第5話
この間の配信が、またもバズっていた。
理由は明白だ。例の肌色双丘。つまり、お......おっp......。
いや、やめよう。あんなこと、もう忘れるに限る。
「今日は、地上100階制覇にしようかなぁ~。ちょうど、チャンネル登録者100万いったし......」
登録者は、すでに以前の倍ほどまでになっていた。もう、有名配信者の一人と言っても過言ではないよね......。正直、裸晒して登録者倍になったって複雑だわ......。
「100階のボスといえば、ミノタウロスだったよね。かなり強いって有名だけど......」
「あああ!!」
考え込んでいると、奥の方から男の声がしてきた。
そちらへ向くと、見た目は好青年のような男が、笑顔でこちらに手を振って向かって来た。
「また、迷惑系?」
小声で彼を警戒していると、彼は私の手をとって両手で握手してきた。
『初めまして! 俺、【いきなり凸たろう】っていいます! 突然ですけど、凸っていいですか?』
「え? なに、どういうこと?」
困惑する私が見えていないのか、彼は自分のカメラに向かって指を差したり、手を振ったりしていた。すでに配信は始まっているみたいだ。このままだと、相手のペースに飲まれてしまうだけだ。ちゃんと相手のことを知らなくちゃ......。
「それで、あなたはなんなんですか?」
『もしかして、俺のこと覚えてない?』
さっきまで明るい声色だった彼が、スンと大人しくなった。
彼の爽やかな顔つきが、冷酷に感じはじめ、私は少し罪悪感と焦りを感じていた。
「ごめんなさい。どこかで会ったかしら?」
『まあいいや。まず、企画を説明するね。俺のチャンネルでは、最近バズった人に凸配信を仕掛けて、その人の実態をドキュメンタリーで送るっていう配信をしてるんだ』
「それで、私に白羽の矢が立ったわけね......」
『そういうこと!! どう? 俺の配信に出てくれるよね?』
正直ソロでやりたいが、この間の様に変な因縁をつけられて追われるようなことはなりたくない。ここは受け入れておいて、適当なタイミングでソロになるしかないな。
『......。そういうことなら、いいですよ? 今日は100階のボス倒すつもりなんですけど、大丈夫ですか?』
『もちろん。ここに来てますから、準備は万端ですよ』
私は、露骨に嫌そうな顔をうかべながら、凸たろうと共にボスのいる元へと向かう。
右に左に迷宮を彷徨っていると、後ろにいた凸たろうが突然、私の前に立ち、こちらを向いた。
『それで、ビキニ無双さんってぶっちゃけ登録者買ってるんすか?』
『え?』
私は、凸たろうの無感情な顔に若干恐怖を感じた。でも、悪意はなさそうに見える。確かに、買ってると思われるくらいには跳ね上がったけどさ......。
『買ってないですよ。あ、うしろ危ないですよ!』
凸たろうの背後から向かってきていたコウモリ型のモンスターを、氷の魔法で凍らせてみせると凸たろうは大げさに拍手した。
『おお! さすが、俺達を倒しただけはある』
その言葉に、私はこの間の60階での出来事を思い出した。
乱入ミッションでのDストリーマーを倒したことと、彼に会ってから感じる妙な緊張感と静かな怒りのようなものとの関連しているの?
『え? あなた、もしかして......』
そういうと凸たろうは、彼のスマホから一つの動画を見せてきた。
それは、60階で私に倒される瞬間の映像だった。
『俺は、あの60階ですべての道具を失った。でも、いいんです。ここであなたの本当の姿がわかる。その偽善くさい
顔を近づけてささやく彼に、私は目を大きく開いた。彼はニタリと邪悪な笑みを浮かべでズカズカと迷宮の奥へと進む。彼を追いかけていくと大きな広場に出た。そこには、巨大な何かが地面に寝そべっていた。
『あれが、ミノタウロス??』
『意外と小さいな。これは俺だけでも倒せそうだな!』
勇み足で向かう凸たろうだったが、ミノタウロスは彼の剣撃に1ミリも傷つかなかった。それどころか、ビクともしていない。ようやくムクリと起きると剣を持った凸たろうに気付く。
「ヴオオオオオオオオオオオ!!!」
『うおっ!?』
雄たけびだけで、凸たろうはあらぬ方向へカメラと共に吹き飛んでいく。
もう、なにやってんだか。私は自分でドローンカメラを呼び出して共に駆け上がる。
『もう! 逆恨みで凸配信するにしても、足引っ張んないでよね!!』
私が氷の魔法でけん制するも、ミノタウロスはその馬鹿力で足元の氷をバリバリと剥がしていく。さらには、強烈な突進力で私を襲おうとする。
『うお、あっぶね!!』
思わず女の子らしからぬ声が出てしまう。
コメントは私の声など気にしておらず、ミノタウロスとの戦闘に熱狂している。
『さて、どうしてくれようか......』
迷っているうちに、ミノタウロスは奥で伸びている凸たろうへ向かっていた。
このままでは彼が危ない! 私は、土の魔法で凸たろうを岩で覆った。
標的を見失ったミノタウロスは、私に目線を移した。
私は、ミノタウロスの目の前に立ち、剣を正眼で構える。
『来い! 確実に仕留めてやる!!』
ミノタウロスは私の覚悟を感じ取ったのか、右足で地面をひっかいて突進の態勢をとった。
「ヴオオオオオオオオオオオ!!!」
ミノタウロスが突進し、剣先がその鼻先にあたる。これでまた真っ二つに......。
そう思っていた。けど、ミノタウロスの突進力と身体の耐久力は異常で、ミノタウロスはその剣を頑丈な頭で折って見せた。
『まじで!?』
すんでのところで、私は頭をのけぞり突進のわずかな隙間を縫って回避した。
剣はもう使えない。そうなれば魔法でいくしかない!!
