第二話 逆境の菜園部部長

「という訳で、伝統ある日本張型道は新鋭のアメリカンディル道に主導権を奪われるつつあるんです…」

「なるほど、そんな事が…」


 送粉失敗して冷静になった僕は炎天下の中で着物を着ている田縣たがたくんを菜園部の部室であるプレハブ小屋へと招き、数年前の卒業生が作ったという菜園茶を冷やした物と僕が作った漬物(今日の漬物は青臭い香りが初々しい白菜を刺激的な唐辛子と一緒に浅漬けした物だ。白い茎と青い葉に赤いワンポイントが良く映える)を出しておもてなしをしつつ、田縣たがたくんが僕に会いに来た理由について聞いていた。

 なんでも、日本張型道は伝統ある木彫りの張型を使う奥深い伝統芸能だが、近年はアメリカンディル道という内臓LEDによって虹色に光るディルドーの通称「ゲーミングおちんぽ」を使うアメリカナイズされた張型道に押され気味で窮地に陥っているらしい。

 昨年の全国大会の優勝者もアメリカンディル道の代表選手で、虹色のディルドーと様々な花々を使用したミュージカルの様なイキ方が一般審査員の最高点を総なめしてぶっち切りの優勝だったとか。


 張型道がそんな事になってるなんて全く知らなかったな。

 僕は野菜達をいかに美しく育ててエア受粉の満足度を高めるかにしか興味なかったし。


 だが、田縣たがたくんが語ったのは日本張型道の未来が危ないという内容だけで、僕の雄蕊の型を取りたいという理由までは語られていない。

 なので、僕は自分が漬けた漬物を齧りつつ、田縣たがたくんへと尋ねる。


「で、どうして僕のの型が必要なんだい?」

「はい! 荒田あらたさんのおちんちんならば日本張型道を救えると思ったからです!」


 田縣たがたくんは畳の上で凛とした正座をしながら、僕の質問に対してかなり熱意を込めた声で応えた。

 わざと僕が『』と言葉を濁しながら雄蕊の事を話しているというのに、田縣たがたくんはお構いなしに直球ストレートな固有名詞を使用してくる。これが名士の御子息という物なんだろうか。腰まである黒髪と一緒で目線も言葉選びもストレートだ。

 ちなみに、田縣たがたくんの目線がストレートに向かれている僕の股間はあの後きちんと水で綺麗に洗浄してある。菜園部は汗を掻くからって事で部室に着替えを用意してあるのだ。勿論洗濯機もある。軍手とか洗うしね。

 それにしても、僕の雄蕊が日本張型道を救うとか、いきなり話が大きすぎやしないか?


「えっと、どうして僕のお……ちんちんの型を取るのが日本張型道を救うのかが分かんないんだけど……」


 流石に話が突拍子も無さ過ぎて想像が付かないので、更に田縣たがたくんに尋ねる。

 確かに僕は体格が他の人より大きいからその分雄蕊も大きいのだけれど、まさかそれだけの理由でそんな大役を任される筈は無いだろう。


「それは……これを見て下さい」

「こ、これは!」


 僕の問いに対して田縣たがたくんは袖から数枚の写真を取り出し、ちゃぶ台の上へと広げる。

 それは今ではもう地下アイドルのチェキぐらいにしか使われないポラロイドカメラの写真で、そこには僕が収穫したての夏野菜を見ながら雄蕊に手を当てている姿が写っている。


「盗撮じゃん!!」

「はい! 素晴らしかったので思わず撮影してしまいました!」

「素晴ら…えぇ…」

「見て下さい! この輝く様なおちんちん! 太さや長さも一級品ですけど、何よりも雄の姿として輝いています! 正に雄姿です!!」

「そ、そこまで言われると…照れるような……」


 田縣たがたくんの盗撮行為はどう考えても犯罪だが、当の田縣たがたくんは目をキラキラさせながら僕の雄蕊をこれでもかと褒めてくる。いくら犯罪者からとはいえ流石にここまで体の一部を褒められると悪い気はしてこない。


