薔薇の棘

僕は三島由紀夫になりたかった。


完璧主義でナルシストで、それでいて、憎いくらいの文才を持つ純小説家の三島由紀夫に。


彼の文章は緻密で、日本語の文法を一切、切り離していない。


文法、文学のルール、それを破ればその文学はナンセンスになる。


僕は完璧にそのルールを守ってやりたかった。


三島の掲げる政治的理念すら、最早、文学と呼べる。


そう言った純小説家になりたかった。


しかし、僕はそうなれない。


タイプをすれば、出来上がるのは駄文ばかりで、かと言って、鉛筆を支えれば、完璧な文を作れる訳でもなく。


僕はナンセンスを堕落させているのだ。


ナンセンスを堅苦しく批判はしない。


寧ろ、文学のエレメントで在り、僕はアリスを迎合する。


僕が書きたいのは、純小説を描こうとする上で、ナンセンスに向かってしまう、自分がナンセンスを引き摺り下ろしているという事だ。


今、思えば、僕の人生、そのものがナンセンスなのである。


失敗も含めて、純と言うのならば、其れ迄では在るが、いかんせん、それに対する欲望が迸り続けているのである。


ルールを守る能力が無いのに、それに縋るのは、羅生門の婆より、悲惨である。


現実に在る物を、身に相応、必死に欲して生きる人々の中で、僕は震えている自分を抱きしめているのだ。


僕はナルシスの様に、死ぬ事も出来ない。


僕は三島由紀夫の様に、死ぬ事も出来ない。


茂みの鳥は、幾分と大きい。


だから、僕は極端に小さい。


傷の無い壁に頭を当てて、一緒に生きてと、告白をしたかった。


太陽が目に入り、鉄がその光に照らされているのが見える。


バルコニーから、道路を眺める。


平素な住宅街の、喧騒も無い、平和な道路だ。


三島由紀夫はそこに立っているのだろうか。


そんな風景に、明日もきっと、僕は生きているのだろうなと思うばかりだ。


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