たまごの鍵
碧衣 奈美
第1話 竜のたまご
「へへ、いたいた」
ゲノビスは求める獲物を発見し、たるんだ頬の肉を震わせながら笑った。
「おおっ。すっげぇ、兄貴。腕は衰えてないっすね」
バンボダが、自分より一回り以上年上の仲間にごまをする。最近太り気味のゲノビスとは対照的に、枯れ枝のように細い。
だが、どちらの目付きも「いい人」からかけ離れている。口の周りの無精ひげで、さらに悪人感が増していた。
この二人の男は、密猟者だ。
珍しい植物が生えていたり、狩りが禁止されているエリアなどに入り込んで採取、捕獲をする犯罪者である。
密猟者と呼ばれる彼らのような
ゲノビスとバンボダは、メルーカの森へ来ていた。この森の奥に棲んでいる竜が目当てだ。
竜の居場所というものは、はっきりとわかるものではない。あの森に、あの山に棲んでいるらしい、とおぼろげながら知っている人達は少なくないだろう。
しかし、あの山の頂上にいる、などと明確に言えないのが普通だ。
竜と交流を持つことができ、居場所を知る人間もたまにいる。だが、彼らは竜がどこにいるかをぺらぺらしゃべることはない。竜が静かに暮らすことを望んでいる、と知っているからだ。
しかし、そんな人達に聞かなくても、腕のある魔法使いならもっと細かく場所を限定し、探し出すことができる。強い魔力の反応がある場所を、魔法で見付け出せるのだ。
そして、ゲノビスは魔法を使うことができた。
もっとも、魔法使いというのは、助けを求める人間や妖精のためにその力を使う者のこと。そういう定義で言えば、ゲノビスは魔法使いではない。
魔法を使って犯罪に手を染める、魔法使いくずれという
しかし、くずれが魔法で悪事を働いても、捕まらなければ魔法を使った者勝ちだ。
ゲノビスは自分の懐を暖めるために、魔法を活用しているのである。彼は珍しい動物や植物より、妖精を捕まえることを専門にしていた。
どの辺りに妖精がいるかを魔法で探し出し、見付ければ容赦なく捕まえる。もちろん、自分の手に負える魔力しか持たない妖精だけを狙う。
その妖精は珍しい物好きな金持ちが買い取り、コレクションに加えるのだ。
売り渡した後で妖精がどうなろうと、ゲノビスの知ったことではない。自分達は闇ルートの仲買人、もしくは金持ちに直接渡して高額の金さえもらえればいいのだ。
そんな彼に、ある金持ちから依頼があった。
よりにもよって「竜の子どもがほしい」と言うのである。
最初は何を言い出すのかと、さすがのゲノビスも思った。
竜の魔法力は、半端ではない。たとえそれが子どもであっても、相当な年季を重ねた魔法使いが対抗できるかどうか、と言われるくらいだ。
妖精くらいの魔法なら、相手の隙を突いてしまえばどうとでもなるが、竜は隙を突いたくらいでどうにかなるものではない。何かする前に、こちらの命が尽きてしまう。
最初は断ろうとしたゲノビスだが、依頼主の提示する金額に心が揺れた。五十を超えたゲノビスが、残りの人生をゆっくり遊んで暮らせるだけの金額なのだ。
さらに相手は「たまごを持ち帰り、それが孵化すればさらに上乗せする」と言ってきた。
これを蹴るのは、あまりにももったいない。
ゲノビスは以前組んだことのあるバンボダに声をかけ、今回の仕事を持ち掛けた。
この仕事は、いくらなんでも自分一人では無理がある。それに、いざとなれば自分の「身代わり」も必要になるだろう。逃げる時のいけにえが。
報酬は低く伝えておいて、八割以上自分が取るつもりでいる。
それでも、普段より割のいい仕事とあって、バンボダは喜んでついて来た。
問題はここからだ。
請け負ったものの、そう簡単に竜は見付からない。竜の方でも魔法使いに見付けられることを想定し、うまく気配を隠すことが多いのだ。
竜を探そうと魔力を使いすぎ、何度も頭がくらくらする。自分の人生で、ここまで魔法を使うことに没頭したことはなかった。
疲れすぎてやめようか、という思いが、もうろうとなりかかった頭によぎる。
