5-5

 さて次の日、泊まっていた木村ちゃんと一緒に家を出てバスで駅に向かう。一日経ってみるとなんだか思春期のような悩みをぶちまけてしまった気がして恥ずかしいけれど、木村ちゃんは、

「別に思春期っぽい悩みだからって思春期にしか悩んじゃいけないもんじゃないでしょ。ほら、子供向けアニメや少年漫画にハマる大人がいても全然いい、みたいなもんでさ」

 と言って微笑む。

 ありがたい。

 駅に着く。私は出勤だが木村ちゃんは今日は休みらしい。

「今日の昼にオママゴトでスタジオに集まるんだ。遊井、なんか伝言ある?」

「や、それはない。というか私の味方する感じの雰囲気は増田くんが嫌かもしれないから抑えておいて」

「ん。了解」

 木村ちゃんは家に帰り、私は職場に着く。涙の痕はメイクで隠せているはず。大丈夫。職場の人にも気にされない――まあ、忌引き明けとわかっているから泣いてたっぽい痕跡があっても触れないだけかもしれないが。でもお客様からも特に反応はないから、まあセーフでしょう。

 で、とりあえず午前が終わってお昼を食べていると望花さんから電話。私は店の外に出る。

「急にごめん、いま休憩中で合ってた?」

「うん。望花さんどうしたの?」

「えっと、遊井ちゃん元気?」

「ええ、まあ。木村ちゃんに昨日励ましてもらったばかりで。というか本当、オママゴトにはいっぱい迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「私に謝られても。それより、元気なら意見を訊きたいことがあってね」

「意見?」

「私って、私のやりたいようにやって、私の行きたい未来を目指して、いいと思う?」

「……えっと」どういう流れですか、と言いかけて、訊くのも野暮かもな、と思う。詳細が必要な話なら、詳細を話すだろうし。「望花さんは、どうしようかなって思ってるんですか?」

「うん。迷ってる。それは許されるのかなって」

「そんなの、自分で許せばいいんじゃないですか?」

「それがねえ、許しを与えることは許されるのかな、みたいな」

「じゃあ私が許します。許していいですよ、望花さん」

「ありがとう」

 通話終了。私なんかに何かを許す権利があるとも思えないけれど、でも望花さんの何かしらの自由が許されないなんて、合っちゃいけないと思うのだ。望花さんはいままで、たくさん頑張ってきたのだし。

 で、仕事終わりに店にやってきた木村ちゃんが言う。

「オママゴト、解散になった」

「えっ!?」

 なんで!?

「望花さんがメジャーデビュー目指したいって言って、稗田パパが嫌に決まってるだろって言って、でも望花さんが《私の才能を私は無駄にしたくない、生きて積み上げてきた成果がほしいの》譲らないから喧嘩になって、メジャーデビュー目指せるバンドに行くって望花さんが出て行って、稗田パパが《オママゴトは望花と遊ぶための場所でもあったから、望花にいなくなられると流石にオママゴトとして続ける気力はなくなっちゃうんだよな》って言って解散宣言した」

「ええ……?」

 私は戸惑いつつ、昼の望花さんからの電話を思い出す。

 あの話って要はこれのことなの?

 ……じゃあ私がオママゴトを解散させたようなものなの!?

 なんだか罪悪感というかやっちゃった感に頭を抱える私から話を聞いて、木村ちゃんは笑う。

「なるほどねえ。あはは、気にしなくていいじゃん。遊井は望花さんの背中を押しただけだし、遊井が望花さんにそれは駄目とか言わないのわかっててそういう訊きかたしたんだろうから。ただ確認作業というか、誰かに明確に味方になってほしかっただけで、いいポジがバンドにいたけど辞めてる遊井だったんだよ」

「えー……」私ってなんなの? と自分のことしか気にならないわけではもちろんない。「えっと、増田くんはどうなるの」

「さあ。でも稗田パパに着いていくって言ってたから、もしかしたら曲に参加したりするのかもね」

「そっか……木村ちゃんどうすんのこれから。音楽どこでどうするの」

「それなんだけどね、遊井」木村ちゃんは私に手を差し伸べる。「一緒にバンドやらない?」

「え? ……私と木村ちゃんと、あと誰?」

「ふたりでアコースティックバンドやろうよ。アコギとピアノ。やってみて物足りなかったら、誰かカホンやれそうな人も入れてさ」

「ふたりで……えっと」私はゆっくり情報を飲み込んで、言う。「私で、いいの?」

「遊井がいいんだよ。じゃなきゃ誘ってない」そう言って木村ちゃんは微笑む。「やろうよ、一緒に、音楽。楽しもう」



「んで、どうしたんだよ薊は」

「保留中」

「まだ? 一か月くらい前なんだろ?」

 ルラ子は呆れた表情で私を見る。

 いや、だって、流石にまだ音数の少ない状態で堂々と演奏できるほどの自信はないし、まあオママゴトでもアコースティック編成でライブしたことはあったけれど稗田父のデモをなぞっていればとりあえずよかったからであって、木村ちゃんいわくやるなら私と木村ちゃんで新しく曲を用意するらしいから……。それにやっぱり、オママゴトの解散後に木村ちゃんの活動を追うことにしたファンが、私も関わることにもやっとするかもしれない……。あとまだ四十九日も済んでないし……。

