第43章−3 異世界のコメはドロドロです(3)
皿の上で跳ね返ったスプーンは、そのままカラン、カランと乾いた音をたてて、床の上に転がっていく。
「お気に召されましたか?」
新しいスプーンをそっと、テーブルの上に置きながら、リニー少年がオレに質問してくる。
「リニーくん! こちらの世界でも、コメがあるのか?」
あのくそ面白くなかった『世界に残したい至高の郷土料理厳選集』や、この国の食材図鑑に『コメ』は載っていなかったぞ。
オレの質問にリニー少年は、顎に指を当てて、記憶をたぐりよせるような、ちょっと可愛い仕草をする。
「東方の特定の地域にしか自生しない穀類だそうで……。近年、偶然に発見されたとか? 野生のものらしく、市場にはあまり出回らないそうです。シェフの兄上が、そういう異国の珍品を集めて売りさばくという商売をしておりまして……。シェフが実家に戻ったときに、その食材を土産でもらった……と聞いています」
「そうなんだ……」
オレは皿の中の粥に視線を落とす。
「勇者様の世界で食されていた食べ物なのでしょうか? でしたら、シェフに言って、もっと手配を……」
「いや。オレの世界でも珍しいものだった。オレも一度だけしか食べたことがない。それに……」
粥をひとさじすくうと、口の中へといれる。
「オレが食べたコメはこんなドロドロしたものではなくて、もっと硬くて、茶色かった」
「硬くて、茶色……?」
「ぜんぜんちがう。そうだなぁ……麦粥とパンが同じ麦からできているのと同じで、調理方法が違うのかな?」
「なるほど……可能性はありますね」
粥を飲み込みながら、オレはゆっくりと目を閉じた。
記憶の奥の、奥底に封印した『忘れなければならなかった記憶』が、コメというキーワードでゆっくりと開放されていくのがわかる。
「オレが食べたコメは、ショーユ? ミソ? というもので味付けされた、オニ……オニギリだった……な」
「しょーゆ? みそ? みそ……とは、なにかの生き物の脳髄を加工したものでしょうか?」
「ああ。オレもそう思ったのだが、違うらしい。脳ミソのみそではなく、植物の実を蒸して腐らせるとか……どうとか?」
「腐らせるというのは、醗酵させるということでしょうか? チーズですか?」
リニー少年は不思議そうに首を傾け、フレドリックくんは手を止めて、自分の粥をみつめながら、じっとオレの話を聞いている。
オレが食べたオニギリは、一度だけ。
勇者に討伐される少し前に、彼にもらって食べたものだった。
彼もかなり苦労して手に入れたと、ものすごく誇らしげに言っていた。
ただ、今はまだ栽培が難しく、収穫量も少ないので、部下とがんばって研究して、市場に流通させるんだ、と、彼は嬉しそうに笑いながら、オレに語ってくれた。
そんな彼があまりにも愛おしくて、オニギリをアイテムボックスにしまって永久保存しようとしたら、それは食べてこそ意味のあるものだといって、ものすごく怒られたのを覚えている。
食べないのなら返せと言われて、オレは慌ててオニギリを口の中に入れた。
楽しかったけど……辛くて悲しい記憶だ。
そういえば、歴代勇者の記憶の中にも、米、醤油、味噌が必ずあった。
異世界に召喚されたら「コメが食べたい」と呟く勇者たちのなんと多いことか。
米、醤油、味噌は、勇者たちのソウルフードみたいなものなのだろうね。
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