第10話 暴君のやることはいつも一緒

 そして数か月がたった。


 ついに歴史の分岐点といえる事件が起こった。


 エフタル王国の王様が死んだのだ。


 事件と言ったのは。死因が暗殺であるということだ。

 公的には逆恨みした盗賊による暗殺らしい。

 

 まあ僕は断言できる。王の弟か、あるいは第二王子や王族と敵対する貴族派閥か。

 案外そいつらが結託したという可能性もある。

 

 王城の役人に少なからずコネのある僕が情報を集めて精査した推論ではあるが。


 若かったころの王様はその覇気の溢れるカリスマ性を持って、いかなる反論も押さえつけるだけの力があった。

 だが年を取るにつれて、その威光にも陰りが差した。

 そして今か今かと待っていた者たちがついに牙を剥いた。ということだろう。


 それに……王様は善人過ぎた。


 彼は僕ら孤児院などの慈善事業に積極的でお金の不自由などなかった。

 質素ではあったが栄養のある食事を毎日子供たちに提供できた。


 食料以外にも本やおもちゃなどの支援も潤沢だった。


 これはシスター・テレサの人徳によるものだと思っていたが。前の王は分け隔てなく庶民達には寛大だった。


 だが王国の国庫は圧迫し、王族の生活は質素だったらしい。


 ただでさえ兄に嫉妬していた王弟殿下は、不満をもつ貴族たちを中心に派閥をまとめ上げたのは容易に想像ができる。


 数日が経ち、喪が明けると、次期王が決まった。


 やはり王弟殿下であった。


 それからは貴族派閥の台頭が始まり。国民の、いや貴族を除く平民達の暮らしは徐々に悪くなっていった。


 孤児院も資金不足となった。


 何度も援助の継続をお願いしたが、そこに交渉の余地などなかった。


「シスター・ユーギ、もう……孤児院は限界です。今年の冬は越せません。薪すら買えない状況では、孤児たちは凍死してしまいます」


 結局はあれか、善処するイコール、するとは言ってないってパターンだったか。

 やれやれ。


「うーん、そうだね。レーヴァテイン公爵とも話したけど。支援はできないそうだ。教会と孤児院は王家の持ち物で直接支援をするのは難しいらしいよ」


 シスターたちはレーヴァテイン公爵に文句を言っていた。たしかに国王の次に良識派だと思っていたのに、いざとなったらこの対応、失望されて当然だ。


 だが、もしレーヴァテイン家から支援を受けたら、王家の意向に正面から背くことになる。つまり国家反逆の罪に問われることは想像にかたくない。


 そうしたら僕らは冬どころか、明日も危うい。



「それにしても現国王は相当やばいね。あれは僕的暴君ランキングでも上位に数えられるほどの逸材だよ。

 レーヴァテイン家としては旧国王派閥をまとめて近々クーデターを起こすつもりらしいけど。

 僕達はそれには間に合わないね。どうしよっか。結局、僕はシスター・テレサみたいにはなれなかったね。皆、今までありがとう」


「そんなことはありません! 私達は今までのシスター・ユーギを見ています。あなたがシスター・テレサを尊敬しているのと同じように私達もシスター・ユーギを尊敬しているのです。

 それに、ここで諦めたら子供たちは路頭に迷い、餓死、あるいは盗賊となって人の道を外れてしまいます。どうかそれだけは……」


 やれやれ、まったくいい奴らだ。ここは聖女達で溢れている。


 もう少し考えるか。さて、暴君誕生の王国。

 僕らに未来はあるだろうか。


 僕らは出来ることをすべてやった。

 貴族のご令嬢であるシスター達は実家を頼りにした。直接、親に頭を下げて貴族の支援を受けるために。


 だが、彼女たちは実家に戻ったまま帰ってくることはなかった。


 まあ、そうなるだろう。どの派閥の貴族であっても、国の為に自分の娘を犠牲にする親などいない。

 親としては死地に向かわせるくらいなら監禁してでもと言ったところだろう。正しい。逆に安心したくらいだ。


 いくら教会とはいえ、国家権力には逆らえないのだ。


 残ったのは、身寄りのないシスター・クレアだけだ。


 やれやれ、これでは。食事の準備と子守だけで精いっぱいだ。


 そして、数日と待たずに。孤児院は土地ごと差し押さえられた。

 役人曰く、この土地は王国所有であるため一週間以内に退去せよとのこと。


 やってくれる。僕的暴君ランキングトップ100にランクインだ。


 現国王は先代国王の大切だったものをことごとく潰して回っているようだ。

 民心など無視して自分の劣等感を払しょくするためにだけに。


 なりふり構わぬ暴君の勢いを僕は良く知っている。


 ならば、対策は一つだけ。逃げるのだ。


 僕はシスター・クレアと子供たち全員を教会に集めた。

 幸い赤ん坊はいない。最年少でも3歳だ。


 僕は今置かれている状況を子供達にも分かりやすく黒板に書いて説明した。


「……であるから。残念ながら逃げるしかないね。もはやここは僕達の居ていい国じゃない」


「そんな、まだ……どこか匿ってくれる人はいるはずでは……」


「シスター・クレア、それは探せばいるかもしれない。けど、現国王がそれを知ったらどうするかね? 性善説はいい。僕は君のやさしさは良く知っている。だが、現実として優しくない人間がこの国を牛耳っているんだ。

 役人たちは言ってただろ? 男子は騎士団所属の特務部隊が預かり、そして女子は後宮であずかると。僕はあえて言わないけど、意味は分かるでしょ?」


 特務部隊とはつまり暗殺部隊のことである。おそらく洗脳教育を施し少年兵として使い捨ての刺客にするつもりだろう。

 それに加え未成年の女子を後宮に勤めさせるとは……。まったく清々しいくらいにとびぬけたゲス野郎だこと。 


 シスター・クレアはその意味にすぐに気付いたのか、その場で嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。

「はい……分かります。う、うぅ……どうして……こんなことに」


「だからね、クレアちゃん。よく聞くんだ。大人は僕達だけだ。今は泣いていいけどこれからはだめだよ。一緒に子供たち連れて逃げようじゃないか。無事生き延びれば、その時は再び泣くことを許可しよう」


 クレアは、涙をぬぐい立ち上がる。そうだ、彼女は強い。これしきの事でへこたれる子じゃない。


「……はい。分かりました。ですが、逃げるといっても、どこに逃げるのですか? グプタまでは距離がありますし、子供の足では不可能だと……それに必ず追手に捕まってしまうでしょうし」


「うむ、だからね。僕たちの里を作るんだ。北方の森。そうバシュミル大森林に忍者の里を作るんだぜ!」


「ニンジャ? なんですか? それは」


「ふふふ、よく聞いてくれた。何を隠そう僕は最強の忍者。クノイチSASUKEなのだぜっ!」


 伸ばした人差し指と中指を両手でクロスさせ。僕は映画ポスターの立ポーズを決める。


 何を言ってるのか分からないクレアは、ぼーっとその場に立ち尽くす。


 子供たちは空気を察したのか拍手をしていた。

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