 とか考えていたら、易々と安請け合いはできなかった。

「あたしだったら快諾してたけどなあ。つって麒麟育てながらは無理だけど」

 ルラ子はベビーベッドで眠る麒麟ちゃんに視線を送りながら言う。

「まあそんな感じで、色々あったわけです」

「お疲れ。そんで守一郎もお疲れ様だ」

 ルラ子は訃報を聞くと、死人に対してお疲れ様と言うタイプだった。大学時代から。

「そういや大学以来、全然守一郎と会ってなかったな。懐かしい。タバコ吸わせたらむせてたっけ」

「え、そんなことしてたの? 未成年時代の弟に?」

「あ、これ秘密だった。ごめんごめん、なんかストレス溜まってそうだったから自由にしてやろうと思って」

「全く……まあ、いいけど」

 大学時代のことは時効だ。私もルラ子も、年内には二十七歳になるのだし。

「子育て、どう?」

「ん、まあ頑張れてるよ。ちゃんとちょっとは休めてるし。なんだかんだ実家でちょっと任せてたのもよかったかも。精神的には全然だったけど。両親揃ってお変わりなくお過ごしだったよ」

 ルラ子は嘆息する。やっぱり東北の実家では色々と大変だっただろうな、と思う。

 関東に戻ってこれてよかった――と思った私の後ろでドアが開く。

「ごめんごめん便秘で。遊井ちゃんおひさ」

「久しぶり、胡桃」

 ルラ子を実家から引き戻したのは胡桃だった。気まぐれで胡桃がルラ子に連絡をしたところ、両親のせいで精神的に参っていたルラ子は電話をしながら泣き出してしまったみたいで、《じゃあ恋川に戻ってきなよ、あたしがちょくちょく赤ちゃん見に来てあげるから》と胡桃が言ったので素直に戻ることにした。新生活シーズンで大変だったようだけれど、どうにか胡桃と旦那さんが住んでいる一軒家の近くのアパートを借りれたようだった。

 窓の外から桜が見えて、いいところだな、と思う。

 既婚の胡桃だけれど、いわくなかなか子供ができていないらしく、《専業主婦なんだけど機械が掃除とか洗濯とかするから日中が割と暇だし、旦那も急に泊まるとか言っても許してくれるいい人だから、育児参加できると思うよ》とのことだった。いつか子供ができたときのトレーニングのつもりでもあるらしい。他人の赤ちゃんを練習台に使うなんでもあり加減は相変わらずというか、根っこはルラ子よりも自由人だよな。

 ちなみに普通にちゃんと手伝ってくれているらしく、ルラ子は胡桃のおかげで以前より落ち着いた状態で受けられそうな手当やできそうなバイトを探せるようになったそうだ。

「遊井ちゃんはどうよ」と胡桃。「会わないうちになんかいい人できたり?」

「いやあ、色々忙しくて」

「そっか、バンドとかやってるもんね」

「あ、バンドは最近解散した」

「マジ!?」

 とびっくりする胡桃にオママゴトの公式アカウントからのお報せを見せると、うおおマジだー、と胡桃は言う。

「そっかー。寂しいもんだね」

「ギターに手を出して終わらせようとしたくせに。そういえば遠藤さんとはどれくらい付き合ってたの?」

「え、とおちゃんに浮気バレてあたし逃げて、そのときブロックしてそれっきりだけど」

「酷っ!」

 マジで意地悪する道具でしかなかったのか。

 自業自得とはいえ遠藤さんがちょっとだけ可哀想になってきた……。

 いま何してるんだろう、と思って《莢豌豆 ギター》で検索してみると、なんといつの間にかDEEZ NUTS JOKERのギターレコーディングに参加するようになっていたらしくて、というか『ここにいようよ』でも遠藤さんのギターが鳴っていたみたいで、動画の説明欄をよく見るとがっつりクレジットされていた。

 いやはや、楽曲の演奏クレジットもちゃんと確認しておくべきだなあ。

「ふぅん」と胡桃は興味なさげだ。売れてるアーティストだと伝えてもあんまり響いていない。「あたしさ、ネットで動画上げるとかも飽きてやらなくなってきちゃってて、もうあんまネット人気とか興味ないって言うか。それにラップとダジャレの違いよくわかんないレベルだから」

