第8話 ゴッゴッゴッゴッ ピーーーーーーー(ある転生者の末路)

「はあっ、はあっ、くそっ…!」



浩介は消耗していた。いくら膨大な魔力を誇る転生者とはいえ、限りはある。


とはいえ、少し休めばすぐに回復するが。そこのところも転生者はチートである。



「あの女、絶対に復讐してやる…!見下しやがって…!」



浩介は声に出して宣言していた。


脳裏には過去自分のことをバカにしてきた女の影がちらついた。


その影がなぜか集約されて、流理へと憎悪が向かう。


女だからといって優遇されてるんじゃないか?あの天使だって女みたいだったし。


これまでは女には優しくしてきたが、もうやめだ。ヒヒ、ひひ、異世界モノは異世界モノでも女にひどいことするやつに変更だ…!


浩介は心に決めたが、その決心が結実することは永久になかった。



ギギギギ



背後から音がした。


ふり返ると、槍を持ったゴブリンが一匹いた。槍は長く、鋭利な輝きを放っていた。


よく周りをみると、浩介は今いる場所に見覚えがあった。


ああ!ここはこの前襲ったゴブリンの里だ!アベルのやつを送って、転移魔法の設定をそのままにしていたんだ…。



ゴンッ!



ゴブリンが槍の柄を地面にぶつけた。



ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ



その間ゴブリンは浩介から少しも目を離していない。


浩介はゴブリンのこの行為を何かに似ているな、と他人事のように思った。


ああ、そうだ。スズメバチだ。スズメバチが威嚇する時にカチカチ音を鳴らすのに似ているのだ。



ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ



気づくと音は何重にもなっていた。


あれよあれよという間にゴブリンが増えていき、浩介を取り囲んでいたのだ。


…薄気味悪い連中だぜ。この前はいきなり襲ってやったからこんなことしなかったが、今はやる気満々ってわけか。



ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ



完全に浩介は包囲されたが、それでも余裕だった。


まったく、ゴブリンなんて烏合の衆がいくら集まったところで一緒なんだよ。どれ、転生者様の魔法で蹴散らしてやるか。


浩介はこの期に及んでまだゲーム感覚が抜けていなかった。


ちょっとした全体魔法をセレクト、無詠唱で手をかざし、グルリと体を一周させる。


はい!これでゴブリンの炭火焼の完成だぜ!


とは、いかなかった。



ぷすぅ



すかしっぺのような煙が手の平から出るばかりで、何ほどの魔法も浩介から発されることはなかった。



な、なんだっ!?何が起こってる!?



浩介は慌てた。


ゴブリンたちは鋭い槍をこちらに向けて、ジリジリと迫ってくる。


浩介は自分の体を感知した…。魔力がないっ!すっからかんだ!


おかしい!あり得ない!いくら消耗しても、すぐに魔力は回復してくはずだ。


そういうシステムだったはずだ!



「ひぃっ!」



槍が前後運動を始め、浩介は本格的に脅かされ始めた。


真剣に命の危機だ。


そうだっ!こういう時こそカスタマーサポートだっ!


浩介はミュートを解除し、天使を呼び出した。



「おいっ!どうなってるんだっ!魔力が回復しないぞっ!」


〈え~、なんですか~?今読書中で忙しいんですけど~〉



読書中で忙しいなんてあるかっ!浩介は怒鳴りたい気持ちを抑えた。



「いいからっ!なんとかしろっ!うわっ!やめろっ!」


〈え?なんとかするんですか~?やめるんですか~?〉


「ちがう!こっちの話だ!てゆーか、見えてんだろっ!ピンチなんだよっ!助けてくれよっ!なんかの不具合が起きてるんだってばっ!」


〈ふふ〉



天使は薄く笑った。



「な!?わ、笑っ!?」


〈ざーんねんでしたー!浩介さんはお祈りをサボってましたよね?そうなると転生者の資格を失うんですよね~。つまり力を失うってことなんですけど~〉


「そ、そんな話は聞いてないぞっ!」


〈聞かれませんでしたから~。それに毎日連絡差し上げてたんですよ~?でも、浩介さんミュートにしてたじゃないですかぁ?あーあ、ミュートにさえしてなきゃ助かってたのになぁ。ざんねん!〉



楽しそうな天使の声とは裏腹に、浩介は涙声になって訴えた。実際もう泣いていた。ゴブリンたちに壁際に追い詰められ、腰が抜け、小便を漏らしていた。



「た、たのむよぅ~、あやまるからぁっ!」


〈謝ってなんか欲しくありませ~ん。価値ないですから。じゃ、このホットラインも消滅しますので、お元気で~〉




ピ――――――――――




耳鳴りのような音が浩介の脳内に響いた。


絶望の音だった。


「わ、我が覇道邪魔する者に死の鉄槌を!トールズハンマー!」


しかし、何も起こらない。


「…っ!我が覇道邪魔する者に死の鉄槌を!トールズハンマー!!」


しかし、何も起こらない。


「わぎゃはろぉうにゃまするも…ヒッグ…に…ヒッグ…しのてっちゅいを~うぇえええん!」


しかし、何も起こらない。


浩介の叫びがゴブリンの里に木霊した。

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