第2章(その5)

「入れ」

 ぶっきらぼうな口調で応えがある。

 わたしは中隊長執務室のドアを開けると士官学校で叩き込まれた動作で敬礼を行い着任の申告を行った。

「レイニー少尉、本日付を以て第5422戦闘艇戦隊、ブラボー中隊に配属を命ぜられました」

 デスクの上に行儀悪く足を投げ出して一人の男がディスプレイをいくつも周りに表示させながら事務作業を行っていた。よくあんな姿勢で作業できるものだ。

 その男の階級章は大尉の物だった。では、この男がわたしの上司になるのだな。男はわたしをギロリと睨みラフに答礼。

「ブラボー中隊長のブラウン大尉だ。着任を認める」

 敬礼していた手を下ろし、両手を腰の後ろで軽く合わせながら、足を肩幅に開く。

「サンキュー、サー」

 士官学校の助教のベテラン下士官にだって文句をつけられない完璧な動作のはずだが、目の前の大尉は特に感銘を受けたふうでもない。

「配属小隊はマッケイ中尉に聞け。この時間なら士官クラブにいるだろう」

「イエス、サー」

「ああ、一つ言っておく」

一旦、言葉を切ると、さらにけだるげに、バカにしたような口調で続けた。

「少尉、士官学校で習ったことは忘れろ。ここは辺境の前線だ。ここにはここのやり方がある。お上品な中央星域の常識が通用するとは期待するなよ」

 わたしは呆気にとられながらも体は士官学校で叩き込まれた対応をしていた。

「イエス・サー」

 だが、彼はそれを不満の現れととったらしかった。

「不服か?」

 わたしは慌てて応えた。

「ノウ・サー」

「なら、その人を馬鹿にしたような肩肘はった態度はやめろ。いいな、ここには、ここのやり方がある」

 そうは言われても、士官学校で叩き込まれた習慣はそう簡単には抜けない。

「イエス……、OK、大尉」

 大尉は面白くなさそうに鼻で笑った。

「…エイミー、おまえ、休暇、どうするんだ?」

 シャワーから出てきたラムレイがバスローブにくるまりながら尋ねた。わたしは乱れたベッドに寝そべったままで応えた。

「ここには大して面白いところもないし、ダイブで故郷へ帰ってみようと思う」

 ラムレイは髪の毛を拭いているタオルの隙間からじっとわたしを見つめながら言った。

「故郷へ帰る、か。やめた方が良いんじゃないか」

「なぜ?」

 わたしはなぜ、彼がそんなことを言うのか判らなかった。

「おまえ、最近の自分がどういう状態か判ってないな」

 わたしはベッドから身を起こしながら言った。

「どういうことよ」

 彼は酒を注ぎながら言った。

「何をそんなに恐がってるのか知らないが、ピリピリし過ぎだ。そんなときは故郷へは行かない方がいいんだ」

「放っといてよ。わたしは故郷の景色をわすれたくないんだから」

 ラムレイはそれを聞くと馬鹿にしたように言った。

「ふん、懐かしのわが家か」

 風が吹いている。郊外の森に囲まれたわたしの生家いえ。木々の梢を風が渡っていった。寒くもなく、暑くもないほとんどの人が快適と感じる温度に調整されたコロニー特有の気候だ。空の高いところに白い雲がいくつか浮かんでいる。

 わたしの記憶のままの生家いえ。ドアの前に立つ。家がわたしを認識して記憶通りの声で声をかける。

「お帰り、エイミー」

「ただいま、サマンサ」

 ドアが開く。

 玄関ホールも記憶のままだ。

「サマンサ、ママは?」

「キッチンにいらっしゃいますよ」

 わたしはキッチンへ足を進める。母はキッチンのスツールに座って今では珍しい紙の本を読んでいる。わたしの記憶のままの姿だ。

 リビングにつながるドアが開きコーヒーカップを持った父が顔を出す。

「おかえり、エイミー」

 ああ、わたしの記憶のままの生家いえだ、わたしの記憶のままの両親だ。

 これは夢だ。

 戦死した父と母が生家いえにいるはずがない。

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