第6話 好きってなに?
「先輩、大丈夫ですか?」
カフェまでの道中、日住君は何度も気にかけてくれた。
さっきは先輩として恥ずかしいところを見せてしまったから、雷が鳴っても気丈に振る舞うようにした。とは言え、毎回肩がピクッと上がるのはどうにもならないから、なんだかチグハグだ。
「両角先輩って結構怖いんですね、意外でした」
日住君はポリポリと頬を掻きながら苦笑する。
「まあ、寝起きはいつもあんな感じだよ」
「そうなんですか」
“寝起き”と言うには、彼女はもう既に目覚めていたようにも思うけど、その疑問は今はそっと横に置いておく。
「それにしても、日住君も良い勝負してたよ。私はそっちのほうがビックリしちゃった」
「あぁ…すみません、驚かせて。俺、結構短気ですよ?」
「え!?そうなの?信じられない」
「ハハハ」と日住君は苦笑する。
カフェについて、席を確保する。
雨だからか、結構な人で賑わっていた。
今日は私に付き合ってもらってるからと、彼に奢ることにした。
家族と1度だけ来たことのある、お洒落なカフェ。カウンターで注文して、自分で席に持っていく。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。こんな雨の日にごめんね」
「いえ、楽しみにしてたんで。しかも奢ってもらっちゃって…嬉しいです」
へへへと照れるように笑う姿は、いつもの日住君だ。
お互い一口飲んで、フゥッと息をつく。
「えっと…それで、教えてほしいことって?」
「あぁ…うん。んーっと…」
私はカップを手で包むように持った。
「日住君って好きな人いる?」
「え?」
日住君の声が裏返る。
ただでさえパッチリと大きな目が見開かれて、もっと大きくなる。
「あの、変な意味じゃなくて…。私って今まで恋愛に全く興味がなかったというか、全然自分に関係ないものだと思ってきたんだよね。でも最近、恋愛ってなんなんだろう?って考えるようになって、それで…身近にこういうこと聞ける人、日住君くらいしかいなかったから…あの、それで…」
「ああ、なるほど。珍しいですね、本当」
フッと日住君が笑う。
なんだか急に恥ずかしくなって、項垂れるように俯く。
「いますよ」
「え?」
思わず、顔を上げる。
「好きな人、いますよ」
あっさりと、まっすぐ私を見て、彼は告げた。
ああ、そうだ。彼には好きな人がいる想定で話を聞いたんだった。自分が驚いてることに驚く。
家族以外では一番長い付き合いと言っても過言ではなく、今までこういう話をしてこなかったからか、すごく驚いてる自分がいる。
そうか、彼も普通に恋愛をしてるんだ…と、なんだか現実を突きつけられたように思えた。
地元の中学から、うちの高校に入学する生徒は多い。だから、単純な付き合いの長さで言えば、同級生に複数人いる同じ中学出身の、ほとんど話さない子達も付き合いが長いと言えるのだろう。
でも用事がない限り話さない間柄を“付き合いがある”とは言えないだろう。
だとすれば、やっぱり私にとって彼が、一番付き合いの長い人になる。
だからこそ、みんなと同じように恋愛をしていて“私とは違う”ことを突きつけられたのが、ショックだったのかもしれない。
でも、そのショックを引きずる場合じゃない。
それに、彼がちゃんと恋愛をしているなら、私の質問にも答えてくれる可能性が高まるのだから。
「そ、そっか。じゃあさ、好きってなんだと思う?どうしたらその人を好きになるの?友情と恋愛の好きの違いってなに?」
「おぉ…難しいな」
彼は苦笑して、宙を見る。
「うーん」と考えて、顎に手を当てる。
「ごめんね、こんな質問」
そう言っても、彼は考え続けてくれた。
「まず、俺がその人を好きだってわかったのは、ずっと見ていたいって思った時でしたね」
「…ずっと」
「はい。正直、友達のことをずっと見ていたいとは思わないじゃないですか?」
う…、友達がいないからわからない。
でも、まあ…確かに生徒会のメンバー、日住君も含めて、ずっと見ていたいとは思わない。
