第17話 10-1.週刊誌記者となる

 和彦は年明け、清掃局の作業員の口を見つけた。数人でゴミ回収車に乗り込み家庭ゴミを回収して回る仕事で、大体午前中に作業が終わる。それで日給一万円は、破格においしいバイトと言えた。

 三月でライター講座の一年コースが修了となる。事務局前の壁に張り出された、講座修了者も応募可能な求人票を見てはいたが、和彦は就職できなければできないなりに自分の好きなことを書こう、と思っていた。ライター一本で生活しているかは別として、バイトしながら書き、自分はライターだと名乗る人も大勢いる。和彦は学校の課題をこなしながら、原稿を募集していないか、色んな雑誌を読み漁ってもいた。

 新年最初のライター講座の授業でのタバコ休憩中、大倉先生から週刊誌記者の口を紹介されたのは、晴天の霹靂だった。

「話しとくから、橋口って編集者に電話してみな」

 週刊誌記者の仕事とはどういうことをするのか和彦には今ひとつイメージが湧かないが、和彦の文章を認めてくれ、やる気を出させてくれた恩人とも言える大倉先生の紹介なので、応えたかった。

 数日悩んだ末、紹介された編集者に電話を入れた。大倉先生は自らメイン講師を勤めるライター講座から、和彦の他、吉田茂も紹介していた。

 和彦は、吉田茂よりも三日遅れで編集部へ面接に行った。吉田茂は新人記者を育成する班への配属がすぐに決まり出勤していたが、編集者の橋口さんによると、同じ班で二人同時には育成できないとのことで、別の班のデスクに話をしてみるからもう少し待って欲しい、連絡する、と言われた。長髪を後ろで束ねたまま面接へ出向いた和彦は、悪いけど散髪して来て欲しい、と告げられた。

 およそ二週間後、別の班に紹介された和彦は、短めに髪を刈り込み、慣れないスーツを着てネクタイを締め、大出版社の編集部へ通い始めた。はじめは出勤しても仕事がなく、編集部の中に居て電話番をして新聞を読んでいるだけだった。東京で一人暮らしを始めて以来新聞を取っていなかった和彦にとって、隅から隅まで新聞を読むのは配達をしていた赤旗や毎日新聞をもらい持って帰って読んでいた高校時代以来のことだ。

 世間では、金丸信元副総裁が汚職容疑で逮捕され、サッカーJリーグが初めてのシーズンを迎え、皇太子殿下がご成婚、長嶋監督が巨人へ復帰、大相撲では若貴ブーム、と数々の出来事があった。和彦の編集部での日常は、一般紙からスポーツ紙までのすべての新聞を読んだり、社内食堂でメシを食ったり、記事の元になるようなネタを探すつもりで図書室や資料室へ行き、気が付けば好きな本ばかり読んでいたり、という状態だった。たまに同じ班の先輩記者の取材について行ったりした。

 ある夜、ベテランの先輩記者・西郷さんに会社帰り、池袋の居酒屋へ連れて行かれ

「これから記者をやっていくんだから、何か、俺に質問してみろよ」

 と言われ、恐る恐る質問を試みる。 

 何を聞いて良いか分からず

「なぜ記者になったんですか?」とか

「この仕事をやっていて良かったですか?」などの稚拙な質問を、やっとの思いで冷や汗をかきながらひねり出した。

 和彦の下手な質問に、記者歴二十年の西郷さんは丁寧に答えた。西郷さんが記者になろうと思ったきっかけは、連合赤軍あさま山荘事件だったらしい。当時は、世の中全体がその事件の話題に飲み込まれるほどだった。テレビ各局は通常の放送をすべて中止し、犯行グループが籠城するあさま山荘の様子を映し出した。実況中継された最初の人質事件と言われる。当時、長野の高校生だった西郷さんは、家から近いこともあって、あさま山荘へお母さんに弁当を作ってもらって見に行った。そこで目にして強烈に印象に残ったのは事件そのものよりも、報道陣の機敏な動きだったと言う。報道という仕事は何と凄いのだろう、時代に、歴史に立ち会える仕事だ、と感じたそうだ。

 西郷さんはだんだんと和彦からの質問に答える形から踏み込んで、編集部の中でおどおどしている風に見える和彦へのメッセージ的な言葉を並べた。俺も内向的で人見知りなんだ、編集部で電話を取るのが怖かったよ、失敗もたくさんした、でも親父から卑屈にはなるな、と言われて育ったから、何があっても卑屈にはならなかった。お前も大変だろうけど、卑屈にはなるな。西郷さんの言葉がありがたく温かく身に染みたが、和彦は編集部内の空気に合わせるうち、知らず知らず小さくなっている感覚があった。


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