第3章

 コミューターが目的地に到着した。デイパックを肩にかけ、降車する。

 風が吹いている。郊外の森に囲まれた住宅地。木々の梢を風が渡っていった。寒くもなく、暑くもないほとんどの人が快適と感じる温度に調整されたコロニー特有の気候だ。空の高いところに白い雲がいくつか浮かんでいる。

 目の前にあるのはわたしの記憶よりも大きくなった植え込みに囲まれた生家いえ。道路からドアに歩みを進める。家がわたしを認識して記憶通りの声で声をかける。

「お帰り、エイミー」

「ただいま、サマンサ」

 ドアが開く。

 玄関ホールも記憶のままだ。

 キッチンもリビングもいつでも生活できる状態に保たれている。さすがはママが鍛えたハウスキーパー。サマンサは優秀だ。

 だが人の気配も生活感もない。ここにはもう誰もいない。誰もわたしを待ってはいないことは判っていたはず。

 二階に上がり、自室に入る。

「サマンサ、窓を開けて」

「はい、エイミー」

 心地よい微風が部屋を抜けていく。

 クローゼットを開きデイパックの中の衣服をしまおうとしたわたしはあの白いワンピースがあるのに気づき、固まってしまった。

 ああ、どうしようかな。着てみる? いや、やめておこう。10年近く経って17歳の誕生日プレゼントのワンピースが着れるとは思えない。このワンピースは戦死した両親と最後に過ごした誕生日の大事な思い出だ。


 夜の帳が降りる。ダイニングの窓を開け放つ。

 サマンサが用意してくれた夕食を食べながら、サイドボードに眠っていたウィスキーをロックで飲む。

 ふう、ため息が漏れる。今さらだが、よく帰ってこられたものだ。

 連合の攻勢は撃退できた。だが、あの作戦で艦隊が展開するための時間稼ぎに遅滞戦闘に投入された戦闘艇戦隊、機動艇戦隊はことごとく壊滅的な損害を受けた。わたしの所属していた5422戦闘艇戦隊も例外ではない。

 自力で母艦まで辿り着いた艇は戦隊長とほか2艇だけ。わたしのようにコックピットカプセルで漂流中に救難艦に回収してもらえたものも5人だけ。ほかは全員未帰還となった。損耗率87.5パーセント。

 第5軍管区司令部は5422戦闘艇戦隊のような壊滅的な損害を受けた部隊を再建する代わりに各戦闘艇戦隊、機動艇戦隊の戦闘可能な生存者をかき集めていくつかの集成部隊を作る方をえらんだ。

 わたしは中途半端な代謝抑制の副作用が大きく入院加療が必要と判断され傷病扱いとなった。かるい戦闘神経症の症状も出ておりリハビリとカウンセリングを経て退院。戦闘任務復帰前の傷病休暇が許されここに居るというわけだ。

 一週間後、この休暇が終わって軍医が任務に堪えられると判断したらわたしもどこかの集成部隊に合流となるはずだ。


 …もう一度、この生家いえに還ってこられることはあるだろうか。


(終)

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もうひとつの光の華 小田 慎也 @s_oda

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