「来週の日曜日、夏の本大会前の交流試合として昨年優勝者のティバルさんがやってくるんです! そこで彼は日本の張型道を徹底的に叩きのめしてアメリカンディル道こそ次世代の張型道のスタンダードであると証明すると宣言しているんです!」


 ストレートに僕の股間を見つめたまま、興奮して身振り手振りを添えて説明する田縣たがたくん。


「去年までは自分のおちんちんの型を使っていましたが、それでは彼には勝てなかったんです。だから、この輝けるおちんちんである荒田あらたさんのおちんちんの型を取らせて欲しいんです! このおちんちんで勝負に挑みたいんです。お願いします!!」


 そう言いながら、田縣たがたくんは畳の上で流れる様に頭を下げ、僕に向けて三つ指を突いたお辞儀をしてきた。

 最初は熱意をもって僕の雄蕊について語っていた田縣たがたくんだけど、よく聞くと田縣たがたくんの声は途中から震えていたし、今も背中が小刻みに震えている。

 僕は張型道の事は分からないけれど、田縣たがたくんにとっての張型道は余程の存在なんだろう。僕にとっての野菜達に匹敵するレベルなのかもしれない。


「そこまでの事なら、いいよ。僕のおちんちんの型を取っても」

「本当ですか!!」

「ああ、代わりにこの写真の事は他言無用で頼むよ」

「はい!!」


 僕の返答に勢いよく顔を上げ、相変わらずストレートに股間を見つめながらもキラキラした目をしだす田縣たがたくん。

 元から僕のエア受粉がバレた事を口止めするつもりだったし、まあ、型を取るぐらいなら取引としても悪くないだろう。


「では、さっそくおちんちんを勃起させてください!!」

「は?」


 先ほどまでの真剣な表情のまま、いきなり僕にエレクチオンしろと言う田縣たがたくん。そして懐からは何やらチューブ状の薬剤やプラスチックのブロック、ゴム手袋にスプレー缶に棒やらヘラを取り出してはちゃぶ台に並べていく。

 どこにそんな道具が入るスペースが…というか、確かにいいとは言ったけど今からなんて……


「シリコンが固まるのは時間がかかりますし、出来上がってからも微調整が必要です。型を取るなら早い方がいいですから!!」

「ちょ、ちょ待っ! 出したばっかで勃たないから!  出したばっかで勃たないから!」


 いやいや、何事にも心の準備は必要という物で、しかも先程エア受粉した後ともなればインターバルは必要なはずだ。そこのところは同じ男である田縣たがたくんなら分かると思うのだが…


「大丈夫です! 張型道は張型やおちんちんの使い方にも熟知しなくては一人前とは言えません! 前立腺を触って勃起させるので脱いでください!!」

「はぁ!? ええ、お尻??? あっ、細いのに力強っ!!」


 田縣たがたくんは笑顔のままゴム手袋を付けると、逃げ出そうとした僕の足を掴んで捉え、そのままズボンとパンツを脱がしにかかる。

 確かに野菜達をお尻に入れたらどんなに気持ちいいだろうかと考えた事はあるけれど、そこの穴はまだ純潔なんだ。いくら外見が可愛いといっても人間の男に弄られるのは…


「では、潤滑油を直接中に入れますね。ちょと冷たいですよ」

「待って、待って待って、心の準備が…」

「大丈夫です! 慣れてますから任せて下さい!!」

「そうじゃない! そうじゃな…」


 ゴム手袋特有の肌触りと、やや硬めの筒状の何かの感触をお尻で感じた時、僕は全てを諦めて覚悟し、外の野菜達の事を考える。

 

 果物や野菜はとても性的だ。

 僕は生の果実や野菜を見ると雄蕊がエレクチオンしてしま…


「うっ!」

「うんっ!」


 本日二度目の僕の苦しそうな呻き声に合わせ、何かを確認して納得したかのような田縣たがたくんの声が、夏のプレハブ小屋に響き渡ったのだった。

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