第5話 わたしの家に来る、っていうのはどう?

 「うーん」

 教子のりこさんは、そのひらぺっちゃい顔で、唇をとがらせて見せた。

 顔を上げて小さい目で菜津子なつこを見る。

 「国語だけ点が低いね。それで判定がB。なんで?」

 「二百字書く文章の問題で点が一桁だったのと、あと古文が点が取れなくて」

 「あぁあぁ」

 教子さんは顔を上げてから、右手を顔の横で中途半端に振る。

 「あの二百字問題ね。あれ、予備校の採点と大学の採点、ぜんぜん違うから。さっきの聖菜せな先生が予備校の採点基準と解答例見て、こんなの三分の一も取れてない、って言ってたことがあるから」

 「あと、ですね」

 菜津子はなぜか急いで言わなければと思った。

 「数学が時間切れで、二問解いて、あと一問解ければ、と思ったんですけど」

 「文系だと平均一問正解プラス別の一問が部分点で標準、ってところかな」

 教子さんが言う。

 「四問のうち三問解ける気概きがいがある、ってことは、ここの大学受けるにはアドバンテージだよ」

 教子さんは唇をストローから放して菜津子に笑いかける。

 その蛍光ピンクっぽい薄い唇がきれい。

 「それで、倉野くらのさんは予備校か塾とか、通ってるの?」

 「あ、いや、それが」

 教子さんに隠すのは意味がない。菜津子はなぜかそう思った。

 「家庭教師の先生に習ってたんですけど、その先生、お母さんが辞めさせてしまって」

 「何か不都合でも?」

 それは。

 そうきくよね。

 「わたしの成績が上がらなかったって理由ですけど」

 菜津子は、顔をせて、上目づかいで言う。

 「お母さん、先生がうちに来てくれるのがうっとうしかったみたいで。いちいち相手しなければいけないのが。お母さん、そういうの、苦手で」

 この説明で問題はないはず。

 「じゃあ」

と教子さんが晴れ晴れと言った。

 「倉野さん、家、遠い?」

 なぜそんなことをきかれるのだろう?

 正直に答える。

 「いいえ、岩倉いわくらやまですけど」

 「じゃあ、電車で一本じゃない!」

 教子さんの蛍光ピンク的な唇がゆるむ。

 「じゃ、倉野さんがわたしの家に来る、っていうのはどう? ああ、わたしのうち、ここの大学の近くだけど」

 「へっ?」

 なぜ、菜津子が?

 「わたしの家」に?

 その前に、「わたしの家」って?

 「だからさあ」

 教子さんはストローを引っ張り上げると、ソーダフロートにちょいっとさし直して、言う。

 「わたし、菜津子ちゃんの家庭教師やるけど、だめ?」

 「いや、その」

 きれいにしたはずの肌に、どっと汗が出た感覚がした。

 教子さんが?

 菜津子の?

 出会ったばっかりだし、春陽しゅんよう大生の家庭教師なんて、破格すぎる。

 いくら春陽大を受けるとしても。

 「だからさあ」

 教子さんは身を乗り出した。

 「来年の三月まで家庭教師と生徒の関係で、四月からはおんなじ大学の一年生と三年生。それでいいじゃない?」

 教子さんは、そう言うと、スプーンをとってアイスクリームをすくい取り、自分の口に持って行こうとする。

 でも、それが唇につく手前で、動きを反転させた。

 菜津子の前に、とけかけたアイスクリームのったスプーンを突き出す。

 「食べる?」

 言って、教子さんは笑った。

 笑うと、頬の上のほうが盛り上がるのが印象的だ。

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