第15話 ネモフィラの花言葉
「翔利君、今日こそ一緒に」
「駄目」
瑠伊の問題が解決してからしばらくが経った。
机は早めに来て現行犯逮捕(現場撮影)をして脅したのでそれ以上書かれる事はなくなった。
だけどご丁寧に油性で書かれていたので翔利の机と無理やり交換した。
新しいのと交換しなかったのは机に『泥棒猫』と書かれていたからだ。
瑠伊の机を奪えば翔利も晴れて泥棒になる。
瑠伊には「そういう意味じゃないですよ……」と呆れられたが本当の理由は瑠伊との関係を見せつける事にある。
瑠伊に何かをするなら翔利が全てを引き受ける。
そういう意思表示だ。
そして瑠伊は一緒に寝た(翔利は寝れてない)日から毎日一緒に寝ようと誘ってくる。
翔利としては嬉しいのだけど、毎日一緒の布団で寝ていたら翔利の睡眠時間が授業中しか取れなくなる。
だから渋々断っている。
「子守歌歌います?」
「そういう事じゃないんだよ。効果ありそうだけど」
「試しましょ」
「なんでそんなに一緒に寝たいのさ」
「独占欲が強いからですかね?」
瑠伊にそんな事を言われると素直に嬉しい。
だからいつも最後には負ける。
「じゃあ週一でなら」
「言いましたからね。あれから三週間経ってるので今週は三回ですね」
「瑠伊がずる賢くなった」
「単純な賢さではまた負けてしまったので」
もう学期末テストは終わり、順位も出た。
瑠伊が三位で翔利が一位だ。
「やり過ぎたよね」
「そうですね。入院中勉強しかしてなかったですから」
「次からは程よく頑張ろう」
「私は翔利君に勝ってお願いを聞いて貰います」
翔利に瑠伊が順位で勝ったらなんでもお願いを聞くと……もちろん言ってない。
「瑠伊さ、いいんだけど言ったもん勝ち過ぎない?」
「わがままですよね……」
瑠伊が悲しそうな顔をして俯く。
「瑠伊、フリなら怒るよ」
「翔利君は最近冷たいです」
「甘やかし過ぎて瑠伊が駄目な子になったら大変でしょ」
「翔利君は駄目な私は嫌ですか?」
「全然?」
「じゃあ私を最終的には捨てますか?」
「そんな訳ないじゃん」
「じゃあ甘やかしてください」
翔利は少し考えて「まぁいっか」と納得した。
瑠伊が人に甘えられるようになったのはいい事だし、たとえそれで駄目な子になったとしても翔利が支えればいい。
「その場合はずっと一緒だからね」
「私はずっとそのつもりですよ」
「好きな人が出来ても渡さないよ」
「私は一途なので大丈夫です」
それはつまり好きな人が出来るという事なのでは? と翔利は思ったが「その時はその時か」と寂しい気持ちになりながら納得した。
「ちなみに俺に勝ったらどんなお願いするの?」
「毎日一緒に寝ましょうって」
「いつか慣れるのかな」
慣れるまでは寝れない日々が続きそうだ。
「欲しいものとかはないの?」
「翔利く……そうですね」
瑠伊が翔利の名前を呼ぼうとしたけど、途中で思い留まり何も無かったかのように考えだした。
「翔利君は今日が何の日か知ってますか?」
「今日?」
今日は三月の十四日。
つまり。
「ばあちゃんの誕生日だね」
「私、聞いてないんですけど……」
「ばあちゃんに言うなって言われてたから」
華は瑠伊に気を使わせないように誕生日を教えないでいた。
「俺達って誕生日近いよね」
「そ、そうですね」
瑠伊があわあわしだした。
「ばあちゃんに何かあげたいなら形に残らないものの方がいいよ」
「なんでですか?」
「ずっと残るものは嫌がるんだよ。多分いつ死ぬか分からないからって理由で」
華はそう言いながらずっと元気だ。
だけどそれでも歳には逆らえないから形に残るものを貰って未練を残したくないらしい。
「だから俺はばあちゃんに形の残るものをあげてる」
「翔利君らしいです。ちなみになにを?」
「欲しいもの言ってくれないから造花あげてる。後お手伝い券」
華という名前だから長生き系の花言葉の花を毎年贈っている。
「まぁたまにしか会いに行けなかったからお手伝い券は使って貰った事ないけど」
「お手伝い券ですか……」
瑠伊が人差し指を顎に当てて何かを考えている。
「それでなんで瑠伊の欲しいものを聞いたらばあちゃんの誕生日が出てきたの?」
「それは翔利君が華さんを大好きだからです」
「どゆこと?」
「いいんです。あったかエピソードと華さんのお誕生日を聞けたので」
瑠伊は笑顔でそう言う。
「翔利君に取っては華さんのお誕生日なんですね」
「? うん」
結局瑠伊の欲しいものは聞けなかった。
「ばあちゃん、誕生日おめでとう」
学校から帰りお風呂と晩御飯を済ませた後に翔利は華に誕生日プレゼントを渡した。
華は翔利と瑠伊の時のように誕生日会のようなものはしない。
翔利から誕生日プレゼントを貰わなければいつもの一日と変わらない。
「またあんたは残るものを……。ありがとう」
「今年はスマホがあるからネットで買ったんだ」
去年まではスマホが無かったので近所のお店で買っていたが、今回は今まで売ってなかったものが買えた。
「本当はアマランサスが良かったけどそれっぽいのなかったから竜胆にした」
アマランサスの花言葉は『不老不死』や『不滅』だ。
だからそれが良かったけど、これというのがなかったから竜胆にした。
竜胆の花言葉は『勝利』や『正義感』だけど、根っこを漢方薬に使っていた事から健康を祈るものとして送られるらしい。
「健康でいてね」
「……また死ねなくなったねぇ」
華が優しく竜胆の造花を抱きしめた。
