第59話

 シロップに漬けたオレンジの甘さと、若干ビターなショコラのほろ苦さ。スーパーなどでは買えない、本格的なショコラの味だ。おそらくカカオバリーの『タンザニア75』。鼻に抜けるカカオの香りが、生産地の情景を想像させる。


「フルーティかつ、適度な酸味。美味しいです」


 心の中でヴィズに感謝する。それと、作ったのはショコラショーの人。ブラームスの『雨の歌』を、そう解釈した。ということは、クラシックをやっていた?


「ならいつか、共演できたらいいですね」


 とすると、自分が彼女にしてあげられることはなんだろう。香水のプレゼント? いや、食に関わる人は香水をつけない。なら、香水の染み込んだなにか。可能であれば、ノエルのコンサートにも招待したい。勝手に友人の候補に入れさせていただきます。


 フランスの洗濯機は時間がかかる。三時間以上かかることもザラ。そしてパリでは洗濯物は外に干してはいけない。景観のためだそうだが、学園敷地内の寮も禁止となっている。グラースなど南フランスなどでは、太陽光に当てて乾かしているため、これはパリ独特の管理規約なのだ。とはいえ、湿度が低いのですぐに乾く。


 洗剤も自然派洗剤。ハーブの香りが心地いい。ベルギー産のものだが、EU圏内ということで関税がつかず流通している。洗濯物が部屋の芳香剤にもなってくれるのでありがたい。柔軟剤は入れないと、水に石灰が入っている関係上ゴワゴワになるため必須。だいたいカジョリーヌというクマのマークの柔軟剤をみんな使う。


「なんだ、起こしてくれればよかったのに」


 ランドリールームで洗濯している間に、一度部屋に戻る。するとベッドの上ではまだ横になりながらも、ニコルが目を覚ましていた。起こさなかったからできなかった、やろうと思ってたのに。そんな表情。


 呆れ顔のブランシュがため息をつく。


「それ、この前も言ってましたよ。結局やらなかったじゃないですか」


 先日も同じような状況で、その時は言われたとおりに放置しておいたが、結局その日は洗濯しないで終わったため、ブランシュは信用しない。


 しかし、厄介なことに、変なところにニコルはワガママだ。


「洗濯くらいしか私はできないからね。少しは手伝わせてくれたらいいのに」


「そう言ったから頼んだのに、仕分けもめちゃくちゃで、私の下着使ってましたよ」


 洗濯の洗剤量も適当だが、ニコルは畳むのも適当。下着の上下セットが見つからなければ、これまた適当に見繕って使用する。ポンと、手を合わせて思い出した。


「あー、あったね。なんか小さいとは思ったんだけどね」


 なにが、とはブランシュは聞かない。

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