第3話 まがい物の愛...(其の4)

 数日経って戦闘こそできないが十分に快復することができた。部屋で安静にしている間、ロベリアは毎日話しかけに来てくれた。事務的ではない人との会話というものは久しぶりでなかなか慣れなかった。時たまに変なことを言ってしまったりもしたが笑って流してくれた。嬉しかった。ただただ、人とこうして普通の話ができるのが嬉しかった。完全にロベリアのことを信頼してしまった。好きになってしまった。温かい飯、温かい風呂、温かい布団、そして温かい人の心、久しぶりに感じた温かさはアローンの心を完全に溶かしてしまった。まがい物であるにもかかわらず、アローンは気づかなかった。否、気づけなかった。

 さらに数日経ち、アローンは完全に復活した。しかし、体には謎の青い線が浮かんでいた。体内の魔力が流れるルートと一致していることから次元界魔力の影響だと思われるその線は、アローンが人間という枠組みから外れたことを示していた。

 さあ、体は万全になったことだしこれからはロベリアのために働こう、礼を返すんだ。だが、どうやって話しかければいいのだろうか。こんな形で礼をするのはいつぶりだろうか、そもそも幼少期の俺はだれかに施しを受けたことはあるだろうか。

いやいや、過去のことはいいから今どうすべきか考えろ。どうする、どうする...

足音が聞こえる、誰かがアローンの部屋に来ているが、あたふたしているアローンはその足音にきづくことができず、

コンコン

「おはようございまーす!!」

「えあっ...おはようございますおはようございます。」

急にノックされ声をかけられたもので、思わず変な声が出てしまうアローン。しかもなぜか敬語である。

「こうして挨拶するのももう慣れましたね。私の毎朝のルーティーンになってしまいましたよ。」

そういいながら、朝ご飯を机に置くロベリア。この景色も見慣れたものだ。

「朝食は今度から自分で取りに行く。こう毎日持ってきてもらっていると申し訳ない。」

そうですかと少し残念そうな顔をして部屋を出ようとするロベリアを

「少し時間をくれ。話がある。」

と引き止め椅子に座らせる。

「話っていうのはなんでしょうか?」

引き止めれたのはいいものの、なんて言い出せばいいのかわからない。

いつもならすぐに話がまとまって話せるのに、ロベリアと話す時だけはなぜかうまく話せない。

「引き止めておいて悪いんだが、話がまとまらなくてな...少し待ってくれるか。」

「大丈夫ですよ、いつまでも待ちますから。」

それから十数分この空間は静寂に包まれた。真剣な表情で悩みつ続けるアローンとそれをじっと見つめるロベリア。

重い沈黙にはっせられたひとことは

「礼をしたい。」

だった。

たったこれだけだが、これだけが彼にできる表現の限界だった。

「礼なんて、そんな...あの依頼料で受けてくれただけでも十分なんですよ。むしろお礼をすべきなのはこちらの方なのに...」

一般的に考えればロベリアの言う通り。だが十分な愛を受けず、子供のまま大人になったアローンは自分の欲求を抑えるということを知らなかった。お礼がしたいからお礼をする、玩具を欲しがる幼児と同じ。一般的解釈など通用しない。

「そういうのはどうでもいいんだ。ただ、俺はお礼がしたいんだ。俺は誰からも好かれなかった。誰からも優しくされなかった。俺の噂を知っていれば元から嫌われていて、噂をしらなくたって関わっているうちに嫌われて、善意を持って接しようとてくれた人なんて急に俺のことを嫌いになったんだ。」

喋れば喋るほど、蘇ってくる記憶。

同業者に話しかけたときは問答無用で罵声を浴びせられた。共闘したあとで普通に話しかけてきたのなんて、双剣の時の水の魔者が最初で最後だった。それ以外は助けられたくせして、口から出るのは感謝ではなく罵声。おかしいだろ。一般人だってそうだ、わざわざ冒険者、魔物から守ってやってるのに、聞こえてくるのは文句ばかり。

怪我をした俺に近づいてきて、大丈夫ですか?と言っておいて二言目は死ねなんて言われたり。そしてそんなになっても戦うことをやめない、破壊者をやめない、やめれない自分。

「だから...だから...誰も俺に優しくなんてしてくれない、誰も俺のことを好きになってくれない、誰も俺のことを愛してくれない。俺だって俺のことが大嫌いで...」

お礼をしたいという話だったが、話は完全に逸れてしまっていた。赤子のように泣きじゃくるアローンを優しく抱きしめるロベリア。

「今まで大変でしたよね、なんて簡単には言えないですけど、私はあなたを絶対に裏切りません。あなたのことを必ず大事にします。だから、泣かないでください。」

そこに愛は間違いなく存在していると信じたアローンは、泣くのをやめ今度はちゃんと

「改めて、礼をさせてほしい。」

と言った。少し悩んだ結果、ロベリアはお礼の内容をアローンが破壊者として稼いだ金を少し分ける、ということにした。

 最初は1割ほどだった。だが日に日に2割、3割、4割とその割合は増えていき、ついには全額にまでなった。それでもアローンは、愛の亡者は、それがおかしいことだとは思わなかった。むしろ、より必要とされているという満足感を感じていた。

愛など存在しない、ただ金を搾取されているだけなのに...

