龍神池

鹿角まつ(かづの まつ)

     龍神池

 湖に若い娘をささげる習わしのある村があった。

 日照ひでりが続くと、

 村にある湖のぬしである龍神さまがお怒りになっているのだと言って、

 村からひとり、いけにえをさし出して湖に沈めるのだが、

 今年は大事な時期に雨が降らず、

 このままでは収穫までに米に実が入らないと、村の者たちが話しあった。

 そしてやはり、どこかの家からひとり人柱を出すことに決まり、

 村人たちの顔はくもっていた。


 ある晩、その村の老夫婦の家にひとりの旅人が訪ねてきた。

 聞けばその旅人は、ある事情で旅しているのだが宿がなくて困っている、

 一晩だけ泊めてほしいという。

 老夫婦は、旅人の笠とほおかむりのすき間からのぞく白い頬をみて、

 この者は若い女だと信じ込み、近いうちに誰かの家から捧げられるであろう娘を思って、旅人の前でこう嘆いた。


 「こんな貧しい村によく立ち寄ったものだ、嫌なものを見る羽目になるからあまり長くいてはいけませんぞ。」


 その娘は、老夫婦から詳しく事情を聞くと、

 いけにえには私がなりましょう、と申し出た。


 老夫婦は、

「あなたのような立ち寄っただけの旅人がなぜ?」といぶかしみ、

 この村の女で犠牲を払わないと…と一度は断ったが、

 その旅の娘は、

「自分は帰る家もない身の上で、いっそ誰かのために死ねたら本望なのだ」

と涙して語るので、ついにその旅人に、人柱の役をやってもらうことにした。


 人柱の儀式の日。

 竹で編まれた、おりも同然の大きな竹籠たけかごに入れられ、沈んでゆく娘姿の旅人を、暗い目で見届ける村の面々。

 村人たちは自分の家から人柱を出さなくて済んだことに感謝した。


 するとどうだ、突然湖が鳴って津波が起き、

 その高さは天にも届くほどだった。

 村人が腰を抜かしてひれ伏していると、

 割れた湖の底にあの人柱が、髪は逆立ち、

 目はらんらんと怒りに燃えている。

 竹籠はどこに吹き飛んだか、影も形もない。

 その旅人は津波のど真ん中に立っていながら少しもれず、

 村人たちに向かって大地が揺れる声で語り出した。


 ばかめ。誰がいけにえなぞ頼んだ。

 我こそはこの湖の龍神の化身、

 毎度おぬしらが馬鹿な真似をするゆえ、滅ぼしに参った。

 その昔、この村のものは誰であろうと我と話をし、

 歌い語らっていたものであるのに、

 今はもう、ひとりとしてその日々を覚えておる者はない。

 こちらの欲しいものを歪め、

 ただ恐れをなしてびくつく、今のおぬしらは鬼じゃ。

 あの優しかった村人むらびと達を返せ。


 その津波は一気に村人どもに降り注ぎ、

 その村は一日にして湖の底に沈んでしまった。


その村はもちろん、今はない。


                                おわり



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龍神池 鹿角まつ(かづの まつ) @kakutouhu

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