第9話 クール系元ヤンお姉さん、祈る

アルドラド王国の王、ゼーダ・アルドラドは兵たちに拘束を解いてもらい、ようやく一息ついていた。



「ううっ、申し訳ありませぬ」


「我らがふがいないばかりに」



兵たちは口々に王に詫び、頭を垂れた。


もともとゼーダ王は人格者と知られ、民のために心を砕く傑物であった。


今回の救世主乗っ取り事件により、王位を簒奪されていたとはいえ、兵たちからの思慕が変わることはなかった。


むしろ近衛兵長の命を救うために、四つん這いになり救世主の椅子になったことは、兵たちの間で強烈な忠誠心を駆り立てるものであった。



「いいんじゃよ。まずは我らの命脈が保たれたことを共に喜ぼう」



柔和な顔つきでゼーダ王は兵たちに語り掛けた。


意想外の気安さに兵たちの心に熱いものがこみ上げる。



「父さん!」



そこへ息子のアベル第二王子が駆けつけた。



「おお!アベルよ、無事じゃったか!」



ゼーダ王は人目もはばからず、アベルを抱きしめ涙ぐんだ。



「はい、なんとか。助けてくれた方がいまして…」


「そうかそうか。良かった、良かった」



高齢になってからの子供であったから、まるで祖父と孫のようでもあったが、微笑ましい光景であることには違いなかった。


周りの兵たちもますます歓喜の涙を流し祝福する。


当のアベルも王が無事であったというよりも、父が無事であったことを純粋に喜んだのだった。



「あのシールド魔法、お主が兵たちを守ってくれたのか?」


「ボクの魔法ではありますが、それも同じ人に助けてもらったからできたことです」


「なんと!その人物とは一体…?」



ゼーダ王が驚くのと、周辺からどよめきが聞こえてくるのはほぼ同時だった。



「な、なんだあの馬…!?」


「でかすぎやしないか!?」


「それに乗っている女性は一体…?」



人波が割れるようにして、流理とラオウが現れたのだった。



「ルリさんっ!」


「ア、アベル…?」



ゼータ王をほっぽって、アベルは流理のもとに走って行った。




「ありゃ、これは悪目立ちしすぎだね…」


ヒヒン!



