第18話 10-2.パチンコ店の先輩を訪ねる

 三月初めから週刊誌の編集部へ通い始めた和彦だが、ゴールデンウィーク前までほとんど仕事を与えられなかった。

 編集部へは十一時頃出勤し、新聞を読んで電話番をして、夕方の適当な時間に帰る。孤独で、手持ちぶさただ。一緒に紹介された吉田茂は、編集者の橋口さんの指示を受けて、事件の取材などに忙しく駆け回っている。和彦が回された班のデスクは新人記者を育てたことがないらしい。こんなことになるなら早く面接へ行っておけば良かったのかも知れない。ただ誰が相手でも物怖じしない吉田茂は、いつどのタイミングで仕事を始めたとしても上手く行っただろうし、自分はどの班へ配属されてもミスやドジを繰り返していたのでは、と思える。

 連休前だからか編集部内はいつもよりも閑散としていて、することもなく居るのは苦痛で、少し早いが、和彦は五時頃編集部を後にした。

 会社を出て、地下鉄駅のホームに立つ。いつも帰るのとは逆方向に乗ると、終点は和光市だ。柳川さんはどうしているだろう。

 和彦の週刊誌でも、時々、あまり人に知られていない新しいパチンコ台の必勝法や公営ギャンブルの穴場についての記事なども、二ページほどだが、出たりする。ギャンブルに滅法詳しい柳川さんは、そんな記事のネタになる話を知っているかも知れない、と思い立つ。ギャンブル専門誌ではないし、あくまで末席の埋め草的な記事に過ぎないが、何でも良いから仕事がしたい。職場で無視されたような状態になっているのはつらく、この状況から抜け出したい。

 柳川さんは、寮に居た頃から電話を引いていなかった。今もそうだろう。第一、番号を知らないので直接訪ねて行くしかない。和彦は、和光方面へ向かう電車に乗っていた。

 柳川さんはあの性格なので、家賃を払えなくなって追い出されているかも知れない。駅からうろ覚えの道を歩いて柳川さんの住むマンションへ辿り着き、チャイムを鳴らす。

 中から髪ぼさぼさで下着姿の柳川さんが出て来た。悪いことをした、と和彦は一瞬思ったが、柳川さんは和彦を見ると

「何だ、スーツなんか着て!」

とからかいながらも嬉しそうに部屋へ招き入れてくれたので、ほっとした。

 部屋は、足の踏み場もないほど散らかっていた。以前の寮の部屋と一緒だ。本当に片付けが苦手らしい。

「何度か面接に通って仕事へ行ったんだけどね、どこ行っても、最初のうちはこんなこともできないのかっていびられるじゃん。そん時我慢できなくて、椅子ぶん投げて辞めちゃうんだよ」

 柳川さんは、タバコを吸いながら淡々と言う。長く続けられる仕事、ということで営業職を狙っているそうだが、面接で前職を聞かれ、パチンコ屋だと告げるとその瞬間に不採用となることもあったそうだ。

 和彦がパチンコ屋を辞める少し前からライター講座へ通っていたことを今さらながら告白すると

「やっぱり何か隠してたね」

と柳川さんはあまり驚かない。

「柳川さんは小説書いてるんですか?」 「ちょっと書いてみたんだけどね。やっぱりダメだな俺は。才能がないよ」

 和彦は読んでいないので、何とも言えない。

「その学校って、どうやって見つけたの?授業料はどうしたの?」

 柳川さんは、ライター講座について突っ込んで聞いてきた。

 ちょうどこれから商品先物取引の会社の面接へ行くところだったそうだ。夜だが、池袋の喫茶店で面接がある。柳川さんはひげを剃り、スーツに着替えた。見違えた。柳川さんと和彦は地下鉄で池袋まで一緒に出て、別れた。記事になりそうな話は皆無だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る