 そしてその日は唐突に訪れた。いつ通りに依頼を終わらせ、帰宅すると、ロベリアが知らない貴族と話しているのを見かけた。ついつい気になり、ついていくと何か話をしていた。聞かなければ愚者だとしても幸せな生活を送れていたかもしれないのに、アローンはその話を聞いてしまった。

「それで、礼の金策のほうはどうだ?」

「順調に進んでいます。どうやら完全に堕ちきったみたいで、今日ものこのこと金を稼ぎに行ってくれましたよ。キュクロプスが現れたときにはどうなるかと思いましたけど、どうやらあなたの言った通りでしたね。」

「最初は疑っていたが、私の指示にしたがってくれて感謝しているよ。これで君たちは没落貴族なんて呼ばれなくなるし、私の懐もさらに温かくなる。それに破壊者最高戦力を手に入れたも同然だ。読心を過信しているやつは虚像心理にすぐかかる。一介の貴族の娘がそんな力をもっているなど思わなかっただろうな。同情するよ...」

 ニヤニヤ笑う男とロベリア。何が起きているのか、理解したくなかったが理解してしまった。ヤサシサナド、アイナドサイショカラソンザイシナカッタ。

「ロベリア、お前は俺を騙していたんだな。せっかく見つけれたと思ったのに。」

空気が凍る。

「アローンさん、いつからそこにいたんですか?勘違いですよ!!ねぇ?」

「ああ、勘違いだ。俺は別にロベリアに指示してお前から金を巻き上げようなどとは...」

「ちょっと何言ってるんですか?」

ひきつった笑顔で、冷や汗だらだら、明らかな動揺。これのどこを信じろと?なにが勘違いだ?ずっと騙してたんだろ?こいつら、いや、こいつらに関係する人間はミナゴロシダ。死ね。くたばれ。魂ごと破壊してやる。

「死ぬ前の一言は?」

涙の伝った顔に悲しみの表情は見て取れず、ただ殺意の籠った瞳が彼女たちを見つめている。

「死ぬ前ってちょっと待ってください!!私はこいつに脅されて...」

「お前それはなしd...」

グチャリと男の顔面は潰され、キャーーーッ!!という悲鳴が響き渡る。

さっきまでのにやけた面が嘘だったかのようにその顔は恐怖の色に染まっている。

「お願い、殺さないで、本当に私はあなたのことを愛しているの!!土下座でも、靴を舐めるのでもなんでもするから、だから殺さないで。」

「そうなのか、なら許す。」

「本当に?よかった...」

やっぱりチョロいわね、この金づる。

「『やっぱりチョロいわね、この金づる』と。虚像心理はどうした?」

まさか、焦ったせいで虚像心理が!!まずいまずい、どうすれば逃げ切れるの?

「人間は死を前にして変われる奴と変われないやつがいる。普通そういう時は助かった~とかだろ?なんだよチョロいって。言わなくとも分かると思うがお前は前者だ。」

「やめてっ!!」

命乞いの意味はなく、怒りの鉄槌が振り下ろされる。

頭部のない死体が仲良く横たわっている。クズ同士お似合いだ。

 見たか?「僕」。俺を愛してくれる人間なんて存在しないんだよ。もう二度と騙されない。お前は死ね。「誰かひとりを探す」なんてこんな簡単な訳がないだろう。

持て余すほどの怒りを原動力にアローンはロベリアに関連する貴族を殺しまわった。怒りが消え去ったときには、破壊者としてあるまじき行為を行ったとして指名手配されていた。それと同時に今までの自分の行動を振り返っていた。意味もなく戦い続け、なにか得られたものはあったか?なにもない。ほしいものは手に入らなかった。この力に意味はない。もう生きるのは疲れた。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。シニタイ!!

「死ねぇぇ!!」

自分の腹部に剣を突き立てるが、謎の力によってその刃はアローンに届くことはなかった。

『サガシモノガミツカルマデオマエハシナセナイ。』

寿命が来るまでじゃなかったのかよ。自殺したってそれは寿命だろ?今さら追加条件なんてふざけるなよ。

何度も何度も自分に刃を付きたてようとしては阻まれ、かろうじてつけれた傷は少し肉がえぐれた程度で死へはほど遠いものだった。勝手に肉体も修復され、醜い傷跡が増えるばかり。限界突破系のダメージは回復しないくせにこういう時は勝手に治る。めんどくさい仕様だな。

 破壊者がダメなら冒険者しかない。といってもあちら側でも俺は指名手配と同様かそれ以上に警戒されている。とりあえず目的地はアグレド。冒険者となって、サラセニアを破壊してやる。そうすればこのやり場のない怒りも少しは収まるだろう...。

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虚像心理

対読心のためだけに作られた自分の心理を思い通りに相手に読ませる魔法。相手の技量、魔力に関係なく読心に作用する。

実像心理

対虚像心理用の魔法。技量、魔力が高ければ虚像心理を打ち破れる。

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