第15話 Baby love(15)

父は



赤ん坊だった自分にこんな感情を抱いたりしたんだろうか。



子供を持つことに全く向いていなかった父は



物心ついたときから



ほとんど家には帰らなかった。



たまに帰ってきては、気に入らないと母や自分に手を上げた。




こんな父親なんかいなければいいのにって



ずっと思っていた。




それでも翔を見ていると



ありえないほど自分の中の『父性』が湧き上がってくるのがわかる。



それは自分だけの子供ではなくて



自分と萌香が家族として一緒になって



初めてその『証』ができた気がして。



この子を立派に育てることが自分たちの最大の仕事だ。




父と自分が違う所はひとつだけある。



父は思いがけず自分を妊娠した母親と仕方なく結婚した。



でも。



自分はそうじゃないって



自信を持って言える。




すると携帯が鳴った。



たぶん萌香からだろう、と思い翔を抱っこしながら手にすると




「え、もう帰ってきているの?」



彼女の驚いた声がして笑ってしまった。



「まあ、土曜日だから。 いつもより早く帰ったけど、」



「仕事は大丈夫なん?」



「大丈夫だって。 そっちこそどうなの?」



「まあ、何とか。 志藤取締役が頑張って広告代理店と大阪支社の責任者の間を取り持って・・」



「そう。 良かった、」



「翔は?」



「今ミルクを飲ませたよ。 昨日はゲップをさせようと思って全部吐いちゃって。 大変だった。 おれ疲れて夕飯食う気なくなったし、」



ふっと笑った。



「えー、ほんま???」



「大人が吐くってスゲーことだけど。 赤ん坊は平気で吐くな。」



斯波の言葉に今度は萌香が笑った。



「あたしも。 最初は病気なんじゃないかってびっくりしちゃった、」



「萌は。 なんも言ってくれないから・・」



「え、」



「そうやって翔のことで心配したことだとか。 もっともっとおれに不安なことも言ってくれたらよかったのに、」



「清四郎さん、」



電話の向こうの斯波が



すごく優しく微笑んでくれていることがわかった。



「ひとりで赤ん坊の面倒見るって本当に大変なんだなって。 すごくわかったし。 きっとすぐに大きくなってしまって、手が掛かるけどこの時期はもう戻ってこないと思うと寂しい。」



彼がこんなにも



子供に対して愛情を持ってくれているとは



正直思っていなかった。



「ふたりで。 頑張ってやっていこう。 おれに遠慮なんかすることないから、」




「・・うん、」



萌香は斯波の大きな大きな愛情を電話越しの声で痛くなるほど感じていた。



が。




この夜は一度寝たはずの翔が、夜中になっていきなり泣き出した。



オシメもとりかえ、ミルクも飲ませてみたが



もう全く泣き止まない。



どっか、悪いんだろうか・・



斯波はいきなり不安に包まれた。

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