第4話 初めての友達
「翔利、正直に言いな。瑠伊さんにキスでもしたのかい?」
「してないよ」
翔利は今、華に瑠伊の様子がおかしいことに関して詰問されている。
「全く、そういうのは誰もいないところでお互いの同意を得た上でしなさい」
「だからしてないって。瑠伊さんと仲良くなっただけ」
当の瑠伊は来て早々に「お手洗に行ってきます」と行って病室を出て行った。
「いつからそんなに手が早くなったのか……」
「ばあちゃん、嫌いになるよ」
「言い過ぎました」
翔利がジト目を向けると、華が綺麗に頭を下げた。
「あの華さんもお孫さんには形無しですか」
翔利と華が戯れていたところに知らないおじいさんがやって来た。
「うるさいよ。まだ腰は治らないのかい?」
「大分良くはなりましたよ。こうやって歩けるぐらいには」
どうやら華の知り合いのようだ。
「そうかい。あんまり無理するんじゃないよ」
「はい」
「翔利は気づいてないだろうけど、このじいさんは翔利の隣のベッドだから何かあったらこき使っていいよ」
「ちょっと華さん……」
華の言葉におじいさんが慌てる。
もちろん翔利はこの人がお隣だったことを知らない。
「華さんのお孫さんだって分かったから昨日話しかけようかなって思ったんですけど、こんなじいさんがいきなり話しかけても迷惑だろうし、それに……」
おじいさんが笑顔で翔利を見る。
「別に何もしてないですからね」
「うん、それは分かってるんだけど、昨日は話しかけづらかったよ」
確かに昨日の翔利は瑠伊への可愛い発言で翔利は心ここに在らずだった。
「分かったね。翔利が変なことをしたら私に伝わるんだよ」
「だからしないって」
「ちなみにここの院長も知り合いだから院内で変なことはしたら駄目だよ」
「しつこいと冗談抜きで嫌いになるからね」
翔利のジト目にまた華が頭を下げた。
「今更だけどばあちゃんって何者なの?」
「年を取ると知り合いが増えるってだけだよ」
「華さんはちょっと異常ですけどね」
「うるさいよ。あんたには後で話があるからね」
華がそう言って睨むとおじいさんが顔を引き攣らせながら「それでは……」と言って帰って行った。
「なんて人?」
「
「腰悪い人に頼めないよ」
「悪化しても悪いか」
翔利は歩くことが出来ないから、何か頼むとしたら斉藤さんに来て貰うしかない。
さすがにそれは悪いので、余程のことじゃない限りは何も頼む気はない。
「てか瑠伊さん遅くない?」
「迷子になる距離ではないと思うけどね」
「まさかナンパ?」
「一番にそれを思いつくってことは好きなのは自覚したのかな?」
「好きかどうかは分からないけど、瑠伊さん可愛いから」
それを素直に伝えた結果、瑠伊と気まずくなったのだけど。
「一歩前進ってことでいいか。ちょっと探してくるよ」
そう言って華が病室を出て行った。
(大丈夫かな)
「帰ったよ」
「早いな」
華は病室を出て十秒もしない内に瑠伊を連れて帰ってきた。
「ちょうど帰ってきたとこでね」
「何もなくて良かった」
「……」
瑠伊はどうやら昨日のことを気にしているようだ。
「瑠伊さんが嫌なら来なくてもいいんだよ?」
「え……」
「ちゃんと最後まで言うね。俺は来て欲しいから。でも瑠伊さんが気まずいなら大丈夫になるまで来なくても平気だよ。来て欲しいけど」
翔利は大事な事は何度でも言うことにした。
自分の気持ちが伝わらないからと諦めるのはもう止めたからだ。
「瑠伊さんは俺に会いに来るの辛い?」
「そ、そんな事は無いです。ただちょっと恥ずかしいだけと言いますか」
「ばあちゃん、こういうのを可愛いって言うんだよね?」
「そうだね。もしかして瑠伊さんの様子がおかしかったのって」
「ち、違います! 違わないですけど……」
翔利と華は二人で優しい笑顔で瑠伊を見る。
瑠伊は顔を俯かせてしまった。
「瑠伊さん。可愛い慣れしよ」
「慣れませんよ。可愛いなんて言われた事ないですから……」
瑠伊が顔を上げてくれたけど、とても暗い表情になった。
「なんて見る目の無い。クラスの奴とか知らないけど、こんな可愛い子を放置なんだ」
「佐伯さんは知らないと思うんですけど、私って結構悪目立ちしてるんですよ」
「重い話をする前に私は一旦帰るよ」
華がそう行って席を立った。
「また用事?」
