第29章−6 異世界のエリザベスは熱烈です(6)

 エリザベスがすごい肉食花だということはよくわかった。

 そういうことなら、国宝指定樹にもなるだろうし、実が瑞兆の徴ともいわれるだろう。


 だが、なんだろう、すごく微妙な気分だ。

 国宝指定樹に気に入られて、発情されて、求愛行動って……なんだよ……。


 もう、思い出しただけで頭が痛くなる存在だ。

 頭痛が痛いって言っても、許して欲しいくらい、オレの頭はガンガン痛んだ。


「で、このエリザベスの実なのですが……」


 エリーさんがオレの耳元に口を寄せ、オレにしか聞こえない声でそっと囁いてくる。


「実は、滋養強壮によく効く実として、有名なのです」


(じ、ジヨウキョウソウ?)


 な――んか、嫌な予感がするよ。


「特に、夜の営みに適している生薬として、重宝されておりますのよ」


 ふっと、エリーさんの吐息が耳たぶにかかる。


「ひゃっ!」


 オレは奇妙な声をあげると、飛び退いてエリーさんとの距離をとった。


 ドリアの羨ましそうな視線と、フレドリックくんの不愉快そうな視線が、オレに突き刺さった。


 エリーさんは「ふふふ」と楽しそうに笑っている。


(あ――っ。もう、完全に、オコチャマ扱いされているなぁ……)


 距離をとろうとするオレに、エリーさんは腕をからめて、ぐっとオレに近寄る。

 ふたたび、オレの耳元に温かい息がかかる。


「勇者様。まだ説明にはつづきがございましてよ。エリザベスの実には、夜の営みの活性化の他にも、媚薬、受胎促進剤の原料となりますの。王室の方々も愛用しておりますし、他国からも、それはもう……」

「…………」


 オレの沈黙を、エリーさんはどう思ったのだろうか?


「王太子殿下には渡せませんが、勇者様になら、特別にお譲りいたしますよ? これで意中の相手を仕留めてみるのはいかがですか?」


 エリーさん!

 なんてことをおっしゃるんですか――!


 っていうか、エリーさんの目が怖い。

 ハンターの目をしている。

 やだ、このヒト怖い……。

 すごく怖い。

 肉食系だ。


 エリーさんはコソコソ内緒話をしているつもりだろうけど、この狭い馬車の中。

 ぜったい、他のふたりにも聞こえているぞ!


 みんな、今までに見たこともない、奇妙な表情をしているじゃないか!


「……エリーさん、エリザベスの実は、返却した方がいいと思います」


 オレはなんとかそれだけを言う。


「まぁ。勇者様って、純情なんですね……。自分に厳しいのでしょうか? それでは息苦しくないですか? もっと、自分に素直に、おおらかに生きられては?」


 エリーさんがなにを言っているのか、オレにはよくわからない。


「隊長……もうそれくらいに……」

「フレッド! エリー様とお呼び!」


 みかねた空気なフレドリックくんがエリーさんを止めに入る。


 オレの心の中がいたたまれない気持ちでいっぱいになったころ、ラッキーなことに、馬車が次の目的地に到着した。



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