第8話 17歳です

 10年が過ぎた。


 僕の信頼も上がったのか、お金の管理や王城の役人との交渉も任せられるようになった。

 この孤児院ではシスター・テレサの次に古株になってしまったのもあるが、一番の理由はシスター・テレサの体調がよくない。高齢の為か足腰が弱くなって外出が難しくなってしまったのだ。


 僕の外見は変らない。僕の身体は人間ベースとはいえ、半神半人であるためだろう。


 半人である以上は寿命はあるはずだが、それがいつかは僕にも分からない。それに殺されたら、たぶん普通に死ぬ。なんとなくわかる。生きている実感があるのだから死ぬ。神であった頃はこういう感覚はなかった。


 まあ、今のところ周囲の人間は変わらない外見に違和感を感じていないようだ。孤児院に着たときに20代だとすればギリギリ許容範囲だろう。

 後輩のシスターたちからは、どうすればそんなに若さを保てるのですか? と質問をされる程度で、ちょっとした美魔女扱いだ。


 子供達にはどうせ、おばさんに見えているのだし……。

 そう、後輩シスターの18歳のご令嬢さんですら、おばさんと言われて顔を真っ赤にして怒っていたくらいだ。子供とは残酷なのだ。


 ちなみに僕の場合は、年齢を聞かれたら必ず「ユーギ・モガミ。17歳ですっ!」と答えるようにしている。

 察しのいい子供はそれで納得して、それ以上は突っ込まない。


 後輩たちよ真似していいんだぞっ!


「ママ先生ー! クレアがまたいじめるんだ。僕は何も悪いことしてないのに!」


 僕を呼ぶ声。名前はハンス。10歳。くりくりした赤毛の可愛い少年。


「ハンス! ママ先生に泣きつくなんて卑怯者! 男の子でしょ!」

 

 そう叫びながらハンスを追いかけてきた女の子はクレア。肩まで伸びたブロンドの髪を風になびかせる姿はまさに美少女だが。その反面、実に活発的で赤ん坊のころから変わらずじゃじゃ馬のままだ。

 だが決して不良というわけではない。物事をはっきり言う性格なため、こうしてたびたび男の子と喧嘩になる程度で、頭は良く運動もできる才女といったところだ。

  

 ちなみに、赤ん坊の時から世話をしている子供たちは僕のことをママ先生という。まあ間違ってはいないけど、なんとなく照れくさいものがある。


「で? 今日はどうしてこんなことになっているのかい? 説明してもらいましょう」


 この二人は同い年のためか仲がいい。そしてたまに喧嘩になる。良い事だ。それが親友というものだ。


 今回もそうだ。ハンス君が彼女の質問に対してウジウジとして答えを返さなかったのが問題のようだ。

 質問の内容とは誰が好きなのか、ということだ。

 あー、なるほどね、個人差があるとして、こういう話題に興味を持つのは女子の方が早い。


 10歳の男の子なんて恥ずかしくてしょうがないだろう。

 やれやれ、これはあれかな。所謂、幼馴染ルート突入というやつかな。



 ◆


 そうして、月日は流れた。


 年長の子供たちは立派に巣立っていく。


 同時に新しく孤児たちを受け入れる。

 子供たちの境遇は可哀そうだけれど、僕らは決して可哀そうに扱ってはいけない。 

 一人の普通の子供として立派になるように育てるだけだ。どこの親でもやってる、当たり前のことをするだけ。


 今年はハンス君が卒業する。クレアちゃんは孤児院に残るといった。つまり彼女はシスターになるということだ。


 しかし、僕はてっきりハンス君とクレアちゃんはくっつくと思ってたんだけど違ったみたいだ。

 どうやら、ハンス君は僕が好きなようだった。


 光栄だけど、それはやんわりと断った「大人になってもまだ僕が好きなら考えてあげるよ」といった感じで。

 

 さすがに年齢が離れすぎている。彼はまだ15歳、僕は『17歳』なのだから……。


 そして驚いたことがある。おとなしいハンス君だったが、彼は騎士団に入るそうだ。やっていけるか心配だ。

 でも、それは彼自身の眠っている才能を否定することになる。


 最初から出来る人間なんていない。

 それこそゲームみたいに職業に着いたからって、それにふさわしいステータスやスキルが貰えるわけではないのだから。


 それに、なんやかんやで騎士団は給料の面で悪くないし名誉ある仕事だ。頑張りなさい、少年よ。



「こらー! 何回言えば分かるのよ! 本を出しっぱなしにしないの! 読み終わったら本棚に戻す! 行儀が悪い子はおやつ抜きですからね! あとクレアちゃんじゃない! シスター・クレアって呼びなさい!」


 おっと、ハンス君だけではない。クレアちゃんも心配だ。このままでは、じゃじゃ馬シスターになってしまう。

 いや、彼女は若い。愛情溢れる指導のもと経験を積めば、きっと僕の様な立派な淑女に育ってくれるだろう。 


 こうして、変わらない日常はゆっくりと過ぎていった。

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