日住君のことは好きだけど、永那ちゃんに対するものとは全然違うかもしれない。
「どうしたらその人を好きになるかは人それぞれだと思いますけど…俺は…」
彼はまた宙を見て、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「すごく恥ずかしいこと言います」
「え?」
意を決したように、見据える。
「俺のことを簡単に好きにならない人を好きになります」
彼の耳が真っ赤に染まっている。
「アハハハッ」私はお腹を抱えて笑ってしまった。
「そんな笑わなくてもいいじゃないですか」
彼は口を尖らせる。
「日住君ってやっぱりモテるんだ」
まだ笑いが止まらない私に「ちょっと」と恥ずかしそうにツッコんでくる。
「まあ、そこそこモテてきました。…でも俺も、なんで相手が俺を好きなのかわからなくて」
「そりゃ、日住君はかっこいいし優しいし、女子ならみんな好きになっちゃうんじゃない?」
彼の目が大きく見開く。
「そんなこと…」
少し目を伏せて「じゃあ」と言った後、上目遣いに私を見た。
「先輩は、俺のこと好きですか?」
「うぇ!?っえ…いや、そりゃ好きだよ」
「…後輩として、ですよね?」
「う、うーん。まあ…でも、そもそも私は今まで誰にも恋したことがなかったし、普通の女子にはカウントされないよ」
***
「今まで?」
日住君が私を図るように見る。
「先輩、恋したんですか?」
私は逃げ場を探すようにキョロキョロする。
日住君は頬杖をついて、ジッと私を見ている。
わかってる、逃げ場なんてないことは!
「い、いや…言葉の綾だよ」
「…そうですか」
全然信じてない、この目は全然信じてないよ!
「穂」
ドクンッと心臓が鳴る。
「先輩のことを名前で呼んでる人なんて初めて見ました」
「あー…掃除してる内に仲良くなったんだよ」
「両角先輩は掃除してませんよね?」
う…。やけに鋭い。永那ちゃんの様子を見ていればすぐわかることかな?
「しかも両角先輩って前に先輩のこと、“空井さん”って呼んでませんでした?」
彼はジトーッと私を見て、私はどんどん追い詰められる犯人みたいな気分になった。
「いつの間に名前を呼ぶ仲になったんですか?」
バクバクと鼓動は速くなって、たらたらと冷や汗が出る。
誤魔化すように、チビチビとコーヒーを飲んでみるけど、味がしない。
「…なんて」
フッと日住君は笑った。
「そんなこと、俺が聞くようなことじゃないですよね」
その笑顔がどことなく悲しげで、チクリと胸が痛んだ。
私が彼を誘ったのに。私が相談に乗ってほしいと頼んだのに。しかもこんな雷雨の中、掃除まで手伝ってくれて。
こちらから何も話さないのは、あまりに都合が良すぎる。
「ご、ごめん」
「なんで先輩が謝るんですか?踏み込みすぎたのは俺のほうで…」
「いや、相談に乗ってほしいとこちらからお願いしておきながら、日住君にばかり話をさせるなんて最低だよ」
「いや、全然最低じゃないですよ」
「最低だよ」
日住君は眉をハの字にさせて、目をまん丸くする。
思わず睨むように彼を見てしまっていたことに気づいて、俯く。
「ハハッ。先輩らしいですね」
日住君の笑顔はいつものもので、私の緊張も少しやわらいだ。
「それで…まあ、日住君の推測通り、恋をしました…たぶん」
心臓の音が大きくなる。吐き気がしそうになるほどの恥ずかしさに、ピューッと頭から湯気が出ていてもおかしくないと思う。
「相手は」
「え…両角さんです」
永那ちゃんと言いかけて、慌てて直す。
「やっぱりそうですよね…。なんか嫌な予感したんですよ」
「嫌な予感って…」
私が苦笑すると、日住君は頬杖をついて興味深そうにする。
「それで、同性だからこそ…友情と恋愛の違いはなんなのか?と考え始めたってわけですか」
コクリと頷く。
「好きの…その先ってなんなんだろう?とも」
「その先?」
「例えば、お互い好き同士になったとして…それで、その後はどうなるの?」
「え、それは…お付き合いを始めるんじゃないですか?」
「手を繋いだり?」