「そう。辛い話は翔利に任せたよ。私が居たら話しにくい事もあるだろうし」
「むしろばあちゃんになら言える事もあると思うけど」
「それはそれで家に帰ったら聞くよ。瑠伊さんが話したかったらだけどね」
華がそう言うと瑠伊が「お願いします」と頭を下げた。
「うん。じゃあ帰るね……っとその前に斉藤と話さなきゃ」
そう言って悪い顔をして病室を出て行った。
どうやら斉藤さんは華から逃げる為に病室から出て行っていたみたいだ。
「ばあちゃんがごめんね」
「いえ。気を使ってくださったのは分かってます」
「多分用事も本当だろうけどね」
華は多分大事な何かをしている。
じゃなきゃ翔利を置いて帰るなんてことはしない。
「話して貰ってもいい?」
「はい。私って痩せてて、髪も雑に切られてるじゃないですか」
「雑かは分からなかったけど確かに短いよね」
初めて瑠伊を見た時の感想は「細身で髪の短い美少女」だった。
「普通はそれだけで可愛いなんて思わないんですよ」
「そうなんだ」
翔利はそこら辺の常識が抜けているので、瑠伊を見てもただの可愛い子にしか見えない。
「私の場合はそれだけではなく、体育の授業で常にジャージを着ていて」
「それっておかしいこと?」
「夏もですよ」
「着てもいいと思うけど」
人との触れ合いを避ける為に常にジャージを着ている人がいてもおかしくはないから、翔利は常にジャージだからって何かを思うことがない。
「佐伯さんですね。夏服も着なかったので噂になったんですよ」
「なんて?」
「虐待の痣を隠す為だって」
「話飛び過ぎじゃない?」
確かに潔癖症なんかも可能性としてはある。
だけど高校生というか人間は自分が面白いと思った事を噂する。
だからそこに事実なんていらない。
「私の場合は痩せてるのは食事を与えられてないから、髪は鬱陶しいから切られた、常に長袖なのは痣を隠す為って噂が流れまして」
「……」
「だからクラスの人が私を可愛いなんて思うはずがないんです。そんな事を思う前に虐待が頭を過るので……」
瑠伊の話を翔利は最後は黙って聞いた。
可哀想だからとかいう同情じゃない。
単純にキレている。
「だから人なんて信用できないんだよ。瑠伊さんのことを見ようとしない。そんな噂を流された瑠伊さんがどう思うかなんて考えないで自分達の話の話題を尽きさせない為のことでしょ?」
「そうでしょうね」
「友達のいない俺が聞くよ。瑠伊さんは学校に友達いる?」
翔利は真剣な表情で真剣に失礼なことを聞く。
「いないです」
瑠伊はそれに真剣に答える。
「じゃあ俺が友達になる。なるはおかしいか。友達になろ」
翔利はそう言って瑠伊に動かしては駄目と言われた手を差し出す。
「佐伯さん!」
「やめないよ。この手を取るか置くかは瑠伊さんに任せる」
瑠伊としては考えている時間は無い。
早くしないと翔利の腕に負担が掛かる。
瑠伊は翔利の手を優しく握り、ベッドに置いた。
「駄目か」
「違いますよ」
「え?」
瑠伊は手を離さない。
「持ち上げたままでは負担になります。なのでこの状態で答えます。是非私とお友達になってください」
「いいの?」
「私なんかでいいのなら」
翔利の顔がぱぁっと明るくなった。
「やった。初めての友達ができた。ばあちゃんに自慢しよ」
「初めてですか?」
「うん。色々あって友達作らなかったから」
人を信用できなかったのもあるけど、小さい頃はサッカーしか無かったから翔利は友達を作らなかった。
「瑠伊さん、これからよろしくね」
「はい……」
瑠伊が翔利を見て何かを考えている。
「どうしたの?」
「お友達になったのでこれだけ」
瑠伊はそう言って翔利の耳元に顔を近づけた。
「私が長袖の理由は噂通りですよ」
瑠伊がそう耳元で囁いた。
「でも気にしないでくださいね」
瑠伊はそう言って翔利から離れた。
「大丈夫だよ。そんなの忘れるぐらいに楽しい思い出で塗り替えるから」
翔利が瑠伊の顔を真っ直ぐに見て告げる。
「だからまずは骨折治さないと」
「……ほんとずるいです」
瑠伊の呟きは翔利には届かなかった。
そして瑠伊は俯いてしまったから翔利には泣いている瑠伊に気づけなかった。
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