ラオウがいななく。気まずそうな流理とは違い、対照的にラオウは堂々としたものだった。まるで凱旋気分に浸っているようだった。



「ルリさんっ!」


「あ、アベルくん」



流理はこの子犬のように走って見上げてくるアベルを見て、胸がホッとするのを感じた。



「よっ、と」



流理はラオウから降りて、走ってくるアベルを抱きとめた。


アベルもテンション上がっているのか、うれしそうに抱きついては流理を笑顔で見つめていた。


流理も(かわいい…!)と思い、つい笑顔になって見つめ合った。


周りの兵士たちは軽くざわついてはいたが。



「あー、コホン、アベルや、そちらの方はどちら様かな?」



ゼータ王が柔和な王の威厳を保ちながらも、心なしプルプル震えながら紹介を促した。



「あっ、こちらがボクのことを、いえ、ひいてはここにいる全員を助けてくれたアカサカ・ルリさんですっ!」



うれしそうにアベルがえへんと胸を張って紹介した。


おお…!と兵士たちはざわつき、王も目を見開いて驚いた。



「これはなんと御礼を申し上げたらよいか…」



王は跪かんばかりの勢いになった。



「いやいや、よしておくれ。わたしはちょいと補助をしただけさ。アベル君が全部頑張ったんですよ」


「そんなことっ…!」



アベルが抗弁しようとしたところ、流理はそっとアベルの耳元に口を寄せた。



「そういうことにしておいて。頼むよ。堅苦しいのは苦手なのさ」



そう苦笑したのだった。


アベルは真っ赤になった。


耳元のざわめきも、不思議な今まで感じたことのない心溶かすかぐわしさも、離れがたい温もりも、喉の渇きも、瞬きさえも惜しいと感じる時間も。


すべてが初めて感じるものだった。


まるで強烈なチャームの魔法をかけられたみたいに心の奥底に灼きついたのだった。



「それじゃ、わたしはこれで失礼するよ。ラオウ」



ラオウがしゃがむ。



「待ってください!」



流理がラオウに乗ろうとしたその時、アベルが呼び止めた。


アベルは真っ赤になったままの顔で、熱くなった耳をおさえながらも、意を決したように言った。



「また会いに行ってもいいですか?」



流理はニヤリと微笑むと、アベルの頭に両手をおいた。


そうして、わしゃわしゃとアベルの頭をめちゃくちゃにしたのだった。



「わっ、わっ」



事の成り行きを見守っていた王と兵士たちがちょっとざわついた。



「いつでもおいで」



流理はアベルの目の高さになってほほ笑んだ。



「…うんっ!」



アベルはまるで年相応の少年のように目を輝かせて、うれしそうに笑った。


流理もその笑顔を見て、笑みを深めた。



「いい子」



流理は最後にアベルの柔らかな髪を一撫でしてから、颯爽とラオウに乗りこんだ。


そうして疾風のように去って行ったのだった。





流理は大草原の家のような我が家に帰った。


ラオウは厩舎に入れないでもいいのでは?と思ったが「厩舎に入れるまでがプレ…飼い主の責任だご主人」と言われては従うほかなかった。


家に入り、リンゴに似た真紫のフルーツをかじりながら、出窓のある二階に向かう。


聖母マリアの刺繍されたジャケットを脱ぎ、出窓に置いて、窓を開いた。


入ってきた風が流理の髪をたなびかせる。


タバコを吸おうと思ったら、もう空だった。


しまった、と思ったがふとポケットに入れたままにしておいた指輪を思い出す。


天使にもらった紅い宝石のはめこまれた指輪。


日用品なら大抵のものが出てくるという。


試しに念じてみた。


すると、ポトリとテーブルのうえにタバコが落ちてきた。


なんて便利なんだ。


これでタバコに困ることはない。なぜか銘柄も愛煙してるものだった。


流理はホクホク顔でタバコを一本くわえると、当たり前の流れのように言った。



「天使ちゃん、火ちょうだい」


〈…あの~、その指輪でマッチでもライターでも取り出せますよぉ~?〉



いかにも不満たらたら声だった。



「うん。でも、わたしは天使ちゃんに火つけて欲しいな~」


〈え~〉


「天使ちゃんの火、見るの好きなんだよ。こうしてお話もできるしね」


〈…もう。流理さんはズルいなあ~〉


「ふふ」



天使の火がポッと空中に出現した。



「ありがと」



流理はタバコに火をつけ、一服した。


うまい。


忙しかったから、吸うヒマもなかった。



「…ふふ」


〈なんですか~?一人で笑っちゃって~〉


「怒涛の一日だったな~と思ってね」


〈まあ…、そうですよね。転生初日なのにずいぶん濃かったと思います~。…嫌になっちゃいました?〉



天使が不安気に聞く。


流理はタバコの煙を吐いた。


自分が吐いた煙が晴れて、だんだんと視界が開けてくると、出窓の外に広大な世界が見えた。


夕焼け色の光が射しこんでくる。陽が落ちてくる時間だった。



「…そんなことないよ。きれいな世界だね。知ってる?空気のうまいところで吸うタバコは倍おいしいんだよ?」


〈そんなこと知らないです~〉


「ふふ、そうかい。天使ちゃんはちゃんと天使ちゃんだねえ」


〈なんですかそれ~。あっ、そうだ。気に入ったんなら、お祈りお願いしま~す〉


「ん?ああ、そうだったね。忘れてたよ」



一日一回お祈りをするという契約を結んでいたのだった。



「…お祈りってどうするんだい?儀式とかいるの?」


〈ああ、適当に目をつむって、世界よくなれ~とか念じてください~〉


「そんなんでいいのかい?」


〈ですです。言葉はなんでもいいんですよ。想いさえあれば〉


「ふ~ん」



流理は目をつむって祈った。


紫煙がたなびく。



(この世界がよくなりますように…)



流理の口元に微笑が浮かぶ。


脳裏にさっきのアベルの笑顔が浮かんだのだ。




(…かわいいアベル君が幸せでいられますように)

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