「でも若い人は結構ラップ聴いてるらしいよ?」

「えー。あたしはもう若くないって言いたいの?」

 と頬を膨らませる胡桃はすっぴんっぽいのに全然老けていなくて、大学生くらいにすら見えて、私とは全然違うなあ、と思った。

 でもそもそも、人はひとりひとり、どこかが全然違うのだし、全然違う方向を目指していくものなのだ。そして必ずしも一貫した方向を歩み続けられるものでもないし、想定していた地点で立ち止まれるとも限らない。

 色んな人の目指した方向が、別々に辿り着いた各地点が構成するものが未来と思うと、何が起こるかわからないのも当然だろうか。

 私の決断だって、私の予想通りにはいかないだろうか?

「……やろっかな、バンド」

「お、決めた? あたし応援するよ、麒麟が物心つくくらいまで続けてくれたらライブ見に行くわ」とルラ子は言ってくれる。

「あはは、人生は色々だしどうなるかわかんないし、絶対失敗しないって約束はできないけど。でも、上手くいくよう頑張るよ」

「えー何? 遊井ちゃん別のバンドやるの? どこで誰とどんな?」

「少なくとも胡桃には教えない。ルラ子も秘密ね」

「うす」

「えー。寂しい」

 ちょっとくらい寂しい思いをしてください。

 胡桃が木村ちゃんにやったことを考えると私は木村ちゃんサイドの人間としてもっと胡桃に嫌がらせをしたっていいのかもしれないけれど、でもそういう敵討ちみたいなことをする私になりたいかって言われたら、……うーんやっぱり、他人には優しくなりたいですね。優しさじゃなくて甘さだったとしても、どうせ人生なんてどう賢くやろうとしたって辛いことあるもんなんだから、ちょっとくらいよくない?

 駄目かな?



 とりあえずルラ子が元気でよかったなあ、と思いつつ夕方に家に帰り、弟の仏壇に手を合わせて、木村ちゃんに承諾の返事を送って、既読がなかなかつかないのでいったんお風呂。ぼんやり色々と考える。

 亡くなった弟のことも考える。あれからも木村ちゃんに色々と前向きなことを言ってもらえたけれど、やっぱり私がもっと上手くやれていたら、もっとちゃんと気にせていたら弟は亡くならなかったのは事実だ。そう思うと、ときどき泣いてしまう。死にたくもなる。

 あれからお酒を断っていて、四月らしく職場の人から飲みに誘われることもあったが、ちゃんと遠慮した。正直それだけでもちゃんと守れる自分はすごいんじゃないかと思うこともあるが、そんなところで満足していちゃいけない。

 ガラスや陶器のように、欠けた部分は人を傷つける。すべてはなくせない、という言葉に甘えていられるほど私は無罪じゃない。補修し、研磨しないといけない。しないといけないと思うし、したい。

 なりたい自分になるために、お金も時間も使いたい。いつかうっかり戻ってしまっても、飽きずに諦めずにまた直したい。

 ふと《傷つけられたほうは傷を抱えて過ごして、傷つけたほうは楽しく前向きに生きているなんておかしい》みたいなツイートが以前バズっていたのを思い出して一瞬苦しくなるが、それでいい。

 その苦しさは麻痺させずに感じながら、理不尽の体現を自覚しながら、それでも生きていきたい。ほら、私が元気に音楽をやっていくことで、自分の罪に死にたくなっている誰かが少し前向きになれるかもしれないし。クズがクズを癒してるんじゃんと思われるかもしれないが、そのおかげで警察が自殺者とかの対応に割く時間を別のことに充てられるようになったら、まあ国民全体の得なんじゃないかな?

 ……という屁理屈のようなことをわきに置いて居直って言えば、私はいま楽しくやっていきたい気分だから、楽しくやっていくってだけです。気が変わって病んだりしないようにしたいね、木村ちゃんに心配かけすぎないためにも。

 友達なんだから心配も迷惑もかけていいとか言われてしまうかもしれないけれどしかし、かけない自分になりたい私も私なんだから、気にさせてください。

 お風呂を出て身体を拭きながら、そういえば『CANCELED ANTHEM』ができたきっかけとなるDEEZ NUTS JOKERの炎上ってどんな感じだったんだろうと検索してみると、どうやらインスタントカレーの地上波CMソングに『ブリモワール』というウンコ中心の下ネタ曲を書き下ろして批判されまくったということらしくて、そんなん怒られて当然だし企業のほうもそんなん通すなや! 全員馬鹿かよ!





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