風が止んだ日ー『歓迎のしるし』
白雪ミクズ
風が止んだ日『歓迎しるし』
その村には、太古の昔より受け継がれてきた風習がある。
生まれた娘は12歳の誕生日に神社を訪れると言うものだ。その場所は、境内の内側だけがずっと風が吹いている。
まるで、来るもの全てを拒絶するように。
こんな風習ができたのは、大昔の少女が神に気に入られて風を鎮めたという伝説が残っていたためだ。
そして今日、また一人神社へ赴くのだった。
「お誕生日おめでとう、美倉。」
そう私に毎年言ってくれた祖母は、もういない。物心ついた時には両親は亡くなっていたし、会いたいだなんて思ったことはない。
けれど、祖母が私を育ててくれたというのに。そんな祖母でさえいなくなってしまうだなんて。
それも、私の誕生日の前日に。
「なんでなの…」
私の口からでたその声は、恨みばかりが響いていた。儀式の前に亡くなるだなんて、呪われているのではないかと囁かれる。何分、小さな村であるから、そんな噂が広まれば肩身はどんどん狭くなる。
儀式をするために真っ白な着物を着せられ、頬紅や口紅を引かれた私の心はただただ重いだけだ。
神社の境内を示す、赤い鳥居。祖母はここに入るのが嫌で、大泣きをしたらしい。風の吹き荒れるその場所は、確かに恐ろしい。
意を決して一歩前に進み出た。どの少女も目を赤く泣き腫らしていた様子を思い出して、無性に怖くなった。ここからは、神様の領域なのだと伝わってくる。
しかし、私の恐れていた風は、一向にやってこない。
目を開けると、そこはあまりにも美しい紅葉が舞う神社だった。
「わぁ…綺麗…」
日が差してきて、赤い葉がキラキラと輝く。
心にストンと落ちてきて、これだけは理解できた。
「歓迎してくれてるんだ…!」
そう思うと次第に喜びが溢れてきた。胸のときめきというのを、これ以上に感じたことはない。一番奥まで行くのが惜しいくらいだった。
奥の神社でお参りをしたら帰る。ただそれだけ。
二礼二拍一礼。軽やかな音を立てて私が手を合わせると、周りの花々が揺れる。色とりどりの花を見て、私はまた嬉しくなった。
そして振り返ると、紅葉はまたキラキラと輝いていた。近くにあった石の椅子に腰掛けると、不思議なことが起きた。
耳元で、祖母の声がするのだ。
「あらぁ美倉のおめかし可愛いわぁ」
「母さん!静かにしないと。美倉に聞こえるかもよ」
「あなたもよ。こんなに綺麗に育ってくれて…」
祖母の声と、男の人と女の人の声。直感で、自分の両親だとわかる。今すぐにでも叫んでどういうことって聞きたかったけれど。なぜか声が出なかった。
そっか、みんな神様になったんだ。だから入れたんだね…
立ち上がって、鳥居に向かって歩く。そして最後に振り返り、大きな声を出してこう言った。
「またくるからね!」
「戻りました…え?」
なんだか物々しい雰囲気だ。何故村の偉い人ばかり集まっているのだろうか?儀式はまだ続いているのかな。
すると、皆が私に頭を下げた。
「美倉様は神の子で御座います。神々に愛され境内を抜けられたのは、大昔の少女だけであります。」
そういえばそうだったな。
「え??なんでですか私一般人で…」
ああ、きっとこれから忙しくなるな。なんて呑気に考えるのでした。
風が止んだ日ー『歓迎のしるし』 白雪ミクズ @ririhahime
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