第2話 2.ギャンブルに嫌気が差した日

 全出場馬中、最下位から二番目の人気だったダイユウサクが有馬記念を制し、日本中をあっと言わせた翌日、戸田競艇場の観覧席には前もって休みを合わせていたパチンコ店従業員四人組がいた。

 競艇の、一年最後にして最大のレース、賞金王決定戦。レースは平和島競艇場で行われているのだが、全国の競艇場に設置された大型ビジョンで実況中継され、舟券の購入もできる。

 前日の有馬記念では、四人とも無残な敗戦を喫していた。何とか取り戻したい気持ちがあり、昨日の有馬記念が大荒れだったから今日は堅いのでは、と競馬と競艇のレースには何の因果関係もないのに都合良く考え、四人とも一番、二番人気あたりの選手から買っていく。和彦も悩んだ挙げ句、一番人気から裏表総流しすることにした。一、二着に一番人気の選手が絡めば、必ず取れる。倍率が高くない分、買う金額を大きくした。

 競艇のレースは、第一コーナーを曲がったところでおおむね勝負がついてしまう。歴戦のベテランでも思わぬ形での脱落、転覆がある。予想外の展開になることも多く、高配当が出やすい。和彦が店の仲間と競艇場に通い始めて一年、そんなことはよく分かっていたが、確実に当ててやろうと思うと、つい面白味に欠ける買い方をしてしまう。この日は和彦以外の三人も当てに行き、堅い舟券を買っていた。

 こんな時に限ってとんでもない大穴が出てしまうから競艇は面白く、また腹立たしい。何と、一番人気の選手はスタートが遅れ六着、一、二着にはそれぞれ五番、六番人気の選手が入る競馬の有馬記念に続く大番狂わせとなった。

 大きな溜め息とどよめきが観覧席を包む。和彦達のように考え、手堅く舟券を買っていた人が多いのだろうか。和彦は恨めしい気持ちで六艘のボートが走り抜けた後の誰もいない水面を見ている。


 解散、となった高島平駅から遠藤と二人、都営地下鉄三田線に乗り込んだ和彦は、板橋本町へ近付いた時、飯でも食いませんか、といつもの調子で誘う遠藤に、悪いけど巣鴨へ行って友達に会うよ、先に帰ってくれ、と手を上げ、車内にとどまる。遠藤はやや呆気に取られた表情で、板橋本町駅のホームへ降りて行く。

 巣鴨のボロアパートから、勤めているパチンコ店の板橋本町にある独身寮へ引っ越すと同時に、寮のすぐ近くに住む遠藤が頻繁に訪ねて来るようになった。

 和彦の方が遠藤より六ヶ月ほど先輩で二歳年上になる。和彦は正社員だが遠藤はアルバイトで、大学に籍を置いているが、ほとんど行っていないらしく、和彦と店の休みが合えば必ず誘ってくるし、同じ勤務となると一緒に帰ることから始まり、食事をともにし、和彦の部屋まで付いて来る。別々の勤務でも、和彦が仕事を終えて部屋に帰った頃を見計らって、遊びに来る。和彦が寮へ引っ越した時、別の同僚からスーパーファミコンを買って要らなくなったとの理由で旧型のファミコン本体と大量のゲームソフトを譲り受けたので、遠藤とは部屋で何となくゲームをして過ごすことが多い。遠藤が他の同僚を和彦の部屋に誘い招き入れることも多く、和彦の部屋は店の連中の溜まり場と化してきた。

 風呂なし、トイレ共同のアパートで家賃三万四千円を払っていた日々から、風呂トイレ付きで寮費二万円に収まり、通勤も楽になるのはありがたく、店の仲間と居るのもそれなりに楽しくはあるが、一人で過ごす時間が急激に減ってきた。毎日のように店の仲間とともに来る遠藤に、いつ学校へ行ってるのか、大学というのはそんなにヒマなのか、とある日不思議に思って聞いてみると「そんな話、やめましょうよ!」と突然顔色を変えられ、極端に嫌がられた。


 巣鴨の岡村の部屋を突然訪ね、高倉を電話で呼び出しても距離が近いことと暇なこともあり、すぐに集まる。

「また負けたか。ギャンブルなんか、所詮、胴元を儲けさせてるだけのもんやからな。そうでないと、成り立たへんやん。パチンコ屋の経営者がどれだけ稼いでると思ってんねん。俺の親が土地転がしてたからよう分かんねん。一時期はパチンコ屋の経営もやってたらしいし。ギャンブルなんか、遊びでも趣味でもないで。自分が主体的に遊んでへんやん。遊ばされてるだけやん。胴元の作ったルールで。人のルールで遊ばされてる時間を自分のために使わんともったいないやん」

 岡村は、ギャンブルを含めた経済の流れを見ている。和彦もギャンブルに興じている最中は夢中だが、時間が経つと、単に負けてお金を失う以上の空しさを感じることがある。岡村の言葉によってギャンブルのからくりに気付かされ、給料の大半をつぎ込んでいる生活からの脱却が可能である気がしてくる。

 岡村と和彦は中学の同級生で、高校へ進んでも学校は違ったが、よく遊んでいた。高校卒業後、別々の時期に東京へ出て来ていたが、お互い巣鴨に住んでいることを知り、会うようになった。さらに岡村の同じ高校の友人・高倉が俳優を志して上京、巣鴨に部屋を借りている。三人はいつからか、それぞれの部屋の中で一番広く快適な岡村の部屋に集まるようになった。テレビを見ながら話したり、将棋を指したり、と取り立てて何かをするわけではないのだが、和彦にとっては、パチンコ店の同僚達といるよりも気持ちが安らぐ。

 三人とも京都出身ということで関西弁が喋れることも、東京に居ながらふるさとへ帰っているような気安さがある。三人とも、東京という街への感じ方が、四条河原町がいくつもある感じや、広々とした井の頭公園や日比谷公園は京都御所を思い出させるが、鬱蒼として近寄り難い皇居はまるで違った感じを受けることなど、京都との比較で考えるので分かりやすい。店の同僚とはギャンブルやゲームの話以外は何となくできない空気があるが、この仲間とは、人生論のような話をしたり、夢を語ることも、衒いなくできる。

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