『お待たせしました!!』
ボロボロになった凸たろうが、突如としてこちらに駆けつけてきた。
その目は必死さを帯びていた。
『凸たろう!? あなた何戻ってきてんのよ! 岩の中で大人しくしてなさいよ!!』
『姐さんに借りを作ったままじゃ俺、嫌なんです! や、やらせて下さい!!』
彼の意思の強さとは裏腹に、彼の足は震えていた。それでも、私は彼の意思を尊重しようと思った。多分、こいつは私ひとりじゃどうしようもなかっただろうし......。
『なら、もう足引っ張んないでよね! 二人で合わせて地鳴りを起こすわよ! 321で合わせて!』
『わかりました!』
『3,2,1!!! アースクエイク!』
二人の両手が同時に地面につく。すると、グラグラと地面が揺れ始める。私たちは地面に伏せながら機を伺う。地面が割れ始め、ミノタウロスがその割れ目に足を取られる。
『今だ! ハイプレス・スプラッシュ!』
私が割れ目に水の魔法を与えていくと、巨躯のミノタウロスを浮き上がらせるほどの水圧の水が割れ目から吹きだす。その勢いは相手を貫くほどとなっていた。その瞬間、閃光が走る。
【ジョン】『え、なになに?』
【同穴ムジナ】『見えねえーーーーwwww』
【酒バンバスピス】『やった......のか????』
【ゴールド炊飯】『第2フェーズフラグやめいw』
【やしき大魔神】『やった、勝ったっ! 第5回配信完!』
コメントも困惑している中、光が収まっていくとそこにはアイテムが散らばっていた。どうやら第2形態などはなく、これでボスクリアらしい。
『おお、ミノタウロスの角! これは高額で売れますよ!!』
そう言って、凸たろうはその大きな角を私に渡そうとしてきた。
『え? 私に?』
『別に俺は、アイテム収集に興味ないんで! あの......すみませんでした! 俺、武器とか初期化されて頭に来ちゃって......。でも、姐さんのお陰で目が覚めました!』
『どういうキャラなの......。とにかく、これはいただくわ。後は、あなたの好きにして』
そう言うと、意外そうな顔つきで私を見つめる。
私、そんなに金にがめつい女だと思われてたの?
『いいんですか? 姐さん』
『まさか私からの気持ち、受け取らないなんて言わないでしょうね?』
『いや! ありがたく受け取ります!』
そう言って、凸たろうは深々とお辞儀をして、ミノタウロスから湧き出たアイテムを早々と拾って去っていった。自分の配信を見つめると、またコメントの流れる量が増えて、相対的に観れるコメントが少なくなっていた。それだけ、人に見られてるってことか。
事務所にいた時にはこんなことなかったのに......。
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それから数日。私は配信を前よりも自由に、自分の好きなように配信をするようになった。そしてアーカイブを編集して、ショート動画として投稿することで、より多くの人に見られるようになった。それと共に私の知名度は上がっていった。
「お疲れ様です! ビキニ姐さん!」
「ビキニ姐さん!」
凸たろうの一件があってからか、私のことを『ビキニ姐さん』と呼ぶ。
これまで、配信人生で変なあだ名なんてつけられたことがなかったから、恥ずかしい反面、嬉しさもある。
「あ、ビキニ無双じゃん」
突然女の人の声に呼び止められ、振り向くと、そこにはかんきつ女子の二人が立っていた。だが、その服装は私と一緒にビキニアーマーだった。ていうか、れもんの体つき大丈夫かな......。
「え、かんきつ女子? ていうか、れもん大丈夫? ちゃんとご飯食べてる?」
「うっせえ! 余計なお世話なんだよ! 誰のせいでこんな格好......」
れもんは、恥ずかしがるように両手で自分の体を包む。
苦笑いしつつも、私は彼女たちの何か言いたげそうな顔に疑問を持った。
「それで、世間話がしたくて私のところに?」
「それが......。うちの事務所が、お前と3人でビキニアーマー三姉妹っていう新ユニット作りたいとか言い出してさ。戻ってこないかって誘えって」
私はその言葉に、呆れ果てた。
事務所側から言えばいいのに、自分の所属配信者に言わせてるあたり、知性が知れてるわね。ホント、辞めてよかったわ。
「事務所側に直接言わせればいいじゃん、そんなの。あなた達が使われる必要ないじゃん。あなた達のことは可哀想だとは思うけど、私はもう戻らないから」
きっぱりと答えると、みかんはしゅんとし始めた。
「そうだよね......」
「ま、あーしらはちゃんと事務所の言ったことやったし、いんじゃね?」
「うん。あ、時間取らせてごめんなさい。 じゃあ、がんばって」
二人は、以前の輝きのある目とオーラから一転して、どんよりとしたオーラと、そのオーラと同じか、それ以上の曇天の広がった瞳で、ダンジョンへと向かう。
「なんか、可愛そうなこと言っちゃったかな......。まあ、頑張れ......」
彼女らの背中に向かって、私は応援するも彼女らには絶対に聞こえていない。
きっと、また私は彼女らのように、曇天のような不安と先の見えない時期が来るかもしれない。それでも私は、私が一番輝ける場所で配信し続ける。
そう信じて、私は今日もダンジョンへと向かうのだった。
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