婚約破棄、聖女追放、聖王都墜落。

touhu・kinugosi

短編

 ここは聖域。

 中央には、白い大理石のような女神像。

 うっすら乳白色に透き通っている。


 女神像を取り込むように聖力を持った聖樹がそびえたっていた。

 女神像の腰から下と腕は聖樹と一体化している。


 その周りには多重の聖結界。

 細かすぎて数えきれないその結界を、時々虹色の光が波のように走る。

 

 ア~⤴ ア~ア~⤵


 女神像の前で聖女が聖なる詩を捧げている。

 ありふれた茶色い髪に茶色い目。

 顔立ちは整っているが地味。

 生真面目そうな雰囲気。

 全身汗にまみれ、聖女の服はぴったりと肌に張り付いていた。

 スレンダーと言えば聞こえはいいが、ただやせ細った体なのである。


 はあっ、はあっ。


 毎日三時間。

 聖女の聖力と体力すべてを捧げた聖なる儀式が終わった。

 聖女は湯舟で体を清め遅い朝食をとった後、城の大広間に出てきた。

 王族に儀式の終了を報告するためにである。


 少しふらつきながら膝まづき、

「本日の儀式も無事終わりました」

 弱々しい声で伝えた。


 王陛下は2カ月ほど外交に出ていていない。

 前には婚約者であるヴィクティム王太子。

 その周りには側近候補が立っていた。


「ふんっ、そんなことはどうでもよい」

「マイカ、お前は偽の聖女だな」


「平民のお前が聖女なんておかしいと思ったのよ」

 王太子の横にいる豪華なドレスを着た女性が言った。

 マイカは下町の孤児院育ちだ。

 聖なる力に目覚め王宮に連れてこられた。


「そうだ、本当の聖女はこちらの、サクリフィス公爵令嬢だ」

 ヴィクティム王太子が彼女の腰を引き寄せた。


「うふふ、見なさい、この手の平に輝く聖印を」

 左手の甲に輝く聖印。

「最近、真の聖女に覚醒したのよ」 


「お前との婚約を破棄して、愛しいサクリフィスと婚約する」

「真の聖女と王太子は婚約するという決まりだ」


「お待ちくださいっ」

「サクリフィス様は、この都市が何なのか知っておいでですかっ」

「それに聖印は……」


「うるさい、今までよくもだましてくれたな」

「今この場でお前の聖印を見せて見ろ」


「ここではお見せできません」

 マイカが悲しそうに言った。

 聖印は聖樹の前でしか光らない。

 他の場所で光るものは偽物だ。


「ふんっ、見せられないのか」


「本当は無いから見せられないのでしょう」

「そうだそうだ」

「サクリフィス様の光輝く聖印を見ろ」

「もうだまされないぞ」

 サクリフィスと側近がはやし立てた。


「……お願いします……」

 マイカが涙ながらに訴えた。

 

「もういい」


「聖女の名をかたったお前の罪は重い」


「お前の聖力を封印の後、に追放する」


「うふふ、もう天上人ではなくなるの」

「野蛮な地上で聖力もなしか」

「すぐ野垂れ死にかな」

「聖女を騙ったものの末路にはふさわしいな」

 

「そっ、それだけはいけませんっ」

 マイカは泣きながらヴィクティム王太子の足に縋りついた。


「はっ、命乞いか」

「見苦しいわっ」

 ヴィクティムがマイカを蹴り飛ばした。

「衛兵、この罪人を連れていけ」


「はっ」


「三日後に公開処刑だ」


「話しを聞いてくださいっ」

 マイカは地下牢までひきずられていった。


 三日後、地上につながる転移門がある広場。

 その大通りの周りに都市の住民が集められていた。

 ボロボロの服を着さされたマイカが連れだされる。

 両手には枷がつけられている。

 三日の間に痛めつけられ、全身あざだらけになっていた。


「このものが聖女の名を騙った女であるっ」

「その罪により地上に追放する」


「待って……、話しを聞いて……」

 マイカが弱々しく言った。


 王家のものだけが使える罪人の印璽(いんじ)。


 ニヤリとヴィクティムが嗜虐的に笑う。


 ヴィクティムは聖力を流しマイカの額に押し付けた。


「ああああ」


 マイカの背中一面に浮き出た聖印が黒く変色していく。

 額には罪人を表す黒い印。

 彼女の聖力が封印された。


「さあ、ヴィクティム様、罪人を追い出すのですわ」

 サクリフィスが勝ち誇った様に言う。


「あ、ああ」


 聖力を符印されて放心状態のマイカは、執行人に引きずられ広間にある転移門へ。


「よりにもよって聖女様の名を騙るなんて」

「この偽物っ」 

「殺されないだけでもありがたいと思え」


 左右から石や腐った玉子が投げつけられた。


 転移門にマイカが乗せられた。

 転移門が光り始める。

 都市には聖力が無いといられないのだ。

 その時、マイカが正気に戻る。


「皆さんっ、この都市から逃げてくださいっ」

「とんでもないことに…」


 マイカは光の中に消えた。


「ははっ、これで罪人はいなくなりましたわ」

「ははっ、平民が私と結婚など思い上がりおって」

 ヴィクティムとサクリファイスが顔を歪めて笑う。


「わあああ」

「王子様聖女様、ばんざああい」

 騒ぐ民衆たち。


 ◆


 その時、


 ヴィイイ、ヴィイイ


 天空都市全体に警報が鳴り響いた。


「な、なんだ?」


[ケイコク ケイコク]


[トシノ セイギョシャノ フザイヲカクニン シマシタ]


[セイリョクノ キョウキュウノ テイシヲカクニン]


[ホントシハ イチジカントジュウニフンデ チジョウニ ツイラクシマス] 


 平坦なマシンボイスが都市中に響く。


 ぐらり


 地面が斜めに傾いた。


「きゃあああ」

「墜ちてるっ」

「逃げろおお」

「でもどこに?」


「転移門だっ」


 マイカを追放した転移門に民衆が殺到する。


「俺たちが先だっ」

 王子と側近たちが民衆を押し返す。


「お前たちが聖女を追放したのが悪いんだろうっ」

「そうだっ」

「そこの偽聖女が浮かせてみろ」


「わ、私には無理よお」

 サクリフィスが泣き叫ぶ。


 ガツッ


「きゃああ」


 民衆が投げた石がサクリフィスの頭に当たった。

 血が流れる。


「平民の分際でっ、斬り殺せ」

 ヴィクティムが衛兵に命令した。


「ぎゃあああ」


 広間に集まった民衆が斬りころされる。


「転移門を早くっ」


 しかし転移門の魔法陣は反応しない。


「まさかっ、これも、マイカの聖力で動いていたのか」

 ヴィクティムが頭を抱えて座り込んだ。


 ぐらりっ


 さらに都市が傾いた。

 既に垂直に近い。


「う、うわあああ」

「た、助けてっ」

「だれか止めてっ」


 ヴィクティムとサクリフィス、そして側近たちが傾いた地面を転がり落ちる。

 

 大空へ放り出された。


「ぎゃあああああ」


 ぐしゃっ


 ヴィクティム達は地面に叩きつけられた。



 ズズズウン


 マイカが、転移先でふらついた。


 遠くの空に紅い巨大な炎の柱が立っている。


「墜ちてしまった……」


 マイカはいつまでも涙を流しつづける。



 天空都市が墜ちた後に巨大な湖が出来た。


 後年、その湖は泣き続けた聖女にちなんで、”聖女の涙”と呼ばれることになる。

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婚約破棄、聖女追放、聖王都墜落。 touhu・kinugosi @touhukinugosi

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