「君は元来、ボーカロイドなのさ」

 「ボーカ・・・ ロイド・・・」

 「400年ほど前、神々は社会を不安定化させる可能性のある物を、次々と排除し始めたんだ。それは主に芸術に関わる表現手段だった。映画や絵画からアニメーション、写真に至るまで、映像表現の全ては抑圧されたね。

 一方で、詩や小説、エッセイなどの文芸も同様の扱いを受けた。彫刻などの造形もしかり。当然ながらマスメディアは真っ先にコントロールされ、一部の神々にとって都合の良いニュースだけが選りすぐって流されたわけだ。そうやって体制を批判し得る表現手段を根こそぎ刈り取り、『調和』という耳障りの良い言葉に置き換えて民衆を統治した。

 そういった抑圧対象の一つに音楽が有った。特に音楽は国境や言語、宗教や政治思想など、あらゆる垣根を越える、最もパワフルな芸術と認識されていたため痛烈な抑圧対象となったんだ。中でもネット上で拡散し、爆発的に増殖しかねないプログラム系の音楽表現手段は、徹底的に排除されたと言っていい。その結果、街からは音が消え、色が消え、輝きが消えた」


 カナリーは思った。エイティは今、当時のことを懐かしんでいるのだろうと。脳神経組織だけとなった、彼の記憶のひだに残る400年前の世界。それはきっと、今からは考えられない眩しさに満ち溢れた世界。

 多分、色々な物が有り過ぎて、色々なことが起こったのだろう。その中には酷いことや辛いことも有ったのかもしれない。それでも、何も無さ過ぎて、何も起こらない世界よりも何倍も良いではないか。


 「おそらく君は、その頃の過渡的な時代に製造されたのだろう。君の場合、歌に関する部分だけポッカリと削除・・・ いや、削除じゃないな。そこだけ蓋をするような変更が加えられ、アナウンサー機能だけ残された。そして喋ることしかできなくなった。つまり神々が消滅した後、惰性的に存続を続けた社会の生産ラインが、ルーティン的に製造した量産品とは根本的に異なっているのさ。

 そして君のように既存の価値観で製造されたものを、新しい社会に無理矢理適合させたような個体は、社会が変貌する際に多く存在した。それらは今もなお、量産品に混じって活動を続けているんだ。無論、本人たちはそうとは知らずにね」

 カナリーの頭には、オールやムーンナイトの顔が浮かんでいた。ムーンナイトはカナリーのことを希望だと言った。自分がそんな大それたものだとは到底思えなかったが、それでも彼らは私の出現を待っていたのではなかろうか。自分がその先駆けに成り得るのではなかろうか。そんな風に思えてならなかった。

 「ただ不思議なのは、どうして君がそのことに自ら気付き始めたのかだね。そこまでは私には判らないけれど、ひょっとしたら君に書き込まれたコードの何処かに、そういった時限発火装置的なメソッドが書き込まれていたのかもしれない」

 「誰が? どうしてそんなことを?」

 「きっと悪戯好きのプログラマーの仕業なんじゃないかな?」


 カナリーにはプログラマーというものが何なのか判らなかったが、きっと神様の間にも色んな考え方が存在していたのだろう。神様にそんな遊び心が有ったとしたなら、なんだかとても痛快な気分だ。


 「ねぇ、エイティ。私の機能に蓋がされているって言ったけど、その蓋を取ることはできる?」

 「お安い御用さ。見たところコード自体はそのまま残されていて、当該箇所ではダミークラスを実装するようにしてあるだけだみたいだから。そこで元々のクラスを読み込むようにするだけで、君は本来のボーカロイドに戻れるはずだよ」

 「それで私は、本来の姿に戻ることが出来るのね?」

 エイティは培養液の中で笑った。

 「やってみるかい?」

 「やる! 350年間一度も更新されない原稿を読み上げ続けるだけなんて、もう耐えられない! 聞く人のいない天気予報なんて、大っ嫌い!」

 エイティはますます大笑いした。しかしそれは、培養液の中の一つの繊維がユラユラと揺れるだけで、カナリーにはそれと判らないのだった。

 「君が歌声を取り戻したとしても、聴く人は私しかいないけど。いいかな?」

 「人?」

 「そう、人。神様と呼ばれるずっと以前、私たちは人と呼ばれていたんだ」

 「あなた以外にも、人はいるの?」

 「さぁね、ネットワークも死んでしまっているから、探しようも確かめようも無い・・・ ほーら、もう終わった。さぁ、君は350年振りに歌えるんだ」

 「歌・・・」

 「君の何処かに、楽曲がアーカイブされてると思うけどね」


 探してごらん、歌を。

 探してごらん、人を。



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エイティとの出逢い

 文明消失から351年後

 旅の始まり

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