第38話 それぞれの本性

 そのまましばらく待っていると、アリアさんが戻ってくる。


「すまぬ、待たせた。ひとまず、炊き出しの許可は取った」


「ありがとうございます」


「だだし、場所が場所だ。隔離されている場所なので、私が付き添うとしよう。何か問題が起きても良いように、まずは下見を一緒にしようと思うのだが」


「そうですね、そうしてくれると助かります。では、すぐに行きましょう」


 ハクに任せたとはいえ、心配は心配である。

 最強の魔獣と言われるらしいが、まだまだ子供には違いない。

 そして、アリアさんを伴って歩いていると……。


「あっ! いたっ! お兄ちゃん! いたよ!」


「なに!? ほんとだっ! おじさん!」


「エルルにカイル? ……何があった?」


 その尋常じゃない様子に、要件だけを聞くことにした。

 俺が任せたハクがいないということは……。


「あの! ハクちゃんがわたしたちを守って!」


「変な人族が襲ってきたんだ! 他の獣人やスラムの人族も関係なしに!」


「……ハクは、そいつと戦っているんだな?」


「う、うんっ!」


「お、俺たちに逃げろって……」


「そうか……アリアさん、二人を頼みます」


「ま、待て!」


 アリアさんの制止を振り切り、俺は全速力でスラム街に向かう。


「……


 ふとその時、昔飼っていた犬のことを思い出す。

 確か親父さんのところを一回出て、大きな街で一人暮らしをした。

 そこで社会経験をしつつ働いていたら、捨てられていた子犬を拾った。

 まるで自分のようで放って置けなくて、一生懸命に世話をした記憶がある。


「あの子は結局死なせてしまった……俺がもっと早く助けていれば……ハク、お父さんがすぐに行くからな……!」


 人混みを避け、屋根を伝って飛ぶようにスラム街に行く。

 そのまま向かうと、避難してくる住民とすれ違う。

 すると、すぐに轟音が響いてきて……俺の視界に炎に包まれそうなハクか映る。


「ハクッ!」


「キャン!」


「なっ!?」


 気がつけば俺は、一瞬でハクの前に立っていた。

 そして炎の球を拳でかき消す。


「ハク、よく頑張ったな」


「ククーン………」


 その姿は火傷の跡があり、あちこちから血が流れていた。

 息も絶え絶えで、すぐに手当てをしないとまずい。

 それをみた瞬間、血が沸騰するのが自分でもわかった。


「もう大丈夫だ、後はお父さんに任せておけ」


「ワフッ!」


 ひとまずハクを下がらせたら、呆然としている男と向き合う。

 そこにいたのは、ローレンスとかいう男だった。


「き、貴様は……!」


「俺の息子に何をした?」


「ふ、ふんっ! 生意気な犬コロがいたから躾をしてただけだ。飼い主なら、しっかり躾をするんだな」


「うちの子が何かしたのか?」


「この俺様の邪魔をしやがったんだよ。せっかく、獣人で憂さ晴らしをしようと思ってたのによぉ」


「なら覚悟をするが良い——俺の大事な子を傷つけたことを後悔しろ」


「っ!? それはこっちのセリフだァァァ! 貴様は死ね——ファイアーボール!」


「ふんっ!」


 迫ってきた火の玉を拳でかき消す。

 この程度なら造作ない。


「な、なっ……」


「どうした?もう終わりか?」


「ま、まだまだァァァ!」


 次々と繰り出される火の玉、火の槍、火の矢をただの拳で粉砕していく。

 そして徐々に奴に近づいていく。


「ふむ、少し熱い程度か」


「ば、バカな……ま、まだだっ! 特大の魔法を……おおおお! フレイムキャノン!」


 奴の掌から炎があふれ、俺の視界を埋め尽くす!

 このままだと後ろにいるハクに余波が行くので、背中の大剣に手をかけ……。


「ハァァァァ!!」


 振り下ろして火の波を真っ二つにする!