「花言葉は『勝利』だったね。翔利だと思って大切にするよ」
「ちなみに今までのはあるの?」
「当たり前じゃないか。ちゃんと私の部屋に飾ってあるよ」
それなら良かった。
もしいらないからと捨てられていたら来年からの誕生日プレゼントを考え直さなければいけなかった。
「本当にありがとう」
「今年はお手伝い券無しね。溜まってるのは使っていいよ」
「一般常識を学ばせる為にもさせた方がいいのかねぇ」
翔利の家庭スキルは皆無だ。
というかした事がない。
正確にはさせてくれた事がない。
両親が生きていた頃はサッカーしかさせてくれなかったから出来なかったし、今は華が翔利と瑠伊をお世話したいから何もさせてくれない。
「華さん」
「どうしたんだい、瑠伊さん」
瑠伊が何かを決意した目で華を見る。
「これを」
瑠伊がそう言って一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「一生分のお手伝い券です」
「一生分?」
「華さんにはずっと生きていて欲しいです。ですけど私のお父さんとお母さんだっていきなりいなくなりました」
瑠伊が悲しそうな顔で言う。
「なので私に花嫁修業をしてください」
「……」
「華さんのお誕生日なのにそんな事を頼んでる私が最低なのは分かっています。ですけど、華さんがいなくなった後の翔利君を支えられる自信がないんです」
瑠伊の言葉に翔利も驚く。
だけど実際的な話、瑠伊の言ってる事は正しい。
瑠伊の両親は故意に殺され、翔利の両親は偶然殺された。
そんな事が身近にあれば華にもそれが無いとも限らない。
事故でなくとも、華がいくら日頃から走ったりしていると言っても歳には誰も勝てない。
華が死んだ場合、翔利は塞ぎ込む可能性が高い。
それを今の瑠伊に立ち直らせられるかは分からない。
「だから私に華さんの全てをください。そして翔利君を任せられると思うまでは絶対に生きていてください」
「任せられると思ったら死んでいいのかい?」
「いえ。華さんは翔利君の子供を見るまで生きなければいけないんですよね?」
「そうだね。再来年には子供がいるかもしれないけどね」
「そんなに早くはないです!」
翔利の話なのに瑠伊が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「最低でも成人になるまでは死なないよ。だけど確かにいきなり死ぬ事もあるかもしれないね。だから……」
華が楽しそうに瑠伊を見る。
「瑠伊さんには翔利を支えられるようになるまでビシバシしごいでいくよ」
「はい!」
「泣いてもやめないからね」
「大丈夫です。夜、翔利君に慰めて貰うので」
子守歌を歌って貰うとか言っていたのに逆に翔利の仕事が増えた。
「それなら手加減はいらないね。今日が最後の楽しい時間だよ」
「翔利君の為になるんです。全てが嬉しいですよ」
「この子眩しい。翔利、私がやり過ぎてたら止めるんだよ」
「なんか俺の仕事多くない? いいけど」
華が「じゃあ余ってるお手伝い券で」と言うので断る気はなかったけど断れなくなった。
「じゃあこれは餞別的なやつで」
翔利はそう言って小さな包みを瑠伊に渡した。
「これは?」
「ばあちゃんのプレゼント探してたらいいのあったから瑠伊にあげる」
瑠伊が翔利に開けていいか確認を取ってから開けるとそこには瑠璃色の髪留めが入っていた。
「綺麗」
「花的にはネモフィラみたい。花言葉は『可憐』とか『どこでも成功』とか色々あるんだ。瑠璃色で瑠伊の名前ともあってるし、『可憐』も瑠伊にピッタリでしょ?」
「ありがとうございます。でもなんで私にも?」
「本当はお菓子の方が良かったんだろうけど、先にいいの見つけたから。お菓子の方が良かった?」
「……バカ」
翔利が内心落ち込んでいると、瑠伊に抱きしめられた。
「ホワイトデーって分かってたんじゃないですか」
「あ、その事聞いてたのね。俺に取って今日はばあちゃんの誕生日だったから」
「私も翔利の誕生日とバレンタインを一緒にしてたからねぇ」
翔利と瑠伊の誕生日ケーキはチョコレートケーキ。
それはバレンタインも兼ねての事だった。
だから瑠伊がケーキの上に自分のチョコを載せていた。
「ばあちゃんは何かいる?」
「羊羹が食べたい」
「明日買ってくるね」
翔利はそんな約束をした後にずっと抱きついている瑠伊の頭を撫でた。
「瑠伊、ドキドキするから離れて」
「私もだから大丈夫です」
「ばあちゃん、瑠伊が最近言う事聞いてくれない」
「そんな瑠伊さんが?」
「めっちゃ可愛い」
華と翔利の会話を聞いた瑠伊が顔を翔利の胸に押し付けて「んー」と呻く。
可愛すぎたので翔利はそのまま瑠伊の気の済むまでじっとしていた。
そして数十分経って瑠伊が寝そうになっていたので「行くね」と華に伝えてから瑠伊をお姫様抱っこで布団に運んだ。
もちろん瑠伊の部屋に。
翔利は自分の部屋に帰ろうとしたら、半分寝ている瑠伊に手を掴まれた。
「いっしょにねるってやくそくしたぁ」
半分寝てるせいか、呂律が回っておらず、更に敬語もなくなった瑠伊が可愛すぎて布団に入って抱きしめた。
瑠伊が「あったかい」と言って寝息を立て始めた。
(本当に好き)
そんな事を思いながら可愛い寝顔を眺めていたら朝になっていた。
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