第43章−1 異世界のコメはドロドロです(1)

「今の勇者様は宰相閣下との面談で、大変お疲れになっている」


 『宰相閣下』という単語に、リニー少年の動きがピクリと止まった。


「ま、まさか! 父上が、勇者様をいじめたのですか!」

「……いや、そういうことではないのだが」


(うん、そういうことではなかったよな。騎士団長サンはかなりいじめられていたように見えたけど、オレはそこまで被害はなかったよな……?)


「なんですか? その妙な『間』は? いじめたんですね?」

「宰相閣下にいじめられたのは、わたしの父だ」

「あ、それならいいか」


(え? それならいいの? 騎士団長サンなら許されるの? それでいいの?)


 ちょっとふたりの会話が高度すぎて、オレにはついていけてないよ。


「リニー、これからの勇者様の行動を説明するから、よく聞くように」

「はい!」


 フレドリックくんの強い声に、リニー少年は、びしっと背筋を伸ばす。

 まるで、命令を待つ忠犬のような反応だ。


 おや? 今日はフレドリックくんの方が偉そうだよ。

 いつもとは少し違う展開を、オレはふたりから少しだけ離れた場所で興味深く観察する。


「勇者様は至高神アナスティミア様にお会いして、こちらでは一週間もの期間、気を失っておられた」

「はい。うかがっております」

「なので、いきなり、胃に負荷をかけるような食事は禁止だ。ケーキなどもってのほかだ」

「承知いたしました。シェフに今夜のメニューを変更するように伝えておきます!」


(あ……やっぱり、食事はしないとだめなのか……)


 まあ、オレになにかを食べさせることに、ものすごく情熱を注いでいるというか、執着しているリニー少年の希望も、少しは叶えてあげないといけないか。


 オレにとっては、短い女神様との面会時間だったが、一週間も心配をかけてたことになるからね。


 それくらいはサービスだよね。


「勇者様は宰相閣下との面談で、非常にお疲れだ。喉も乾いていらっしゃるだろう」


 フレドリックくんとリニー少年の視線がオレの方に向く。


 そうだな。食事よりは、飲み物が欲しいかも。コクコクと頷いてみせたオレに、リニー少年は花が咲いたような笑みを浮かべる。くそ。可愛すぎる。


「わかりました! 今すぐ、お茶をご用意いたします」


 う……っ。なんて、眩しくて、純真な笑顔なんだ。


 うん。この笑顔のためなら、お茶の一杯や二杯くらいまでなら付き合ってもいいよ。

 三杯目はさすがに、お腹がちゃぽんちゃぽんになるからやめてよね。


 茶でも飲んで、ゆっくりと落ち着きたいな。

 風呂は……さっき入ったばかりだから不要だ。


「風呂は大神殿でお借りしたから、必要ない」

「それは大変です! 今すぐ消毒しないと!」


(しょ、消毒?)


「一刻も早く、あのバ……聖女様につけられた呪いをしっかりと洗い流さねば!」

「ちょ、ちょっと、リニーくん?」


 リニー少年は、オレの腕を掴むと、ぐいぐいと浴室の方へと歩いていく。


「もう、今日の風呂はいいよ。入ったから。オレはゆっくりしたいから。お茶だけ欲しい」


(お茶だけで勘弁してください……)


「ダメです。勇者様。さあ、わたくしがしっかりとその穢を洗い流してさしあげます。聖女様のばっちい手垢を残しておくのは、鈍感な王太子殿下や、寛大なフレドリック様が許されても、わたくしには耐えられません!」

「ばっちい……って……」


(しかも今、ドリアのことをさらっと鈍感扱いしてたよね?)


「フレドリック様のものも一緒に洗い流すこになってしまうのは、お嫌なのはよくわかります。もう少し、堪能していたいですよね」


(いや、なに? なにを堪能するんだ? よくわからないよ……)

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