もうひとつの光の華

小田 慎也

第1章

『機関部被弾、機関部被弾』

 致命部に被弾した。神経を逆撫でする警報。

『反応炉暴走、反応炉暴走、制御不能、制御不能。非常停止装置作動不能』

 サイドスティックの横にあるベイルアウトボタンをカバーごと押し下げる。

『脱出せよ、脱出せよ』

「デルタ01、ベイルアウト!」

 コックピットカプセルのブースター点火。戦闘艇から離脱を開始。強烈なGがかかる。時間膨張で一瞬一瞬が何分にも感じられる。コックピットカプセルのディスプレイは電力節約のため強制シャットダウン。WAP(Ware in Action Protector:戦闘時着用防護服)のバイザに最小限の情報が投影される。今にも被弾した戦闘艇が咲かせる光の華に呑み込まれそうで気が気ではない。

 ベイルアウトから3秒、ブースターのものではないGがさらに下舷から突き上げる。終わりだ。

 ………。

 ……終わってない、のか?

 ほっとしたのもつかの間、左舷に衝撃、不規則回転。コックピットカプセルの移動ベクトルが変わる。破片か何かが衝突したようだ。続く不規則回転のせいで胃がきゅっとするが空っぽで助かった。WAPの中で吐瀉したら始末に負えない。コックピットカプセルのシンカーが姿勢制御用でしかない限られた推進剤を使って回転を止めにかかる。

 まだ戦域を抜けたわけではないだろうから安心はできないが、わたしに関して言えば今回の戦闘は終わりだ。不規則回転は治まってきたし、少し余裕ができた私はようやくWAPのバイザにステータスを投影して確認することができた。

 コックピットカプセルのステータスはイエロー。下舷と左舷に損傷はあるが致命傷ではない。下舷は役目を終えた緊急射出ブースターが激しく損傷している。戦闘艇が爆散したときに噴出したガスか溶解した破片で損傷したものと思われる。姿勢制御システム推進剤の漏出はないが残量は22パーセント。これは不規則回転を止めるために使ったので仕方ない。燃料電池用燃料は左舷側タンクを喪失したため、電源残量は65パーセント。生命維持システムのステータスがイエロー。酸素ではなく、代謝抑制剤が左舷の損傷で51パーセント喪われている。救難信号は発信中。戦術リンクは切れており、周りの状況も正確な現在位置も不明。

 私のフィジカルコンディションは問題なし。不規則回転のせいでまだ少し胃がムカムカするし頭もグラグラしているような気がするが、私、エイミー・レイニー大尉は負傷なし、まだ生きている。

 戦術リンクが切れているのでよくわからないが攻撃時に宙域戦闘管制艦がばらまいたプローブは全部が排除されてはいないだろう。ならば宙域戦闘管制艦も母艦もある程度は状況を把握できているはずだ。

 敵の艦隊が転移して戦域から移動すれば、母艦に随伴している救難艦が来てくれることを期待できる。デブリが多すぎるから直接この戦域に転移してくることはないだろうが、戦域近傍に転移して救難艇を展開してくれると思う。

 問題はそれが何時間後になるのか、わたしがそれまで生き延びられるのか、だ。

 救難メニューを呼び出す。WAPのシンカーの支援を受けながら現状の電源残量と生命維持システムのステータスで最も長時間生命を維持できるパラメータを探す。

 代謝抑制剤の残量から見て通常使用の場合は代謝抑制効果は最大11.5時間。そのあとは普通の代謝にもどる。いくら安静にしていても酸素の消費量が跳ね上がる。酸素残量から見て、もって6時間くらいか。単位時間あたりの投与量を減らし、半抑制状態に留めれば28時間。ただし、半抑制だと意識は半覚醒みたいな状態で残るし酸素の消費量も代謝抑制時よりは多いから代謝抑制剤の終わりと生命維持の終わりはニアリーイコールになる。まあ、覚醒した状態で酸素切れで苦しんで死ぬより、半覚醒の夢うつつみたいな状態で死ぬ方がマシかな。

 半抑制状態を選択。半抑制状態を長時間続けることに対する警告メッセージが出る。そんなことは生還してから考えれば良い。かまわず続行を指示。

 WAPから代謝抑制剤が投与される。

 呼吸が次第にゆっくりになってくる。心臓の鼓動も間隔が開いていくのが判る。

 去来するのは夢か妄想か思い出か…。

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