第46章−1 異世界のチョコプレートは容赦ないです(1)

 ことのはじまりは……今日は天候がとてもよいので外の空気にあたりながらお茶などいかがですか。

 ……とフレドリックくんに勧められて、オレはバラの花が咲き誇る庭園のガゼボに案内された。


 そこではすでにお茶の準備がなされていた。


 そこまではわかる。

 リニー少年はとっても優秀だからね。


 だが、ガゼボの中では、ひとりの青年が立ったり、座ったり、ソワソワしながらオレたちの到着を待っていたのだ。


「あ! マオ! 待っていたぞ!」

「……ドリア……」


 オレの気配に気づいたドリアが勢いよく席を立ち、満面の笑みでオレたちをガゼボへと手招きする。


 今、この世界で一番、いや、聖女様の次だから……二番目に会いたくない人物が、オレにキラキラした笑みを向けて立っているよ。


「さあ、勇者様、参りましょう。あなたの王太子殿下がお待ちです」


 驚いて動けなくなったオレの背を、フレドリックくんが軽く押す。


「ちょ……ちょっと、フレドリックくん? オレは……」


 とまどうオレにフレドリックくんは、哀しいまでに優しい笑みを浮かべる。


 現在のフレドリックくんの身分はというと……オレの護衛騎士だ。

 ドリアはこの国の王太子だ。


 わかっている。ちゃんと、わかっているんだけど……オレの胸がずきんと痛む。


「大丈夫です。ただ、王太子殿下とお茶をするだけですよ? わたしがお側におります。それ以上のことは、勇者様が望まれない限り起こりません」


 それって……オレが望んじゃったらイロイロあるってことだよね?

 フレドリックくんのとても含みのある言葉に、オレは狼狽えてしまう。


 キラキラ笑顔でオレに向かって手を振っているドリアが怖くて、近づくことができない。


 オレはドリアの気持ちを知っていながら、それを放置したままで、フレドリックくんと関係をもってしまった。


 その重い事実、不誠実さから目をそらそうとしていた自分が許せない。


 ドリアの側に行ってはだめだ。

 危険探知のスキルが、うるさいまでにオレに警告を発していた。


 なのに、今すぐドリアの側にかけよって、抱きつきたいと思っている自分もいて、そのあさましさに愕然としてしまう。


 自分の中で起こっている『しこう』の変化がどうしようもなく恐ろしいよ。


 オレは……オレは何百年、何千年たってもシーナが忘れられなくて、シーナの魂と記憶を持ったまま転生したフレドリックくんが大好きだ。


 それなのに……。


 心の奥底に芽生えた全く別の……新たな感情の存在に気づき、オレは衝撃を隠せない。


 この感情は、オレ自身のものなのか。女神の悪戯に踊らされているものなのか。

 混乱と恐怖で膝がガクガクと震える。


「フレドリックくん……オレが望んだら、どうなるのさ?」

「勇者様……いえ、至高の『ハラミバラ』であるあなたが望めば、望んだとおりになります」


 その言葉の重みに耐えきれず、目眩に襲われたオレの身体がふらつく。


 倒れかけたオレを、フレドリックくんががっしりと支えてくれた。


 大好きなヒトに触れることができて嬉しいはずなのに、素直に喜べない。心の中は不安に支配され、嵐のごとく激しく渦巻いている。


「わたしも、そして、王太子殿下であろうとも、あなたには逆らうことはできません」

「…………」


 フレドリックくんがわからないよ。

 どうして、フレドリックくんは平気な顔をしていられるんだ?


 どうして、オレをドリアの元へ導こうとするんだ?


 シーナはフレドリックくんだけど、フレドリックくんは、こちらの世界のヒトということか。


 昨日の出来事。宰相サンとの会話を思い出す。


 宰相サンからは「鈍いやつめ」みたいな目で睨まれたオレだったが、ようやくその言葉の意味を、宰相サンがオレに言いたかったことを、おぼろげながらではあったが理解しはじめる。

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