だが、成功した時の手に入る金額を頭に思い浮かべ、ゲノビスは必死に探した。
単なる竜では意味がない。と言うか、捕まえられるような相手ではない。依頼は竜の子ども、もしくは竜のたまごだ。
困難を極めるかと思われたが、ついに運よくそれらしい気配を見付けられた。
まっとうな魔法使いがそれを知れば、そんなことができるくらいの能力があるなら、ちゃんとした仕事をすればいいのに、と思うだろう。
きっと賞賛され、
だが、ゲノビスは賞賛などどうでもいい。ほめられても、腹はふくれないから。金が一番なのだ。
だいたいの場所が判明すると、すぐに二人で竜がいるとわかったメルーカの森へ向かう。宝の山を目指す気分だ。
苦労してかなり奥まで進み、そして……獲物がいるのを見付けた。
周囲の木より何倍も太い大木のうろに、草を敷き詰めて作った巣。その中で、長い身体の竜がとぐろを巻くようにしておさまっている。
薄い緑の身体を丸めた中心部分に、親の身体より薄い緑のたまごらしき物が見えた。まさに温めているところなのだ。
「さて……あとは眠ってもらうだけだが」
まともに盗みに行ったとしても、相手は竜だ、すぐに気付かれるだろう。そうなれば、無事では済まないはず。人間対竜の勝負なんて、する前から結果は見えている。
だったら、そうなる前に相手を「戦闘不能」にすればいいのだ。
ゲノビスは、竜を眠らせるつもりでいた。殺そうとしても、余程うまく急所を一突きしない限り、人間に勝機はない。そんなことは、竜という存在を知っていれば、子どもだってわかること。
だが、眠らせるくらいなら、非力な人間にもできるはずだ。
竜だって、全く眠らない訳ではない。眠っている間なら、やって来た人間をどうこうする力は出せないだろう。
問題は、どうやって竜を眠らせるか、だ。
近付くことはできないから、睡眠薬を飲ませたり注射したりはできない。魔法による催眠も、魔力の強い竜が相手では効果は望めないだろう。
そこで、バンボダの出番だ。
彼はこれという取り柄のない男だが、弓はうまい。その点で、ゲノビスは今回の仕事仲間にバンボダを選んでいた。
バンボダが眠り薬を塗った矢を竜に放ち、それが当たれば後の仕事が楽になる訳だ。
しかし、ただ矢を放てばいい、ということにはならない。注射できないのは竜に近付けないから、という理由もあるが、近付けたとしても竜のウロコが硬いので針が刺さらないからだ。
目を狙っても、恐らく今彼らがいる距離では射抜くことは無理だし、いくら竜でも目を傷付けられれば眠るどころか暴れるだろう。
動き方によっては何のとばっちりが来るかわからないし、その身体でたまごをつぶされては困る。お宝を竜に奪われるなんて、冗談じゃない。
矢で狙うのは、口だ。いくら竜でも、口の中までウロコに覆われてはいないだろうから刺さる、とゲノビスはみた。それをバンボダにさせるのだ。
魔法で自分達の気配を消し、二人は竜がわずかでも口を開くのを待つ。
「口、閉じてるっすねぇ……」
「焦るな。大金を手にするためだ」
実のところ、ゲノビスもいらいらしているが、バンボダにいらいらされては困る。彼がうまく矢を命中させてくれなければ、どうにもならないのだ。失敗し、竜に見付かれば命に関わる。
半日近く、草むらに隠れて見張っていたが、やがて竜がかすかに口を開いた。人間で言えば、小さな溜め息をつこうとしたのか、あくびをしかけたのか。
とにかく、突き出た口が開きかけたのだ。
「よっしゃ」
ずっとそれを待っていたバンボダは、つがえて準備していた矢を竜に放った。矢尻に眠り薬が塗られた細い矢は、狙い
念のために数本用意していた矢をまたつがえ、バンボダは再び竜に矢を放った。その矢も、暗い口の中へ。
いくら細い矢とは言え、異物には違いない。人間にとっての魚の小骨みたいなものだろうが、竜にとっても不快なもの。きっと、どうしていきなりこんな痛みが出たのか、混乱しているだろう。
早くその痛みの元を取りたいと考えたのか、竜は頭を大きく左右に振る。勢いで振り払い、取り除こうというのだろう。
