月に叢雲、俺に君
ニル
一、いたちごっこ
乱暴な風に乱され、寺の中庭の枝垂れ桜が廊下に白く散らされた。
障子戸の開く音がして、間も無く背の高い尼僧が寝巻きのまま廊下に現れた。彼女は口を一文字に結び、涼しげな表情の中に一抹の不満を滲ませている。
「
「お
二人は青白い月影に染まる外廊下を大股で急いでいる。お怜と呼ばれた若い尼は、小走りになりながら眉を八の字にした。寺の
「鶏を四、五羽と聞いております」
「十日も経たずにこれなんだから」
「今法衣を……」
「いらんよ、邪魔になるだけさ。それより弓の用意を」
珠景は持ってきた腰紐を口に咥え、手際よく襷掛けをした。
「すぐにっ」
お怜は神妙な面持ちで頷くと、背を向けて走り去った。それを微笑ましげに見送った後、珠景の切れ長の目がすっと細められ、視線が風上へと流れる。
参道に出ると、鬱陶しい疾風が珠景の頬に塵を叩きつけた。薄い夜雲が有明月の輪郭を
「懲りないねえ」
駆け寄ったお怜から弓具を受け取ると、珠景は胸当を被り
里の外れの
「今宵はとりわけ、きっちり仕置きをしてやろうか」
不敵に笑う珠景は、ぐっと力を込めて弓に
無数の葉の擦れ合いが一層大きくなり、強風の勢いで袖から伸びる白い腕を薄く切った。
「お怜、お前はそこに。葉っぱで肌を傷つけてしまうからね」
「しかし珠景様は」
「あたしはいいのよ。葉の動きで奴を捉えやすい」
「余裕綽々だな、
星月夜に青白い野の奥から、旋風と共に声が駆け抜けた。
「若い娘を土産に持ってくるとは、気の利く女だ」
芒のさざめきから、若い男とも老爺とも取れる低い声。愉快げなそれが左右に動き回り笑うと、珠景の細い眉がぴりりと釣り上がった。
「お怜、
「ここに」
珠景は後ろ手に矢を受け取り、矢羽を鉉につがえた。
「姿が見えなくて弓を引けんだろ」
かかか、茶化す笑い声が縦横無尽に駆けける。珠景はさして気にせず、芒の葉がたなびく音に耳を澄ませた。
「骨ばった年増なんぞ好かんが、切り刻んだ暁にはその血を存分に味わわせてもらおう」
珠景は何も語らないまま弓を打ち起こし、引き絞った。朱漆のまあるい矢尻が、雲間に差す白光をきらりと反射した。
「はははは、当てずっぽうで俺が——」
放たれた矢が、甲高く戦慄き風を切り裂く。
「ぎゃあっ」
かと思えば、矢の行方からしゃがれた悲鳴が聞こえ、微風が芒の群れくすぐる音だけが残った。
「やれやれ、ようやく静かな夜が来た」
残心をとりながら呟き、珠景は芒をかき分け鏑矢と声の主の回収に向かう。
彼女が立ち止まり見下ろす先には、無雑作に転がる矢、そして前足が鋭い鎌となった
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