階にいるイメージ』
【ドエロ将軍】『魔王ってw 根室さんは魔王じゃないゾ』
【根室】『呼んだ?』
『なんで根室がいんのよ』
「あら、根室さん流行っちゃった?」
お母さんはまだ自分のスマホで私の配信を観ているらしい。
ちょっとはこっちに集中力を回してほしいもんだ。
『みんな集中して。ネクロマンサーがいる場所を誰か割り出せる?』
コメントに気を取られていると、背後からなにやら殺気を感じ取った。
『......!!』
「あなた、さっきのワンちゃんじゃない!」
そこには、頭から血まみれのアヌビスがそこに立っていた。
よくあの場所から這い上がってきたわね。
「アヌビスだ! 他の犬を同等に扱うな......。おのれ、人間め。ネクロマンサー様の所へは行かせん!!」
『ちょうどよかった......』
わたしは、魔法も使わずにアヌビスの顎に膝蹴りを食らわせて、そのまま馬乗りになった。
『ねえ、ネクロマンサーはどこ?』
「我が同胞を快楽的に殺してきた貴様らに教えるものか......。俗物め!!」
『確かに私たちは俗物よ。あんたたちの命を弄んできた。これはその代償だって言うなら喜んで受ける。でも、他の人をましてや世界を巻き込むのは違う。私はそれを止めに来た。これは私達探索者と、あなたたちの問題でしょ』
「あくまで、そちらに義があるというか。なら殺せ......。いつものように笑いものにするがいい!!」
『......。言い残すのはそれだけ?』
「ああ......。貴様らと分かり合うことはない」
私は、震える右手を左手で抑えて短剣を振り上げる。
ここで殺して、なんになるの......。殺せば結局この連鎖は終わらないんじゃないの?
「躊躇うな! やれっ!」
『ああああああああああ!』
その短剣が地面に突き刺さる。どうしても殺せない......。自分の生きる世界を壊されて、腹が立っているはずなのに......。こいつらが侵略したから憎んでいたはずなのに......。一瞬、アヌビスと私が重なって見えた。昔、ダンジョンで怖い目にあったことがある。モンスターに襲われて身ぐるみを剥がされた、その時の記憶がよみがえった。その時、初めて死ぬかと思った。
『私達は狂ってるよ。こんな時まで配信して、モンスターを討伐して英雄気取り......。一体、どっちがモンスターなのやら。でも、私が正しいと思ったことに従う。さっさと逃げなよ。他の探索者なら、平気であなたを殺す......。あなたのむごたらしい死体を掲げて動画を撮るかもしれない。そうならないうちに......』
「情けをかけるというのか? それは私にとって屈辱だ! 私は誇り高き戦士! 貴様がとどめを刺さぬというのなら、自らを持ってこの命をダンジョンに、ネクロマンサー様に捧ぐ!!」
こいつはバカなのか......!?
せっかく助かった命なのに、投げ捨てるつもりなのか!!
『やめなさいよ! あなた、自分の命がどうなってもいいっていうの!?』
「......バカだな。最後に教えてやろう。私は......いや、私達ダンジョンモンスターは、ダンジョンという箱庭でネクロマンサー様によって造られた存在。貴様らでいうキャラクター、やられ役といったところだ。どこかでやられるように作られている。弱点がある。そんなものに、尊厳や倫理というものはない......」
アヌビスは、自らの剣で首を一太刀ではねて見せた。
身体が消失し、首だけとなり消えかけたアヌビスを受け止め抱きかかえる。
『そんな......。でも、こうして生きてるじゃない......』
「生きている......。そう言われたのは初めてだ。お前との対話、楽しかったぞ。命を守る勇者よ、命を......弄ぶ悲しき主を止めて、くれ......。屋上に、いるネクロマンサーを......」
そして、アヌビスは散り散りとなりダンジョンに漂っていった。
彼の言っていることは、まだよくわからないしどう受け止めればいいかわからない。
ただ、はっきりしているのは、ネクロマンサーの元へ向かって彼と話を、決着を着けるしかない......。
私は、立ち上がりお母さんとコメント欄にいるみんなと共に屋上へ向かった。
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