そうしていると二本のうち、一本の矢は口から飛び出たのが見えた。
「今の矢が刺さっていたかどうか……だな」
「口に入った以上は、薬がどこかに付いてるはずっすよ。それなら、そのうち寝ちまうんじゃないっすか?」
「だといいがな」
竜は何度も頭を振るが、もう一本の矢が吐き出された様子はない。もし刺さっているなら、バンボダの言う通り、そのうち薬の効果で眠るはずだ。
買って来た薬は即効性があると書かれていたが、竜の身体は大きいからさすがにすぐとはいかないだろう。
二人は、もう少し様子を見ることにする。
やがて、竜の頭を振る動作が
「へへ、どうやらお昼寝の時間のようだ」
「昼寝にしては、遅い時間っすけどね」
二人は木の陰に隠れながら、竜の方へと近付いた。竜が人間に気付き、頭を持ち上げることはない。
注意しつつ、すぐそばまで来たが、やはり竜が動く気配はなかった。
「よし、今のうちだ」
竜が抱いているたまごのそばへ近付き、ゲノビスは人間の頭程もあるそれを持ち上げた。ずしりと重い。竜がどれだけの日数で孵化するのか知らないが、これならそう遠くない将来には子どもと会えそうだ。
ゲノビスはにたりと笑う。
「ちょっと持ってろ」
ゲノビスはたまごをバンボダに渡す。そのたまごに手をかざしながら、呪文を唱え始めた。
魔法使いではないバンボダにはわからないが、盗んだ後でゲノビスがたまごに魔法をかけることは、あらかじめ聞いている。
呪文が終わると、ゲノビスはポケットから鈍い銀色の鍵を出した。その先端を、鍵穴もないのに、たまごに突き刺す。その鍵を回すと、かちゃりと音がした。
「よーし、これで横取りされなくなったぞ」
悪人そのものといった表情で、ゲノビスはまたにたりとする。
ゲノビスがたまごにかけた魔法は、結界だ。たまごを見えない箱に入れたようなもので、さらにはその箱に魔法の鍵をかけたのである。
通常の結界であれば、魔法使いでも竜でもそれなりに力のある妖精でも解ける。だが、この結界はそれができない。鍵をかけたので、その鍵で開けなければ「結界」という箱が開かないのだ。
そして、その鍵はゲノビスが持っている。もし、彼らの行為を誰かが見ていて、たまごを取り返す、もしくは横取りしようとしても、ゲノビスが持つ鍵も一緒に奪わなければ結界は解けないのだ。
箱に閉じ込められたたまごは、自分で外へ出ることができない。つまり、孵化できないのだ。
たまごから出られなければ、当然ずっと中にいることになる。しばらくはそのままでいられても、食事も何もできないので時間が経てば衰弱してしまう。さらにそのままであれば、やがて死に至る。
たまごを手にしているのが親である竜であっても、ゲノビスの鍵がなければ子どもを助けることはできないのだ。
もっとも、ゲノビスは親の竜のことなどどうでもよかった。もし自分の依頼主が他の密猟者にも同じ依頼をしていたら、ということを彼は考えたのである。
相手は竜だ。ゲノビスにはうまくやれないのでは、と考えた依頼主が他にも手を回しているかも知れない。
そうやって依頼された人間が優秀なら、自力でたまごを得る方法を考えるだろう。魔法が使えれば、ゲノビスと同じように魔法で竜の居場所を探り出すこともできる。
だが、ゲノビスレベルの人間であれば。自分は安全な場所にいて、金だけを手に入れよう、と考えるのではないか。
自分ならそうするだろう、とゲノビス自身がそう思った。
冗談じゃない。竜のたまごは俺のものだ。苦労して探し、手に入れた物をむざむざ取られてたまるか。
竜を探しながらゲノビスはあれこれ考え、その依頼をされた人間がこのたまごを横取り……つまり報酬を横取りしたりしないよう、こんな方法を使うことを思い付いたのだ。
「よし、長居は無用だ。さっさと逃げるぞ」
「おう」
二人は竜の巣から逃げようとする。
その時、竜がいきなり動き出した。
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