「まあ…そうですね」
「なんか、それがよくわからなくて」
「どういうことですか?」
日住君が苦笑する。
「クラスの女の子たち…友達同士で仲良くて、手を繋いでたりするんだよ。でもあれは、友情でしょ?恋愛で手を繋ぐのと、何が違うんだろう?」
「男同士では手を繋いだりしないから、そこら辺はわからないですが…あくまで俺の考えたことを言うなら、友情の場合は“じゃれ合い”みたいな感じではないでしょうか?」
「じゃれ合い」
「例えば、なんとなーく寂しい時とかってありません?べつに何かがあったわけでもないんだけど、なんとなく寂しい…みたいな」
「ある…かも」
「そういう時、女子は友達とじゃれ合って、その寂しさみたいなのを埋めようとしてるのかな?って思ったりはします」
「なるほど。そして恋愛になるとどうなるの?」
「うーん、寂しさが埋まってじゃれ合う必要がなくなったりするんじゃないですか?」
「なぜ?」
「それは…お互いに特別な相手って思えることで、心が満たされるの…かも?」
日住君は眉間にシワを寄せてしまっている。
自分でも彼に何を聞きたいのか、ハッキリしていたわけじゃない。
ただ漠然と、好きってなんだろう?と、初めてのことに対処しきれなくて、聞いてしまっているような気がしてる。
「日住君はさ、好きな人と付き合えたら、寂しさが埋まる?」
「…そうですね。まあ、それだけではないと思いますが」
照れたように日住君が笑う。
「たぶん付き合えたら、俺、束縛しちゃいそうな気がします」
「え、意外…」
「本当、俺は先輩が思ってるような人間じゃないですよ。独り占めしたいし、他の人と話してほしくないし、それこそ…誰かとじゃれ合ってほしくもない」
生徒会の打ち合わせでもいつも彼はニコニコしている。こんなに真剣な顔を見せるのは初めてかもしれない。
そんなにその人のことが好きなんだな…と高揚感にも似た、でも“それだけじゃない”何かを感じる。
その何かは、すぐにわかる。
「わかる…かも」
共感。…きっと恋愛ってそういうものなんだ。“好き”ってそういうことなんだ。
他の人と、そんなに密着してほしくない。できるなら、私だけを見ていてほしい。
人気者の“彼女”は、みんなとじゃれ合っているように見える。“みんなからじゃれ合われてる”というのが正確か?
私だけを見てほしいなんて願ったところできっと無理で、そういう現実がわかっているから変に冷静になってしまっている。
だから“好きが何か?”なんて考えてしまうんだ。
みんなから好かれる彼女を独り占めできなくても、彼女を好きになってしまっていいのか?と考えてしまうんだと思う。
日住君はフッと少し悲しげな笑みを浮かべた。
「先輩でも、恋をすると嫉妬したりするんですね」
私は苦笑した。
日住君の私への印象ってどんなだったんだろう?恋をしても真面目一辺倒?
私だって一応、女子高生だ。友達だって欲しいし、放課後遊びに行ったりもしたいし、恋人だって欲しい。でもその願いが叶わなかった…叶えられなかった…それだけのことだった。
誰にも求められていない。そんな気がして、自ら一歩引いてきた。
話が一段落した頃には、もう6時を過ぎていた。雨が少し弱まって、私達は帰途についた。
日住君が家まで送ってくれようとしたけど、遅いからと断った。
傘を弾く雨音が少し心地良い。
今まで誰かの恋愛に関心がなかったから、いざ自分がその身に置かれると、相談できる相手もまともにいないことに気付かされた。
これからはもう少し、人の話を自分事として捉えて聞いてもいいのかもしれない。それが後々自分のためになるのかもしれないし。
ただ“好き”という気持ちだけでは突っ走れなかった。何かが胸につっかえていた。それが完全になくなったわけではないけど、誰かと気持ちを共有することで、こんなにも気持ちに整理がつくとは知らなかった。
また今度、日住君の好きな人の話を深く聞いてみよう。
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