第20話 10-4.退職勧告

 年を越し、寒さも少し和らいできた一九九四年の三月初め、深夜の張り込みを終え、その日も失敗をして精神的に疲れ果て、会社前から西荻窪のアパートへのタクシーでの帰り道、こんな仕事、こんな生活、嘘だ、こんな真夜中タクシーに乗っているなんて嘘だ、嫌だ、と単純に心の底から思った。

 数日後、予期していた通り張り込み班のデスクから退職勧告を受けた。和彦は、受け入れることにした。

 張り込みが合わないから他の班へ、とはならない。新人記者は配属された部署で力を発揮できないと、他の分野の取材もできない人間と見なされてしまう。和彦自身、合わない仕事をしながら周囲から無能な人間扱いをされ続けていると、自分はやっぱりダメなのかな、という気持ちになっていた。

 どん底に落とされたような感じと同時に、開放感もあった。考えてみれば張り込み班に回されて上手くできなかっただけで、書く仕事全般をあきらめることはないのかも知れないが、和彦は出版社と言うより社会全体から弾き出され、捨てられた気がして、しばらくは何もする気が起らなかった。

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