青い

岡村丁寧

第1話

蝉の鳴き声が暑さを助長している。この季節になると蝉の鳴き声は車の音や室外機の音と同じように都会の喧騒の一部となる。しかし公園のベンチに腰掛けて耳を澄ますと蝉の個性を知覚できる。各々のピッチで各々のスパンで鳴いている。この鳴き声はアブラゼミだろう。ジリジリと鳴くのはアブラゼミだと登山が趣味の祖母に教えてもらった。かれこれ一時間程座っている。特に何をする訳でもなく唯目を瞑って座っている。僕はこの公園中の蝉が鳴き止む瞬間を待っている。その瞬間に流れる小さなメロディを探している。



大学生になってから二度目の夏休みを迎えた。一ヶ月半以上の長期休暇とはいえ遠出する資金も気力もない。ただこうして自宅と公園の往復を繰り返している。自宅周辺は人通りが少ないので会話はおろか、人の声を聞くこともない。以前は脳内で自分の思ったことが自分の声で再生されていたが速読をマスターしてからはそれが無くなって、とうとう人の声に全く触れなくなってしまった。こんな生活が続けば会話をする機会に遭遇した時に声が裏返ってソプラノになってしまうのではないかと少し不安になった。



夏休みが始まってから一週間が経過した。一応早寝早起き朝ごはんという夏休みの目標を立てたが、そもそも朝ごはんを食べる習慣がない為初日で挫折した。一人暮らしを始めた頃は朝昼晩と毎食ニトリで買った新生活セットには含まれていたピカピカのフライパンを使って調理していた。クックパッドを見返すと一年前の自分が当時作った料理のレシピを丁寧に保存していて微笑ましかった。今は夕飯に卵焼きを作るくらいで、あとは適当に腹が減ったら米を炊いて納豆ご飯にして食べる。その方が食費も抑えられるし手間もかからないと気付いてしまった。

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