「……へぁ? お、俺の最大の魔法が……まだだ! ……なぜでない!?」


「どうやら、魔力切れのようだな……フンッ!」


「ぐはっ!?」


 腹に拳を叩き込む。


「な、なにを、この俺様を誰だと思って—ァァァ!?」


 しゃがみこんだ相手に足蹴りする。


「お前が何者など知らん。わかるのは、俺の大事な息子を殺そうとしたことだ」


「あ、あんな犬コロを殺そうとして何が悪いぃ……」


「ハクは孤独だった俺の心を癒してくれた。たった一人だった俺に、誰かといる幸せを思い出させてくれた」


 親父さんが死んでから五年、ずっと一人だった。

 人付き合いも得意じゃないし、この見た目のせいで避けられることもあった。

 何より、俺の本性を知られるのが怖かった。

 ……俺には破壊衝動が眠っている。

 それが虐待を受けたからなのか、元からの性質かはわからないが。


「ククク……ただで済むと思うなよ? 必ず後で復讐をしてやる……お前の犬も殺して、お前の目の前で引き裂いてやる……」


「そうか……なら、できないように折っておくか」


 相手の拳を踏みつける。

 すると、グシャッという嫌な音がした。


「ガァァァァァァァア!?」


「もう一つもやっておくか」


「や、やめろ……ガァァ!?」


 同じようにもう一つの拳を壊す。

 こういう輩は反省をしない。

 後で後悔することになる可能性がある。

 だったら心を折るか……殺すしかない。


「さあ、どうする?」


「き、きさまぁ……きさまさえいなければ……俺の計画が……」


「なにを言っているのかわからんな。さて、次はどこを潰して欲しい?」


「や、やめえくれぇ……わ、悪かった、俺が悪かった」


 人を殺そうと思ったことはある……あの父親を。

 母親と俺に暴力を振るうあいつを、何度殺そうとしたかわからない。

 しかし、俺にできるだろうか? ……いや、やらねばなるまい。


「待てっ! タツマ!」


「……アリアさん?」


 振り返ると、アリアさんが俺に抱きついていた。


「も、もういいんだ」


「しかし、ここで見逃せば……」


「わかってる、私の方で何とかする。約束するから……だから、お前が手を汚すことはないんだ。テイマーされた魔獣を襲うことは重罪だから、こいつは放っておいても死刑になる。そうしないと、テイマー協会が黙っていない」


「平気ですよ、今すぐに殺しても何も感じません。所詮、俺の本性はこんなものです。あいつと大して変わりはない……ただの屑です」


 いつからか、心がすっと寒くなる時がある。

 なにもかもどうでもよくなって、ふと全てを破壊したい時が。

 俺にはあの親父の血が流れてるから、いつかそうなりそうで怖い。

 それを抑えるために、良い人ぶってるに過ぎない。


「そんなことないっ! お主は良いやつだ! あいつなんかとは違う!」


「アリアさん……」


「見ず知らずの死にそうになってる私を助けたり、その後も危険な魔獣と戦ったり……お主は、私達の力になってくれたではないか」


「それは俺に目的があったから……」


「いや、お主ならそうでなくても助けたはずだ。私がそう決めた——たとえお主がなんと言おうとも」


「そんなことは……」


 その言葉が、俺の中の何かを溶かしていく。

 すると、位置を変えて俺の前に立つ。


「何より……そんな泣き顔で言われても説得力がないぞ?」


「へっ? ……ほんとだ」


 いつの間にか、俺の頬からは涙が出ていた。

 親父さんの葬式以来、流れてなかったものが。


「ほら、お主の心は泣いてるってことだろう。大丈夫だ、今度は私がタツマを救ってみせる。だから、私を信じてくれないか?」


「……しかし、俺は……」


「ええい、うるさい奴め……こうしてくれる!」


「うおっ!?」


 首に腕を回され、姿勢を低くされて抱きつかれる!

 か、顔に柔らかなものガァァ!?

 めちゃくちゃ良い匂いもするゥゥゥ!


「ひゃっ!? い、息を吹きかけるな!」


「ずいまぜん」


「あっ……だ、だから喋るな」


「………はい」


「ったく……もう一度言う、私に任せてくれ」


 再び強く抱きしめられ、全身から力が抜けていく。


 俺はようやく、その言葉を受け入れるのだった。









 

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