第42章−5 異世界のハラミとバラは美味しくないです(5)

 フレドリックくんと、ちょっとした城内散歩を楽しんだ後、オレはようやく馴染みのある客室へと戻ることができた。


 花がいっぱい飾られた豪華な客室には、リニー少年が待ち構えており「おかえりなさいませ」と言って、オレを出迎えてくれた。


「ただいま。心配かけた……かな?」


 いやあ――長いお忍びデートだったよ。

 フレドリックくんに床の上に降ろしてもらうと、オレは金髪碧眼の小姓へと微笑みかける。


 すると、リニー少年の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちはじめた。


「勇者さまぁ……もう、お会いできないかと……おもって……ましたぁ……」


 ぐすぐすから、ついには、わんわんと大声で泣き始めたリニー少年をオレはそっと抱き寄せ、頭をゆっくりと撫でる。


「ごめん。心配させてしまったな」


 と、急にリニー少年の泣き声がぴたりと止まる。


「勇者……さ、ま?」


 リニー少年は顔を上げ、オレをまじまじと見つめてくる。


 フサフサなまつげに大粒の涙がついていて、キラキラした透明な砂糖菓子のようだ。どんな味がするのだろうか? 眺めているとだんだん舐めたくなってくる。


「ゆ、勇者様! おめでとうございます!」

「え? えええ?」


 (び、びっくりした――)


 部屋中に響き渡る大声で……この子は突然なにを言いだすんだよ。


「勇者様! ようやく、成就されたのですね! よかった! 本当に、よかったです!」

「な、な、なにが?」

「も――っ。勇者様。とぼけても無駄ですよ。よかったですね」


(だから、なにが、よかったんだ?)


「今日はお祝いですね。シェフに連絡して、夕食のデザートにはケーキを用意いたします」

「え、いや……」


 リニー少年が「よかった、よかった」とまた泣き始めた。


 なにがなんだか全くわからないけど、ちょっと困ったぞ。


「落ち着けリニー」

「なにを言ってるんですか! っていうか、フレドリック様、あなたは落ち着きすぎです。もっと、盛り上がりましょうよ! いえ、盛り上げるべきです」


(ちょっと、どうしよう。リニー少年がおかしくなっちゃったよ?)


「おい……リニー」

「フレドリック様! こういうときくらい、もっと、もっと、デレデレしていいものだと思いますよ。いえ、やってください。フレドリック様が勇者様をリードしないとダメじゃないですか! じゃないと、おふたりは一生、どん底な低空飛行なままじゃないですか! ふたりとも、わたくしに遠慮なんかせずに、昼夜問わずにもっとイチャイチャしてくださいよ! イヤイヤではなく、イチャイチャです! 王太子殿下の数少ない長所……積極性をフレドリック様はもっと、もっと見習うべきです!」


(一週間ぶりのリニーくんのテンションとセリフがおかしい……)


「あのな……リニー、勇者様はお疲れなのだ。食事よりも……」

「あ、風呂ですか? 風呂ですよね。そうですよね。風呂は定番ですよね。用意できてますよ! ばっちりです! 新しい入浴剤を庭師から貰いましたから、早速、使ってみましょうね。お背中もしっかりお流しいたしますね」


 泣き止んで元気になったというより、元気になりすぎたリニー少年のテンションについていけず、オレは硬直してしまう。


「おい。待て! まずは、落ち着くんだ」


 今にも浴室へと駆け込みそうなリニー少年の手を、フレドリックくんが慌てて掴む。


「あ、すみません。おふたりで入浴されるのですね。そうですよね。そうしたいですよね。失礼いたしました!」

「……その飛躍的な発想はひとまずやめようか?」


 フレドリックくんのこめかみがひくひくと痙攣している。

 これは……相当、怒っているよ。

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