お兄さん、邪魔しないでくださいっ!

木場篤彦

第1話面倒な兄

「なぁ、庵。なんか嬉しいことでもあったのか?」

「そんなの、ないよぅー」

兄が不安げにおずおずと私に訊いた。

私はソファーから身体を起こすこともせずに、普段通りの素っ気ない調子で低い声で答えた。

「でも……あぁー、アイス食うか、庵?」

「んや、今はいらない」

「そ、そう……じゃ、俺、部屋に行くわ」

「んー。おやすみ……

私は兄の消え入りそうな寂しげな声に同情してしまい、普段では呼ばない呼び方をした。

「……おやすみ、庵」

私は兄の顔も見届けることなく、スマホに眼を向けていたが、構ってもらえずに凹んでいたテンションが僅かに上がったようなワントーン高い声の挨拶が返ってきた。

壁に掛かった時計の針が、時間を刻むカチカチという物音だけがリビングに響く。

ふぅー、と吐いた吐息が、無機質に感じられるリビングに溶けていった。

「兄貴がシスコンなんて……知られたくないなぁー。はぁー」

一人になったリビングで、バイト先に入ってきた同学年であるあの男子——忠野隆璃ただのたかあきを脳内で浮かべながら、憂いと溜息を漏らす私。

「た、たか、隆璃……ぅん、

寝そべっていたソファーから身体を起こし、スマホを握りながら立ち上がって、明日からの生活に期待を膨らましながら頬を緩ませた。

私はわざとくすませた金髪を揺らしながら、クスクスと笑い声を上げる。


自室に戻ってベッドにダイブしてから、二時間後にようやく就寝につけた私だった。


鈴前庵すずさきいおりが寝つけたのは、午後十一時十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る